王太子の帰還と光の柱
翌日の午後早く、王太子オスニエルが王都を囲む門をくぐった。
南部で発生した熱病を見事に防いだ王太子の帰還に、民は熱狂する。
道を埋め尽くす程の勢いで立ち並ぶのは人、人、人だ。
あちこちで上がる歓声。
子どもたちの手にある籠から振りまかれた花びらが空を舞う。
馬上のオスニエルたちにも花びらはひらひらと降り注ぎ、華やかで幻想的な光景が醸し出されていた。
広場に設えた会場の最上段の席。そこに座って彼らの到着を待つのは国王エルドリッジだ。
その左右には王子2人と王女が並ぶ。
彼らを囲む様に立っているのは、文官武官たち。
神殿からの代表者たち数名も国王の席の近くに立っていた。大神官アンゲナスと、彼の息子で主神官でもあるラムロス、そして平神官のアムナスハルトだ。
アムナスハルトは、密かにエルドリッジと連絡を取り合う協力者だ。彼はアンゲナスがよそで産ませた妾腹で、能力と仕事量に見合わない低い立場に甘んじていた。
ジュヌヴィエーヌは文官たちの列の端っこに、民からは顔が識別されにくい位置にいる。
側妃として民に顔を周知されないようにとの配慮からだ。少し距離はあるが、オスニエルやエルドリッジの様子を見るのに不足ない。
疲労を滲ませつつも清々しい表情のオスニエルは、父王の姿を認めるとさっと馬から降り、後続の者に手綱を預け、その前に進み出た。
エルドリッジもまた、席から立ち上がり、壇上から降りてくる。
ふた月以上の時間を経てようやく嫡男と再会したエルドリッジの表情には、明らかな安堵が滲んでいた。
「オスニエル、大義であった。見事に病を抑え込んでくれたな」
「勿体ないお言葉。陛下のご指示通りに動いたまでの事にごさいます」
「何を言う。実際に南部に赴き指揮をとったのはお前だ。ここにいる者たちは皆、それを分かっている。そうだろう?」
エルドリッジがぐるりと周囲を見回せば、わあっと一斉に歓声が上がる。
国王と王太子は―――父と子は―――しっかと抱き合った。
多分にパフォーマンスの要素が含まれているのだろう。とても劇的な仕草だ。
全て計算の上でなされたのであろうその抱擁は、民の興奮を頂点にまで押し上げる。
歓声はいよいよ高くなり、エルドリッジとオスニエルを高らかに褒め称え始めた。
ジュヌヴィエーヌはそれらを少し離れたところから眺めつつ、民衆や文官武官たちと一緒になって拍手を送った。
『アデラハイムに咲く美しき花』の中では、未知の病気に対応が遅れ、死者の数がどんどんと膨れ上がる。
苦しみ、疲弊した民の絶望と怒りと悲しみの矛先は、後手後手の対応となった王家に向けられ、一部では神罰が下ったのではないかという噂まで出始めるのだ。
だが、今ジュヌヴィエーヌの眼前に広がる光景は、それと真逆。
事前に準備しておいた特効薬のお陰で、病は驚くほど迅速に収束し、民は国王の先見と英断を声高らかに讃えている。
実際の指揮にあたった王太子オスニエルの評価も高く、次期国王となる彼に向けられる期待の声が多く上がる。
神殿側も王家につけ入る隙を見つけられず、大神官アンゲナスも恭順の意を示している状態だ―――今のところは。
物語では、アンゲナスと彼の息子ラムロスがまず最初にヒロインを聖女と呼称し始め、民の間で積極的にその存在について流布するのだけれど。
―――ああ、でも。
どうかこのまま、何も起こりませんように。
民の笑顔も、この国の安寧も、あの人の微笑みも陰ることなく、どうかこのまま平穏が続きますように。
民の歓声、舞い落ちる花びら、子供たちの笑い声、王家に向けられる信頼の眼差し。
それらを見ながら、ジュヌヴィエーヌは願った。
だが、それからひと月と半が過ぎ、秋も終わりにさしかかろうという頃。
ジュヌヴィエーヌの願いを嘲笑うかのように、神殿がある方向に光の柱が上がったという報告がもたらされる。
その後、送られてきた使者の言葉は、こうであった。
神殿の後側にある森、そこにある湖の辺りに、どこからともなく、唐突に、なんの前触れもなく。
眩い光と共に、ひとりの少女が現れたと。