初秋、続編の悪役令嬢は何を思う
その後、ゼンとエティエンヌの関係が改善されたかというと、判断は微妙なところである。
当初に危ぶまれた関係の悪化はなかった。
けれど改善もまたしなかった―――いや、多少はしたのかもしれない。
ゼンは、頼んでもいないのに迎えに来て、断っても断っても来続けた。
その事実はエティエンヌの中の、過去にゼンが自分を嫌い、避けたという思い出を上書きするくらいの仕事はした様だ。
さて、その間、学園での聴講を中止し、エルドリッジの執務のお手伝いをしていたジュヌヴィエーヌだが、実は彼女の知らないうちに、文官たちのやる気を上げるのに密かに貢献していた。
もちろんそんな事、本人は露ほども気づいていない。だってジュヌヴィエーヌがしている仕事は雑用ばかり。誰でも出来るとまでは言わないが、いくらでも代わりが利くのは確かだ。
けれどその、誰にでも出来る雑用を笑顔でいくらでも引き受ける存在というのは、なかなかに助かるもので。
しかも。
「お疲れ様です。少しだけでも休憩なさってはいかがですか」
そう言って、美人さんからそっとお茶の入ったカップなど差し出されてしまえば、疲労困憊の文官たちは感激する。
そして、お茶を飲み終わる頃にはやる気が少し復活しているのだ。
ジュヌヴィエーヌを側妃と知る数少ない人たちはエルドリッジが羨ましいと呟き、そうと知らない人たちは心の中のお嫁さん候補に名前を書き込んだ。
やがて、ラムラース熱病の完全な抑え込みに成功したオスニエルが王城に帰還するという知らせがもたらされる。
残念な事に、18名と少ないながらも死者は出てしまった。
ラムラース熱病が流行る前、風邪と考えて治療が遅れた村人たち11名と、村に出入りしていた商人たちとその家族数名、そして初期に治療に当たった村の医師と看護師たちが犠牲となったのだ。
原作では南部地域だけでも死者は300人を超えたと書いてある。だからそれと比べれば被害は少ないと言えるのだが、それでもオスニエルは悔しげな表情を隠せなかった。
現地で疾病対策の陣頭指揮を執った王太子の人気は鰻上りだ。
迅速に隔離政策を指示し、運んできた薬の配布を始め、感染が疑われる人の期限付きの移動制限を発令、衛生指導や食糧支援についても手配した。
結果、到着して10日も経つ頃には感染者の数が減り始める。
ホークスたち数名は初期対策を終えて半月後に王都に戻ったが、オスニエルは他の補佐たちと共に現場に残り、最後の感染者の快癒を確認。
その後さらに10日ほど留まり、新たに感染者が出ていないことを確かめてから帰城を決める。
結果、オスニエルが戻ったのはふた月と半の後、季節は既に秋の初めとなっていた。
そう、秋―――ヒロインが光と共に降臨する時期である。
「いよいよね」
オスニエルの帰還を明日に控え、エティエンヌは嬉しさと悲しさがないまぜになった複雑な表情を浮かべる。
彼女の心情が分かるジュヌヴィエーヌもまた、似た様な表情をしていた。
「・・・ねぇ、ジュジュさま。少し、ヒロインの話を聞いてもらってもいいかしら」
就寝前、隣の部屋から顔を出したエティエンヌは、唐突にそんな事を言った。
もちろんと頷けば、エティエンヌは暫くの間くるくると指を遊ばせながら言葉を探し、そうしてようやく口を開いた。
「・・・断罪される側だからって、最初から悪感情を持つのはきっと良くないのよね」
「エチさま?」
ぽつりと漏らしたエティエンヌの言葉に、ジュヌヴィエーヌが不思議そうに首を傾げた。
「ヒロインは今の私と同じ年なの。つまりたったの15歳。その年で、いきなり全く知らない世界に飛んで来ちゃったら、誰かに縋りたくなるのも分かる気はするの。その相手がこの国の王子さまなら尚更よね。私だって、同じ立場なら、誰か頼りになる人を探すわ」
エティエンヌは、でもねと続ける。
「断罪されるのは嫌だし、国が乱れるのも困る。そうならない方法で、ヒロインがこの世界で普通に生きていける道はあると思うの。お父さまだって、それは考えておられる筈よ」
エティエンヌは大きく溜め息を吐く。
「でもね、思ってしまうの。ヒロインの元いた世界が、私の想像する通りの世界だとして、そこで普通に暮らしていた15歳の女の子が、いきなり別世界に光と共に登場して聖女と騒がれたら・・・」
ひとつ間を置き、再び口を開く。
「勘違いするなって言う方が難しいと思う。舞い上がってしまうのが普通なのかもしれないわ。目の前に王子さまがいたらポーッとするのも当たり前なのよ。でもそうなると、私と対決する事になってしまうの。そして私は負ける」
エティエンヌは、泣きそうな顔でジュヌヴィエーヌを見た。
「ジュジュさま。私、怖いの。続編が始まるのがとっても怖い。オス兄さまやシルや、今は少し話せる様になったゼンが・・・私を憎む様になるかもしれない。大丈夫って信じたいのに。信じてって言われたのに」
「エチさま・・・」
「駄目な子よね、私。怖くて不安で、まだヒロインの名前を口に出来ないでいるの」