手折っていい花じゃない
「思っていたよりもずっと芯の強い方ですね」
話が終わり、オスニエルたちが執務室から去った後。
残っていたホークスがそう呟いた。
誰のことか、言われずともエルドリッジには分かる。
自分にも何か出来るかもしれないと、勇んで彼の執務室に突撃して来たジュヌヴィエーヌのことだ。
「一番の理想は、時期が来てもこのままヒロインとやらがこの王国に現れないことですね。そして二番目は、来たとしてもこの国を混乱に陥れる様な行動をせずに過ごしてくれること。
そのどちらも叶わない場合は・・・最も害が少ないやり方で事を収めるべく注力するしかありません。その意味で、ジュヌヴィエーヌさまのご提案には大きな意味があります」
「そうだな。神殿側への根回しも上手くいきそうだし、対策は立てられるだけ立てたつもりでいたけど・・・ジュジュに言われて改めて気づいた。僕もホークスも物語に折り込み済みの存在なんだよな」
エルドリッジは悔しそうにガシガシと頭をかき、背もたれに体を預けた。
「はあ・・・ジュジュにはもう、何も心配しないで、ただ笑っていて欲しかったんだけど」
「おや」
ホークスが目を見張る。
「意味深ですね。ようやく自覚しましたか?」
「は? そんなんじゃないって前にも言ったろう? もう、いいからお前もさっさと仕事に戻れよ」
エルドリッジは離して置いてあった書類の束に手を伸ばしながら、もう片方の手でしっしっと追い払う仕草をした。
だが、書類をトントンと揃えながら視線を上げれば、ホークスはまだエルドリッジの目の前に立っている。
彼の物問いたげな視線に根負けした様にエルドリッジは口を開いた。
「・・・40近いおじさんが好き勝手に手折っていい花じゃないんだよ」
「・・・左様ですか」
ホークスは一つ溜め息を吐いてから「では私も執務に戻ります」と扉に手をかけ、そこで振り返る。
「ああそうだ。私もおじさんなので記憶が最近どうも怪しくて・・・ジュヌヴィエーヌさまから執務手伝いの申し出があった時に喜んでいたのは、一体どこのどなたでしたっけ」
「ホークス!」
背後から何やら文句を言う声が聞こえてきたが、ホークスはそのまま扉を閉め、足を進めた。
「まったくあの方は」
人が行き交う廊下を、自らの執務室へと歩を進めるホークスは、呆れた様に呟いた。
「自覚がないのかと見守っていれば。そろそろ前に進んでもいいのではないかと思いますがね・・・こればかりは本人次第か」
廊下に光を取り入れる為、一定の間隔で配置されている大きな窓から、ホークスは外を見る。
彼が視線を向けた先、窓の向こうに見えるのは執務棟の奥に並ぶ様に建てられた王族専用の居住棟。
その入り口に進んで行くのは、先ほどまで同じ国王執務室にいた3人。
彼らは口元に笑みを浮かべ、遠目にも和やかな雰囲気だ。
普段からよく笑うエティエンヌと、穏やかなジュヌヴィエーヌはまだしも、基本が仏頂面のオスニエルが笑っているのは珍しい。
その様子を見守りながら、ホークスは独り言ちる。
「安心できる男に託すって・・・本当にその時が来ても、あの方は笑って同じ台詞が言えるんですかね」