違う、全然違う
「なあ、ジュヌヴィエーヌ。さっきのあれ、本気なのか?」
王族専用の居住棟に戻り、それぞれの部屋に向かう中、オスニエルは並んで歩くジュヌヴィエーヌに問いかけた。
「ヒロインが本当にこの国に現れた場合、教会と張り合わずに身柄を任せる方針でいくと父上は仰っていた。だから城で顔を合わせる機会はまずない。
学園に関しては、教会が決めるからまだ分からないが、少なくとも王城にいれば平和だぞ」
「・・・そうね。ジュジュさまが学園に通いたいのなら応援しようと思っていたけど、私たちの為に無理をするのは嫌だわ」
「そうなのですか・・・?」
ジュヌヴィエーヌは足を止め、二人を見ながら口ごもった。
「・・・ええと、ですね」
考え込む様子を見せるジュヌヴィエーヌに、オスニエルとエティエンヌの足も自然と止まる。
そのまま言葉の続きを待っていると、やがて意を決した様にジュヌヴィエーヌが口を開いた。
「では、正直に申し上げます。オスニエルさまとエティエンヌさまの為、というのは嘘でした」
「・・・」
「・・・」
唐突にその場に沈黙が落ちた。
だが、ジュヌヴィエーヌは微かに頬を赤らめつつも、言葉を継ぐ。
「わ、私は、途中で辞めざるを得なかった学園生活をやり直したいと思ったんです。でも、知った人のいないクラスに入るのは不安なので、エチさまと一緒に行かせてもらいたいと思いました。つまり全て自分の為、私個人の勝手な願いによるものです。ですから、お2人が心配する必要はまったくないのですわ!」
息継ぎもなく、早口で一気に捲し立てられた台詞。
加えて少し棒読みだ。
これは一体、どこから突っ込めばいいものか。
オスニエルがぽりぽりと頬をかきながら口を開く。
「ええと・・・」
「私が・・・私が、行きたいと思っているのです」
「いや・・・」
「学園に通ってみたいです」
「・・・」
オスニエルの視線が隣の妹へと向けられる。
察したエティエンヌが口を開いた。
「ジュジュさま・・・」
「お2人と一緒の馬車で行きたいです」
「あの・・・」
「お、同じ制服が着たいです」
「・・・」
必死の返答に、遂に2人が黙る。
するとジュヌヴィエーヌは、今度は少し不安げな顔で口を開いた。
「・・・私の為でも駄目、でしょうか?」
「「・・・っ!」」
2人は何も言えず、ただ互いに顔を見合わせた。
この沈黙をどう受け取ったのか、ジュヌヴィエーヌは必死な声を上げる。
「お、お2人が反対しても駄目ですからね。もうエルドリッジさまから許可をもらっちゃいましたから!」
「え」
「あ」
言うだけ言うと、ジュヌヴィエーヌは2人の返事を待たず、そのままパタパタと廊下を駆けて行く。
「・・・」
「・・・」
話を遮るのも、突然に大声を上げるのも、廊下を走るのも。
普段から淑やかで大人しいジュヌヴィエーヌには有り得ない行動だ。
そんな彼女の後ろ姿を、エティエンヌとオスニエルは呆気に取られた表情で見送る。
それからぽつり、エティエンヌが呟いた。
「・・・ジュジュさまって、走れるのねえ」
「っ、ぷっ」
驚きすぎたエティエンヌの、見当違いの感想に、オスニエルは堪らず吹き出す。
「走れるのねって、なんだそれ。普通走れるだろう。まあ、俺も初めて見たけどな」
「そうよ、初めてなのよ。どうしましょう、貴重なものを見てしまったわ」
「そうだな。いや貴重なものならもう一つ、あったろう」
「ああそうね。ジュジュさまが嘘を吐いたのも初めてだったわ。下手すぎだけど」
「まあ、バレバレだったな」
「でも必死で可愛かったわ」
「まあな。マルセリオの王太子は何故、彼女との婚約を解消したんだか。理解に苦しむな」
「え?」
「え?」
無意識に発した台詞をエティエンヌに聞き返され、遅まきながら自分の発言の内容に気づいたオスニエルの顔が瞬時に赤くなる。
「オス兄さま、もしかして」
「っ、これはそういう意味じゃない! 違う、全然違う! いいな、分かったな!」
そう言い捨てるなり、彼も同じく走り去る。
そんな兄の背を見送ったエティエンヌは、小さな声で「あらまあ」と呟いた。