夜会にて
アデラハイム国王エルドリッジが夜会開始を告げると、楽団が音楽を奏で始めた。ダンスの始まりだ。
それから、エルドリッジは第一王女エティエンヌの手を取って壇上から降りた。そして、今回の夜会の主役であるバーソロミューの前まで進む。
ざわり、と会場内がどよめいた。
エルドリッジがバーソロミューに言ったからだ。「今宵のファーストダンスを王女と踊ってくれないか」と。
バーソロミューは微かに目を見張るも、すぐに穏やかな微笑を浮かべ、エティエンヌに手を差し出した。
それを確認したエルドリッジは、今度はジュヌヴィエーヌに視線を向け、微笑んだ。
「どうかな、ジュヌヴィエーヌ嬢。あなたと踊る栄誉を私に与えてもらえないだろうか」
これには、先ほどよりもさらに大きなどよめきが起きた。
正妃アヴェラが亡くなってから8年、エルドリッジが夜会で誰かと踊る事はほぼなかったからだ。
ジュヌヴィエーヌの反応もまた、兄バーソロミューとそっくりだった。微かに目を見張り、けれどすぐに表情を元に戻し、「光栄です」と微笑みながら手を重ねた。
エルドリッジとジュヌヴィエーヌ、そしてバーソロミューとエティエンヌの2組が、フロア中央へと歩み出た。
それぞれがホールドを組み、曲の開始と共にステップを踏み始める。
滅多に見られない光景に、誰もが驚きを隠せなかった。
エルドリッジとジュヌヴィエーヌの踊る姿に周囲が向けるのは、大体が驚きや好奇、それから安堵だろうか。
対してエティエンヌとバーソロミューの踊る姿には、嫉妬、妬み、羨望の眼差しが大半だった。
「まあ怖いこと。わたくし、バーソロミューさまをお慕いする令嬢方からの視線で射殺されそうですわ」
エティエンヌが悪戯っぽく笑うと、バーソロミューは「まさか」と苦笑した。
「あら本当ですのよ。バーソロミューさまはまだ婚約者がおられませんでしょう? 前回にいらした時のガーデンパーティーでも、たくさんの令嬢方に囲まれてらしたのをお忘れですか?」
「そういうエティエンヌ王女殿下も、まだ婚約者はお決まりではないですよね」
軽やかにステップを踏みながら、バーソロミューはエティエンヌへと話を向ける。
するとエティエンヌは、ほんの少しだけ、ツンと顔を背けた。
「・・・わたくしの事はどうでもいいのです。わたくしと結婚したい人なんて、どうせいませんもの」
「そんな事はありませんよ。きっと王女殿下の夫の座を懸けて、今も皆、必死に頑張っている事でしょう」
妹のジュヌヴィエーヌでは決して見る事がない勝気な仕草と表情に、バーソロミューは思わずふっと笑みをこぼしてしまう。そんなバーソロミューに気づいたエティエンヌは、拗ねたような目つきで睨んだ。
「ほらほら、エティエンヌ王女殿下。今は皆の視線が集中してますよ。そんなお顔をなさってはいけません」
「・・・失礼いたしました。でも皆が皆、わたくしたちを見ている訳ではありませんわ。だって、滅多に踊らないお父さまがジュジュにダンスを申し込んだんだもの」
「ほう、そんなに珍しいのすか?」
「そうですね。国内のパーティーに限って言えば、お母さまが亡くなってからの8年、お父さまのダンスは、わたくしのデビュタントで踊ってくださった1回きりですわ」
「・・・それはそれは」
バーソロミューは、ちら、と視線を同じフロアで踊るもうひと組へと向けた。
何か言葉を交わしながら踊っている2人。エルドリッジもジュヌヴィエーヌも貴族のお手本のような微笑みを浮かべており、大半の者は感情が読めないだろう。
だがバーソロミューは、妹のジュヌヴィエーヌの気持ちを感じ取った。きっと、とてもとても嬉しいと思っている筈だ。それがまだ、恋という形にまでは育っていないとしても。
―――ジュジュは、最低でも1年はこのまま陛下の側妃でいる事になる。
だがその後は・・・
妹の気持ちは推し量れても、エルドリッジ国王に関しては分からない。今回のダンスの意味だって、穿った考えをする事もできるが、それでもしも間違えたら大変な事になる。
そんなバーソロミューの考えを知ってか知らずか、エティエンヌが口を開いた。
「お父さまが突然ごめんなさい。バーソロミュー卿がいらした時なら踊っても大丈夫と思ったみたい」
「・・・いえ。妹と踊りたいと思ってくださったのなら光栄です。なにしろジュジュは・・・いえ我がハイゼン公爵家は、エルドリッジ陛下に救っていただいたのですから・・・いや、少し違うな。最初に行動してくれたのはあなたでしたね、エティエンヌ王女殿下」
バーソロミューは、エティエンヌを見下ろし、薄く微笑んだ。
「あなたの勇気に感謝を。そして、あなたもまた無事に物語の役から抜け出せた事を、心からお喜びします」
「・・・ありがとう。わたくしも嬉しいわ。やっと、わたくしの人生が始まった気がするの」
そう言ってふわりと笑ったエティエンヌを。
穏やかな安堵の表情で彼女を見つめるバーソロミューを。
会話の内容など知る由もない参加者たちは、2人の関係について、未来について、思い思いに想像を巡らせ、膨らませていた。




