父は息子にハッパをかけた
「エチと私の婚約話がなかなか進まないのには、理由があるのでしょうか」
オスニエルが父王エルドリッジに恋の宣戦布告をしたのと奇しくも同じ日、ゼンは王城より帰邸したホークスにそう尋ねた。
「まあ、前とは状況が変わってきてるからね。より良い条件があるなら、議会としては、そちらを勧めたいのだろうな」
「・・・っ、そんな」
「別に驚く事でもないだろう? 政略結婚とはそういうものだ。まして、エティエンヌ王女の婚姻となれば、より国の益となる相手を議会が望むのも理解できる」
「・・・私には理解できません」
息子の低い声に、首元のクラヴァットを緩めていたホークスが、動きを止めてちら、と振り返った。
「国益と言うなら、我がトリガー家との縁だって、国政をより盤石なものとする筈。それに、私はエチを愛しています。ただ政略の利しかない男より条件がいいでしょう? 私の方が、エチを幸せにできる」
「そうかなぁ。私には、今のゼンでは殿下を幸せにはできないと思うがなぁ」
「っ、そんな事はありません!」
幼い頃からのエティエンヌへの想いをよく知っている筈の父に即座に否定され、ゼンは悔しげに顔を歪めた。
そんな息子を見て、ホークスはやれやれと頭を振り、口を開いた。
「なあ、ゼン。お前も閨教育を終えたから知ってるよな? 夫婦となった男女が寝室でする事を」
「・・・は、はい? ち、父上、突然なにを破廉恥な」
「いいから聞きなさい」
顔を赤くし、目を丸くするゼンに、ホークスは続けた。
「身も蓋もない話だが、男は・・・まあ、身体の生理学的機能上、大抵どんな相手からでも、行為からそれなりに喜びを得る事ができる。まあ、私もわざわざ試した事はないが、理論上はそうだ」
「は、はあ・・・」
「だが女性は違う。想う相手とであれば、閨で愛情を感じるが、政略であればただの義務となり、更に嫌う相手となら強姦にも等しい行為となる」
「・・・」
「不思議だろう? 同じ行為にもかかわらず、相手によってそこまで捉え方が変わるんだよ」
「は、はあ・・・」
ゼンは訳が分からず、赤い顔のまま目をぱちぱちと瞬かせる。だがホークスは、そんなゼンの様子を意に介する事素振りもなく、一つこほんと咳払いをして話を続けた。
「つまり何が言いたいかというとだな。今のお前が殿下と結婚できたとして、幸せになるのはお前だけで、殿下はお辛い思いをするだろうという事だ」
「は? そんな・・・あり得ません。夫に愛される妻が幸せなら、エチは幸せになる筈です。私はエチを愛していますから」
「愛していない」
「そんな・・・」
「少なくとも王女殿下は、お前に愛されてるとは思っていない」
ゼンは、はっと目を見開いた。
「お前が殿下をどれだけ好きで、焦がれて、焦がれまくった挙句に拗れようと、殿下はそれをご存知ない。だから殿下にとってお前との結婚は、愛のない政略結婚でしかない。閨など諦めの境地で臨むだろう」
「諦め・・・」
「いいかい、ゼン」
ホークスは青ざめる息子の顔前に、ビシッと人差し指を突きつけた。
「大好きなエティエンヌ王女殿下を辛い目に遭わせたくないなら、すっばりきっぱり諦める事だ」
「・・・っ!」
「出来るかい?」
「・・・出来ません」
「なら、しっかりはっきり伝えなさい。エティエンヌ王女殿下が大好きだと。好きで好きで仕方ないと。じゃないと何も始まらないよ」
そうだなぁ、とホークスは顎に手を当て、少しの間考えた。
「毎朝毎晩、鏡の前で挨拶の練習などしてないで、想いを伝える練習をしなさい。『おはよう』より『大好き』、『いい天気だね』より『愛してる』だ。それをちゃんと伝えられて初めて、お前は他の候補たちと並んで求婚する権利を得る。
もし殿下がお前の想いに応えて下さるなら、私も全力でお前を応援する」
ゼンは、ぐっと拳を握りしめ頷いた。
「分かりました、父上。私はやります、必ずやってみせます。エチに好き、しゅきだと・・・じぇったいに・・・っ」
想像しただけで呂律がおかしくなってしまった息子を、ホークスは若干の哀れみがこもった眼差しで見つめ。
「・・・うん、まあ、まずは精一杯やってみなさい」
と、言って肩をポンポンと叩いた。
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ゼンが告白できるようになるまでに何日、いや何か月かかるかな・・・?(-。-;




