ここにも一人
神殿が用意したのだろう、真っ白の神官服を着て現れたヒロインは、すらりと背の高い、中性的な美しさを持つ少女だった。
立ったまま対面すれば、彼女はジュヌヴィエーヌよりも頭一つ分は高い。
「はじめまして、七彩です」
薄茶色の長い髪をさらりと零し、七彩はジュヌヴィエーヌに向かって頭を下げた。
まるで使用人が主人にするような礼に、ジュヌヴィエーヌは慌てて七彩を制止した。
「どうぞ頭をお上げになって。ご招待ありがとうございます。私がジュヌヴィエーヌですわ」
それから2人は席に着いたものの、それ以上の言葉が続かない。
沈黙が落ち、緊張感だけが場を支配する中、七彩とジュヌヴィエーヌは互いに様子を探り合うようにちらちらと視線を走らせるだけだ。
沈黙に耐えきれず、先に口を開いたのはジュヌヴィエーヌだった。
「あ、あの、ナ、ニャーロ・・・ニャニャリョ・・・ナナリャ・・・すみません。上手くお名前が言えず・・・」
「いえ」
意を決して口を開いたのに、以前エティエンヌから言われていた通り、名前を上手く発声できない。顔を赤らめるジュヌヴィエーヌに、七彩は苦笑した。
「私の名前は、こちらの世界の人たちには発音しづらいんですよね。ああそうだ、だから皆、私を愛称で呼ぶ事になるんでしたっけ」
え、とジュヌヴィエーヌが顔を上げた。
まるで『アデ花』の内容を知っているかのような話し方だ。だが、言葉の端々にそこはかとなく嫌悪が滲み出ているように思うのは気のせいなのか。
「あの、ナニャ、リロさま?」
「・・・ごめんなさい、本当はここで『私のことはナナと呼んでください』って言うべきなのに。でも私、その名前が大嫌いで」
「え・・・?」
「もう二度と、ナナとは呼ばれたくないんです」
今この場は、ヒロインの願いで人払いがされている。視界の向こうに騎士や神官、侍女たちなどの姿は見えるが、会話が聞こえる距離ではない。
だからなのか、七彩は少し抑えめの声で、けれど真っ直ぐにジュヌヴィエーヌを見て言った。
「あなたに来てもらったのは、聞きたい事があったから」
「聞きたいこと、ですか?」
「はい。マルセリオ王国にいる筈のあなたが、どうしてこの国の王さまの側妃になっているのかを教えてほしいんです」
「っ!」
ジュヌヴィエーヌは息を呑んだ。間違いない。七彩は物語の内容を知っている。
七彩はよほど切羽詰まっているのか、そんなジュヌヴィエーヌの反応を気にする余裕もなく言葉を継いだ。
「あなたは1人で頑張ってここまで来たんですか? それとも誰か助けてくれる人がいたんですか?
私も、あなたみたいに押し付けられた役目から抜け出したいんです。私はヒロインじゃない。ナナなんて呼ばれたくない。だからジュヌヴィエーヌ・・・ジュジュ、教えてください」
七彩は手を伸ばし、テーブルの上に置かれたジュヌヴィエーヌの上に自分のそれを重ね、ぎゅっと力をこめた。
存外に大きな手に、そこに込められた力の強さに、ジュヌヴィエーヌは驚いた。
「ジュジュ、あなたは、マルセリオ王国とこの国を舞台にした二つの物語について知っているんだよね? だからあの国から逃げて来た、違いますか?」
部屋に閉じこもっていた七彩の顔色は青く、少し窶れていて。
けれど、瞳だけは爛々と輝いて見えた。それは、もしかして怒りなのだろうか。
「もし何か知ってるなら教えてほしい。私はあらすじに従うつもりなんて更々ないんだ。ねぇ、どうしたらヒロインのナナじゃなくなれる? 私が頼っても大丈夫な人は・・・この国にいるのかな?」
―――ああ、この人も作られた役割に苦しめられていたんだ。
苦しそうに歪む七彩の顔を見て、ジュヌヴィエーヌはそう思った。




