魔女は何かと忙しい
「あら? あらあらあら?」
マルセリオ王国の王都の東の。
深く大きい『迷いの森』の最奥部の。
ぽっかりと草木の生えていない空間に立つ、如何にも目に悪そうな毒々しい配色の家に住む魔女オディールは、手のひらサイズの水晶玉を覗き込みながら、素っ頓狂な声を上げた。
「やだ。どこからか変な力を感じると思ったら何よ、この女。これ、自分の娘でしょ? 何をしてるのよ」
水晶が映し出したのは、シンプルなワンピースを着た若く綺麗な娘を部屋に押し込め、扉越しに別れの言葉を述べる母。
その母は、すぐ隣の部屋に行くと、娘がいる側の壁にストーブを寄せ、周囲に洗濯物を積み上げる。
そして、ライターで積み上げた洗濯物の一枚に火をつけたのだ。
「うっわ・・・こいつ本当に母親? 自分の娘を焼き殺すつもり? って、殺意はないわね。え? それでやる事がこれ?」
オディールが驚く間に、洗濯物の塊は燃え上がり、壁を火が伝う。壁を隔てた向こう側の部屋には、先ほど押し込められた娘がいる。
火をつけた当の母親は、既に部屋を立ち去っていた。
「そっちは魔女がいない世界の筈だけど・・・でも私の注意を引くくらいの力がそこに溜まってたって事よね。まさかあの女が・・・?」
オディールが状況分析を試みる間に、火は娘のいる部屋にも延焼し、煙がもうもうと立ち込める。
娘は堪らず床にうつ伏せた。
「・・・あら、あの娘・・・?」
一瞬、目を見開いてまじまじと水晶玉を見つめた魔女は、けれどすぐに我に帰り、魔力を発動する。
「っ、今はそんな事を気にしてる場合じゃないわね。もう、仕方ない・・・っ!」
魔女が魔力を向けた先は、もちろん水晶の中に映るその子。
瞬間、その子の周囲が光り輝き、姿が水晶から消えた。
「ふう・・・これでひと安心って、え? なんでこっちに飛んで来てるのよ?」
オディールは、その子の家のすぐ近く、かなり適当にではあるが、屋外に飛ばしたつもりだった。
だが、今現在その子はオディールのいる世界に向かっている。
「どういうこと? まさかあそこに充満してた妙な力のせい?」
オディールは顎に手を当て、う~んと唸る。
「ま、いいか。あの母親が近くにいたらまた変な事しそうだし、こっちの方が安全かもね」
オディールは人差し指をピンと立て、くるくると宙に何かを描く。
「あっちは真夜中でも、こっちはまだ真っ昼間。なら、どこに飛ばしてもすぐに発見されるわね。ええと、迷子の保護には・・・うん、やっぱり神殿ね!」
どれにしようかと各地の神殿を思い浮かべ、オディールはふとある娘を思い出す。
前に魔女のオディールに惚れ薬を依頼した娘。しかも相手に飲ませるのではなく、自分が飲むという面白い事を言っていた。
「ふふっ、あの子とあの娘を会わせたら面白いかも」
なかなかに親切な魔女のオディールは、飛ぶ先をアデラハイム王国の大神殿に指定し、すぐに保護してもらえる様にピカッと光り輝くオプションも付けてやる。
「うふん、私っていいヤツ~♪」
ひと仕事を終え、ふんふんと鼻歌を歌い始めたオディールは、ここで先ほど異世界から感じた妙な力を思い出した。
あの子の周りを取り囲んでいたのは、魔力に似た力、でも禍々しさが際立つ似て非なる力だ。
あれは魔力じゃない、呪力だ。
「あの女、魔女の素質があったのかも」
今やこの世界で3人にまで減ってしまった魔力持ち。
もはや絶滅危惧種になりつつある魔女は、人手不足をやり繰りするのも大変で。
候補がいれば、引き取ってでも育てたいところではあるのだが。
「・・・あれはダメね。こっちにいたとしてもダメダメだわ。使えない」
力があろうと素質があろうと。
あんな禍々しい方向に捻じ曲げる人間はナシだ。
魔女にしろ魔法使いにしろ、なるには、なるに足るだけの条件がある。
それが、いわゆる魔女の資格。
資格に適わない存在はすぐに抹消されるべきで―――
チリンチリン―――
魔女オディールの思考は、突然に鳴り響いたドアベルの音で中断した。
来客を告げるベル。
だが、4つあるベルのうち鳴ったのは緑色のもの。
「珍しいわね。『黒の森』に客なんて。50年ぶりくらい?」
オディールはフードを一旦深く被り、また外す。
するとケバケバしい化粧をした背の高い魔女の姿は、白髪の老人魔法使いへと一瞬で変わった。
魔女オディール改め、白髪の老人魔法使いは、扉に近づくと壁にかけてあったコンパスの針をくるりと4色中の緑の面へと向け―――
ガチャリと扉を開ける。
「誰じゃな。『黒の森』の魔法使いアルバトロスを訪ねて来たのは」
如何にも老人らしいしわがれ声で来訪者に問いかけた。