カウントダウンが始まる
―――ラムラース熱病―――
物語の中では、南部地域で猛威を振るい、その脅威が王都迫る頃に、ようやくその病の報告が王城にもたらされる。
一見風邪と似た初期症状、強い感染力、加えてアデラハイムでは未知の病気だった事が、蔓延した原因だ。
アデラハイムの南側にある国、シャルマイでは既に特効薬も開発されており、一度罹患すれば二度かかる事はない。
つまり対策次第では、初期段階で抑え込む事も可能なのだ。
夜半に早馬によりもたらされたラムラース熱病感染の知らせは、エルドリッジをある意味で落胆させた。
今さらだとエルドリッジ自身、理解している。
マルセリオ王国の調査で分かっていた筈。
オスニエルたちとエティエンヌが不仲になる兆候を見て確信を深めた筈。
それでも、もしかしたら、万が一などと望みを捨てきれずにいたのだ。
このまま、ヒロインが来ない未来もあるのではないかなんて。
だが、物語が始まる最後のサインが現れてしまえば、続編開始のカウントダウンは始まったようなもの。
「・・・ホークスには連絡してあるな? ならオスニエルを呼んでくれ」
絞り出す様な声で、傍に控える侍従に告げる。
オスニエルには重要な役目を任せるつもりでいる。病の早期収束の為の陣頭指揮だ。
国王のエルドリッジが現場に向かう訳にはいかない。
城で政を執りつつ、情報を集め、判断し、統率しなくてはならないからだ。それに、神殿側の協力者とも連絡を取る必要がある。
「お呼びですか、父上」
突然の夜中の呼び出しにも関わらず、オスニエルはきちんと身支度を整えてやって来た。
恐らくは何を告げられるか察しているのだろう。
オスニエルとシルヴェスタには、『アデ花』の話を伝える際に、話の流れも教えてある。
・・・ああ、そうだ。そろそろルシアンにも話しておかないといけないな。
そんな事を考えながら、エルドリッジはラムラース熱病についての報告が上がった事を話した。
大まかな場所は分かっていた為、予め連絡員を数カ所に分けて散らばせておいた。だから村の正確な位置も把握済みだ。
「最初の発症者の観察から20日経っている。報告が来た時点で重症者が2名、死者はまだいない。オスニエル、現場での指揮を王太子であるお前に任せる」
「拝命しました」
オスニエルは胸に手を当て、頭を下げる。
「輸入した薬の保管場所は知ってるな? 移送の準備と・・・ああそうだ、行く前にお前も服用するように」
「はい、すぐに」
「・・・オス」
「はい」
呼ばれ、オスニエルは頭を上げる。
エルドリッジは嫡男の目を真っ直ぐに見つめ、ひと言「頼んだ」と告げた。
オスニエルな力強く頷き、失礼しますと踵を返す。
事態は一刻を争う。
被害は最小限に食い止めねばならない。
民の命がかかっているのは勿論だが、民衆が聖女を崇め奉る流れはここから始まるからだ。
―――神殿側とも最後の確認が必要だな。
エルドリッジは侍従に便箋を持って来させ、手紙をしたためる。
神殿側の協力者、アムナスハルト宛に。




