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私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第六章 続編のヒロイン来たる
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悋気を起こしているのは



 ドタドタドタ、と慌ただしい足音が廊下側から聞こえ、オスニエルはむっと眉根を寄せた。


 およそ王城に似つかわしくないその音は、段々と大きくなっていた。どうやらこちらに向かっているようだ。



「オス、いるか」



 もしや、とオスニエルが思った時。


 ノックとほぼ同時に扉が開き、幼馴染みのゼン・トリガーが王太子の執務室に入って来た。



 執務机に視線を落としていたオスニエルは、眉間に皺を寄せたまま顔を上げる。


 すると、まるで鏡で映したかのように同じく眉間に皺を寄せたゼンが目の前に立っていた。



「オス、話がある」



 普段は礼儀を重んじるこの男(ゼン)が、今日は珍しく自分の無作法を謝罪する言葉もなく、いきなり用件を切り出してきた。

 その余裕のない行動の理由に思い当たりがあるオスニエルは、側近候補の無作法を咎める事はせず、代わりにひとつ溜息を吐いた。



「・・・用件は分かってる。文句を言いに来たんだろ? いや違うな、愚痴か? 愚痴を言いに来たんだな。大丈夫だ、ゼン、安心しろ。俺もお前と同意見だ」


「・・・じゃあ」


「だがな、俺に言いに来られても困る。今回の件を決めたのは父上だ。文句があるなら父の執務室に行け」


「・・・そうか、そうだよな。すまなかった」



 執務室に入ってくるまでの勢いはどこに行ったのか、ゼンは短く言葉を返すとパタンと力ない扉の開閉音を残して出て行った。



「やれやれ」



 静かになった執務室で、オスニエルがゆっくりとこめかみを揉みほぐす。




「あの・・・トリガー令息は一体・・・」




 ゼンの突撃の間、静かに空気に徹していた補佐官が、おずおずと口を開いた。



 ゼンとオスニエルの間では問題なく会話が成立していたようだが、彼には2人の遣り取りはさっぱり意味が分からなかったのだ。



「心配いらない。ただの悋気だ」


「悋気、ですか。もしやエティエンヌ王女殿下となにか・・・?」



 補佐官の言葉に、オスニエルは苦笑した。ゼンの恋心は文官にまで筒抜けらしい。


 一番に通じてほしいエティエンヌ(本人)にだけ、さっぱり伝わらないのが困ったところだ。



「いや、な。ほら、3週間前に来ただろ? 神殿から保護した・・・」



 オスニエルの言葉に、ああ、と補佐官が頷く。



「聖女にされそうだった少年ですか。ですが、それが何か? 彼の保護は正当な措置ですよね」


「ああ、まあ、俺もそうは思ってるんだけど・・・ゼンの気持ちも分かるっていうか」



 オスニエルにしては珍しく歯切れの悪い言い方に、補佐官は軽く首を捻った。



 それもそうだろう、補佐官は常時城に勤めているとはいえ、王族居住棟や、彼らがくつろぐサロンなどに行く機会はない。もちろんゼンも王族居住棟には入れないが・・・



「たぶん、サロンか他のどこかで見たんだな。()()光景を」



 ぼそっとオスニエルが呟くが、補佐官の困惑顔はそのままだ。



「・・・気にしなくて大丈夫だ。ゼンの奴、いつまで経ってもエチとなかなか距離が縮められなくて焦ってるんだよ」




 ―――そこに、ぽっと出の、敵になると思っていた元ヒロインの、しかも男がすぐに仲良くなったりしたから。




 と、後半は心の中でのみ呟いた為、相変わらず補佐官の目に疑問符は浮かんだまま。


 ただ、ゼンの長く拗らせた恋については有名なので、このまま放っておいても、たぶん頭の中で適当に理屈をつけて納得するだろう。




 それよりも問題なのは、ゼンの気持ちがオスニエルにも分かってしまうということだ。



 1年以上同じ城に住んでいるというのに、たった3週間前に来たばかりの男の方がすっかり彼女の隣の席に馴染んでいるという事実が。




 ―――なんとなく、非常に、面白くない。



 と、そんな言葉が脳裏をよぎって。



 ―――いやいやいや、何を考えてるんだ、俺は? 書類上だけだが、彼女は父の妃だぞ?




 オスニエルは、雑念を振り払うように、ぶんぶんと頭を振った。




「・・・ところでオスニエル殿下。トリガー令息は、まさか本当に陛下のところに行ったりしてませんよね?」



 いまだ答え合わせをしている補佐官の呟きがオスニエルの耳に届いた。


 もしも行ってたら大変だという響きがこもっているが、オスニエルはそう思ってはいない。




 ―――むしろ意気投合しそうだよ。


 だって、父上もけっこう―――








  


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