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私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第五章 続編開始のカウントダウン
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カタコトの君




民が聖女誕生を求めるきっかけとなる『ラムラース熱病』。


感染力が強く、致死率も高いその病が蔓延する正確な時期は分からなかった。


エティエンヌによると、『アデ花』では、ただ夏に国中に蔓延し、多くの民が犠牲になった、とだけ記述されていたらしい。


それでも、最初に発症した地域については、書かれていたという。

アデラハイム王国の南側に位置する地域、国境を形成する山間部の麓にある小さな村。そこで村人たちが倒れたのが始まりだ。




「陛下っ、お休みのところ失礼いたしますっ! 先ほど早馬が―――」



午前二時を回っていた。街も城も闇と静寂に包まれる中、年配の従者がアデラハイム国王エルドリッジの寝室の扉を叩いた。













「エルドリッジさまとオスニエルさまがいらっしゃらないわ。どうしたのかしら」



朝食の席に食堂に現れたジュヌヴィエーヌは、いつもと違う光景に隣のエティエンヌに囁きかけた。



エルドリッジは多忙ではあるが、視察や外交などで城にいない時を除き、食事の時は―――最低限朝食だけは、必ず家族と共に取るようにしているのだ。

王太子とはいえ、まだ学生であるオスニエルが姿を見せないのも珍しい。



「父上はどうか分からないけど、夜中にオス兄上の部屋で人の声がしてたよ。争ってるとかそういうのじゃなくて、話し声が」



ジュヌヴィエーヌが2人の体調を心配していると、そんな事をシルヴェスタから告げられる。

だがそれでは安心するどころか、余計に不安になる。夜中に入る連絡など、嫌な予感しかしない。



「お義母さま・・・」



けれど、不安そうなルシアンを見て、ジュヌヴィエーヌはその話題を口にするのを止めた。

知るべき事なら、いずれ知らされる筈だから。



その時、エティエンヌとシルヴェスタは目配せをしあっていたのだが、ジュヌヴィエーヌは気づかなかった。




朝食後、登園の支度を終えたエティエンヌを見送る為、ジュヌヴィエーヌはルシアンと一緒に王城入り口正面にある馬車待機所に向かう。


今日は学園で聴講する日ではない。だから見送りだけ。


オスニエルの姿が見えない為、一人で学園に向かう事になったエティエンヌは、どこか不安そうに見えた。

見送りを決めた理由の一番はそれが心配だったからだが、外に出れば何かしら情報が得られるかもしれないという考えもあった。



王族専用の居住棟から出れば、違和感はさらに深まる。城全体とまではいかないが、執務棟の一部と騎士団の事務棟がある辺りが慌ただしい。



もうすぐ馬車待機所、というところにまで来て、先頭を歩いていたエティエンヌの足がぴたりと止まる。

すぐ後ろをルシアンと一緒に歩いていたジュヌヴィエーヌは、エティエンヌの背中にぶつかりそうになった。



「エチさま? どうかなさっ・・・」



背中側から覗くようにして顔を出し、エティエンヌの背中の向こう、その視線の先を見て、ジュヌヴィエーヌの言葉が途切れた。



馬車の入り口に薄青の髪の、制服姿の青年が立っている。

彼の視線は、まっすぐエティエンヌへと向けられていた。



前に茶会で話をした事がある令息だった。


確か宰相の・・・



「ゼン? どうしてここに?」



エティエンヌの驚いた声に、ジュヌヴィエーヌは思い出す。そうだ、彼はゼン・トリガー。ホークス・トリガー宰相の嫡男だ。



「・・・きょ」



ゼンは、まっすぐエティエンヌを見て口を開く。だが発した言葉の意味は不明だ。「きょ」とは何だろうか。




「ち、父から連絡が」



先ほどの言葉の謎が解けぬまま、ゼンは言葉を継いだ。



「オス、いない、から。きょ」



ゼンの額に汗が浮かぶ。

まだ初夏で、しかも朝だから、そんなに暑くもない筈なのに。


しかもまた意味不明の言葉である。



「・・・きょ?」



エティエンヌも引っ掛かったのか、首を傾げて聞き返した。


ゼンは、すう、はあ、と深く息を吸ってから再び口を開いた。



「僕が、送る、ます。一緒に、馬車」


「・・・」


「・・・」


「・・・」



エティエンヌも、ジュヌヴィエーヌも、まだ9歳のルシアンも、黙ったまま反応が出来なかった。



ジュヌヴィエーヌの記憶では、確か弁舌爽やかで流暢に会話が成立していた筈の令息が、何故かカタコトで、汗をだらだらとかいている。


たぶん別人ではないと思うのだが。



「ええと?」



困った様に問い返すエティエンヌに、ゼンはものすごい勢いで手を差し出した。


あまりの勢いにエティエンヌは一瞬体を反らす。だが普通にエスコートだったらしい。

突き出された手は、掌を上にしたまま、エティエンヌの顔の前でぷるぷるしている。




「・・・なに? どういうこと?」


「あの、ゼンさま。お久しぶりです、ジュヌヴィエーヌですわ」



目をぱちくりさせるエティエンヌの斜め後ろで、ジュヌヴィエーヌが口を開いた。



「もしかして、ゼンさまは、エチさまのお迎えにいらしてくださったのでしょうか」


「っ、は、はい」



ゼンは、見るからにほっとした様子で頷いた。



「オスが公務の手伝いで城を空けると聞いたので、今日からしばらく僕が馬車の行き帰りに付き添おうかと」



すらすらと説明したゼンは、そのままエティエンヌへと視線を戻し。



「い・・・行こ。エチ」



そして、再びカタコトに戻った。







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