いきなりのおめでとう
エティエンヌに付いて渡り廊下を通り、別棟に入ってさらに奥。
暫く進めば王族専用の区画だろうか、入り口に護衛2人が立っているのが見えた。
護衛たちに何かを告げ、エティエンヌはジュヌヴィエーヌを連れてそこも通りすぎる。
そうしてやっと、ある扉の前で足を止めた。
ジュヌヴィエーヌもまたつられて立ち止まる。
すると、扉に手をかけたエティエンヌは、どこか得意げな顔で一度振り返ったのだ。
その表情の意味は、扉を開けてすぐに知れた。
「まあ、なんて素敵・・・」
お世辞でも、社交辞令でもなく、ジュヌヴィエーヌの口から感嘆の言葉が溢れた。
柔らかいクリームイエローの壁に囲まれた部屋は十分な広さがあり、バルコニー付きの窓から明るい日差しが降り注いでいる。そよ風を受けて揺れているのは、真っ白なレースのカーテンだ。
天井には小型のシャンデリア、隣の寝室には可愛らしい天蓋付きのベッドが見えた。
小物類は全て白、家具は全て焦茶、デザインも全て統一されている。
可愛らしい雰囲気ながらも上品さを感じさせる部屋は、ジュヌヴィエーヌの好みによく合っている。というか、ぴったりだった。
「気に入っていただけた様で嬉しいですわ」
嬉しそうに部屋を見回すジュヌヴィエーヌを見たエティエンヌは、満足そうに頷くと次に扉近くに控えていた侍女を手招きした。
「ジュヌヴィエーヌさま付きの侍女、ノラです。ご用のある時はこの者に言いつけて下さいませね」
名を呼ばれて頭を下げたノラは、ジュヌヴィエーヌより少し年上だろうか、そばかすが素朴な印象を与える栗色の髪の侍女だ。
ジュヌヴィエーヌとノラが挨拶を交わしていると、別の侍女がお茶を載せたワゴンを運んで来た。
どうやらエティエンヌ付きの侍女らしい。
「まずはゆっくりお茶でも飲みませんこと? わたくし、ジュヌヴィエーヌさまとお話がしたいのです」
キラキラと輝く目でそう言われ、ジュヌヴィエーヌもまた素直に頷けば、エティエンヌ付きの侍女とノラが手際よくテーブルの上にお茶と菓子を置く。
するとエティエンヌは人払いを命じ―――
侍女たちが出て扉が閉まるなり、エティエンヌはジュヌヴィエーヌの手を握り、こう言ったのだ。
「ああ、『マル花』の悪役令嬢のジュジュにやっと会えたわ! ストーリーからの脱出おめでとう! もうこれで安心よ!」
「・・・?」
いきなりの口調の変化。
いきなりの話題転換。
態度もガラリと変わった上に、なによりも発された言葉全てに心当たりがなくて。
―――いや、確かにジュヌヴィエーヌは、親しい人たちから『ジュジュ』という愛称で呼ばれていたけれど。
でもこの場合、心当たりがないのはそこでなく。
「・・・あの?」
―――悪役令嬢?
―――ーストーリーからの脱出?
―――もう安心って・・・?
・・・私が?
ジュヌヴィエーヌは、ぱちぱちと目を瞬かせつつ、浮かび上がる沢山の疑問に首を傾げた。