物語と現実と
出席者たちに強烈な印象と様々な思惑を残した夜会の翌日、ジュヌヴィエーヌの兄バーソロミューと、トーラオとの非公式の面談が実現した。
同席するのはジュヌヴィエーヌと宰相ホークス、そして王太子のオスニエルだ。
「うわあ、本物のバーソロミュー・ハイゼンだ・・・」
前作の登場人物は珍しいのだろう。トーラオは、体格のよいバーソロミューをしみじみと見上げ、感心したように呟く。
「ジュジュと同じアイスブルーの髪とアメジストの瞳・・・あ、でも、設定と違って眉間の深い皺がない。ジュジュとも仲良さそうだし」
トーラオは、隣同士に座る兄妹を感慨深げに見つめた。
物語の中では、ジュヌヴィエーヌとバーソロミューは決定的な不仲だったからだ。ジュヌヴィエーヌから話は聞いていても、やはり実際に見るまで気になっていたらしい。
「小説のバーソロミューとは違うって事は、婚約者との仲も良好なんだよね?」
「は?」
「へ?」
「え?」
バーソロミューはもちろん、同席する全ての者たちが、その言葉に目を丸くした。その反応に、トーラオはあれ、と首を傾げる。
「えっと・・・もしかして、婚約者とはやっぱり険悪なの?」
「い、いや」
バーソロミューは慌てて首を横に振った。疎遠というか、そもそもバーソロミューに婚約者はいない。
「ならよかった。ケイティもけっこう可哀想だったから、そこも変わって安心した」
「その・・・話の腰を折るようだが、ケイティとは?」
心当たりのない名前に、バーソロミューが首を傾げた。
「うん? バーソロミューの婚約者の名前だよ? 学園入学前に決まったでしょ?」
「・・・いや、俺に決まった相手はいないが?」
「ちょっと待って。そこも違ってる?」
トーラオによると、小説でバーソロミューの婚約者になるのは、ケイティ・カペラ侯爵令嬢。ジュヌヴィエーヌに似た雰囲気の、穏やかで真面目な令嬢だと言う。
だが、仲はよくなかった。
王太子との関係が上手く構築できない妹の印象と重ね見たバーソロミューが、ケイティのやる事なす事全てに小言を言い、萎縮させたのが原因だ。
「カペラ侯爵家の令嬢なら、既に他家に嫁いでいるぞ」
「そっか」
こめかみを押さえながらバーソロミューが答えると、トーラオは拍子抜けしたように背もたれに体を預けた。
「じゃあ、バーソロミューの婚約者はこれから見つけるんだね」
「そうだな。ジュジュの問題が片付いたらと父と話している。だが、もう少し先になるだろう」
「いやいや、案外さっさと決まるかもしれませんぞ」
と、これまで黙って話を聞くばかりだった宰相ホークスが会話に入った。
「ハイゼン小公爵の人気は、ここアデラハイムでも相当ですからな。仲を取り持ってくれと、私に相談を持ちかけてくる者も多くいますよ」
「へえ、そうなんだ。たとえば?」
目を輝かせてトーラオが聞くと、ホークスは顎に手を当て、口を開いた。
「立派なご令嬢ばかりです。カンデナーク公爵家のテレサ嬢、ミルフィーロ侯爵家のイドニア嬢・・・」
次々と挙がっていく名前に、ジュヌヴィエーヌは昨夜の夜会での光景を思い浮かべた。皆、兄とダンスを踊った令嬢たちだ。そして、トーラオもまたテレサの名前に反応する。
「その人って・・・」
トーラオは、ちらりとオスニエルを見た。
だが、オスニエルが軽く肩を竦めるだけで何も言わない。トーラオは「こっちもか」と呟いた。
「・・・?」
その遣り取りにジュヌヴィエーヌが困惑していると、ここでホークスが爆弾を投下した。
「マルセリオとの交易・・・特にハイゼン領特産の金細工の取引きが好調でしてね。議会でも、ハイゼン公爵家との繋がりを更に深めるべきとの意見が出ているのですよ。エティエンヌ王女殿下の嫁ぎ先の候補にと言いだす者もいるくらいでして」
涼しい顔で言うホークスに、え、とジュヌヴィエーヌが言うより早く、そうなんだ、とトーラオが口にするより早く。
ガチャン、とオスニエルのカップが音を立てた。