選定ライン
その後、週に2回ほどエルドリッジの執務のお手伝いをする事が決まったジュヌヴィエーヌだが、実は本人が意図しない所で、ちょっとしたセンセーションを執務棟に巻き起こしていた。
文官服を着て執務棟を歩く彼女の姿が注目を浴びたのだ。
女性文官は、いない訳ではないが決して多くもない。
やはり女性の場合、侍女やメイドとして働く人数の方が圧倒的に多いからだ。
貴族令嬢として完璧な立ち居振る舞いのジュヌヴィエーヌが、そんな数少ない女性文官の服を着て執務棟を歩くのだ。しかも若くて美しいときている。
それだけで目立つというのに、この女性用の文官服というのが、なかなかによろしくなかった。
首元までかっちりと留められた立ち襟の白いブラウスと細身の黒のべスト、下に少しだけスリットが入ったタイトな黒のロングスカート。
シンプルで機能的、あくまでも働きやすさを求めた服。
リボンやフリルといった装飾が一切ない、まったく甘さのないデザインである。
なのにどこがよろしくないかと言うと、17歳のうら若き乙女であるジュヌヴィエーヌが着ると、何故かとても女性らしさが際立ってしまう。というかむしろ色っぽい。
書類を手に姿勢よく歩くジュヌヴィエーヌの姿を、働いているふりをして実はこっそりガン見する輩まで多数出て来る始末だ。
ジュヌヴィエーヌが手伝いに来る曜日が未定で、エルドリッジが抱える執務量によって決まるという不確定要素も、希少価値を高める事にひと役買ったらしい。
手伝いを始めてひと月経つ今では、文官姿のジュヌヴィエーヌを見かけた者は「その日の運がいい」とか「願いが叶う」とか、妙なジンクスまでまことしやかに語られている。
「なんというか・・・うん、よろしくないね」
そんな彼らの浮かれた空気に、エルドリッジは少々不機嫌な声で呟いた。
ジュヌヴィエーヌの手伝いは確かに有り難い。
本来は妃が担う分まで仕事をしているエルドリッジだ。
猫の手も借りたいくらいの忙しさなのに、差し出されたのは猫どころか、十分な教育を受けた有能なジュヌヴィエーヌの手。
国政に関わる案件には触れさせないものの、書類の仕分けや整理、不備やミスのチェック、配達の采配だけでも大助かりだ。
先日は書類戸棚の整理までやってくれて、処理後の書類が案件と年月別に区分けされ、取り出しが非常に楽になった。
しかし、どうにも注目を集めすぎている。
ジュヌヴィエーヌが手伝いに来ている時の、文官や職員たちのエルドリッジの執務室への訪問率の高さときたら。
「あれ、絶対にジュジュ見たさだろう」
「それで彼らの働く意欲が高まるのなら、よろしいではありませんか」
涼しい声で返したのは、宰相のホークスだ。
執務の手伝いは昨日、来てもらったばかり。
それと比べて打って変わって来訪者が少ない本日の執務室で、エルドリッジはわざわざホークスを呼び出して文句を垂れていた。
「いつかは誰かにお任せになるおつもりなのでしょう? 今から選別ができるのです。願ったりではないですか」
「まだ早い。物語の決着がつくのは2年後だぞ。選ぶどころか、そんな事を考えるのだって早すぎるよ」
「そうですかね? 別にお相手が決まったとしても、時期が来るまで待ってもらえば済む話では?」
「・・・そう簡単に話が進むといいけどね」
あからさまに不機嫌になったエルドリッジを見て、ホークスはここ最近は癖の様になってしまった深い溜め息をまた一つ吐いた。
「陛下がどうお考えになろうと、美しい花はそこにあるだけで人の目を引くものですよ」
「・・・そうだな。それはその通りだと僕も思うよ。来月からは学園での聴講も始まるしね。今回の様に、ジュジュの輝きに気づく者はきっとこれからも現れるのだろう」
エルドリッジは書類から目を上げると、窓から外を見る。
「でも大事なのはそこじゃない。ジュジュに惹かれる男なら誰でもいいって訳じゃないからね。ジュジュに惹かれるだけでなく、ジュジュもまた惹かれる男、そこがまず最初の選定ラインだ」
「最初、ですか」
全部で幾つラインがあるのだろう、いつかそれら全てを越えられる男が果たして現れるのか。
ホークスの頭にはそんな疑問が浮かんだものの、賢い彼は口にせず、黙って胸の内に収めるだけにした。