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私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第四章 恋のつぼみ
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出来ると信じている



「え・・・どうして、だって」



エルドリッジの返答に、シルヴェスタは困惑する。



「いいかい、シル。確かに、国王は時に国の為に非情な選択をしなければいけない時もある。場合によっては誰かを見捨てないといけない時も。だけどね、一番手っ取り早いからと言って、それが最善策になるとも限らないんだよ」



エルドリッジも人間で、国王としての責務より親の情に流されてしまいたくなる時もある。

単純に事を解決する手段があると知って、手を伸ばしたくなる気持ちも理解できる。


ましてシルヴェスタはまだたったの12歳、まだ見ぬ先の不安に怯え自らを叱咤し続けるより、一瞬で労せず結果が出る手段を選びたくもなるだろう。



シルヴェスタは頭を激しく振る。



「・・・っ、父上には僕の不安が分からないのです・・・姉上の断罪に加わる人たちの中に入っていないから、だからそんな冷静な顔をしていられるのですよ。僕やオス兄さんがどれだけ・・・どれだけその日が近づくのを恐れているか・・・っ」



シルヴェスタの眼にぶわりと涙が浮かぶ。



「シル」



エルドリッジは立ち上がり、涙が溢れぬよう必死に堪える次男の側に行く。

そして成長期に差し掛かった息子をその両腕でしっかりと抱き込んだ。



「大丈夫だ、シル。お前は優しく賢い子だ。理由もなくお前の姉を傷つけたりはしないさ」


「・・・急に馬鹿になって姉上に辛く当たる様になるのかもしれません。ええ、きっとそうです」


「おいおい、決めつけちゃいけないよ。シル、僕たちが恐れている未来はまだ不確定なんだ。起きる可能性を完全に否定はできないけど、絶対に起こるとも言えない」


「・・・でも、分からないじゃないですか・・・ジュヌヴィエーヌだって、あんなに美人で優しくて素敵な人なのに、婚約を解消されたんです。しかも次の婚約者が、妃教育どころか普通の淑女教育もなってない男爵令嬢だそうですよ? そんな有り得ない話が実際に起きちゃったんですから」


「それは、あっちの国の王太子が馬鹿だったのさ。ついでに言うと、国王たちもな」


「物語が始まって、急に馬鹿になったのかもしれません」


「いやあ、それは違うな。あそこの王太子は昔からジュジュを毛嫌いしてたみたいだぞ」


「・・・じゃあ、生まれつきの馬鹿だったんですね」


「ああ、きっとそうだ。でもお前は違う、それに僕もね」



シルヴェスタの眼から涙は消えたが、肩はまだ震えている。


彼が初めて『アデ花』について知ったのは、11歳になってすぐのこと。つまり今から一年と10か月くらい前になる。

婚約者を今は選定しない理由を説明する際に、この先起こりうる未来の一つとして物語のあらすじを、エルドリッジから話して聞かせた。


エティエンヌが王立学園に入学する年の秋、『アデ花』のヒロインが大聖堂の敷地内に光と共に忽然と現れること。

教会は聖女が降臨したとして彼女を祭り上げ、一気に勢力を増すこと。

それを抑える為、エルドリッジは聖女を王家預かりとし、貴族たちとの繋がりを作らせる為に王立学園にも通わせること。

シルヴェスタとは王城で、オスニエルとは王城と学園の両方でヒロインとの仲を深めていき、それに反発するエティエンヌは、王城でも学園でもヒロインへの嫌がらせに率先、学園ではそれに2人の婚約者たちも加わる様になること。

結果、王子たちはそれぞれの婚約者と婚約破棄を宣言するが、特にエティエンヌは聖女への虐めを先導したとしてより重い罪を負い、国外追放となること。

そうして邪魔者を排除した後、第一王子がヒロインと結婚、第二王子は2人の幸せの為に身を引き、祝福すること。



そんな物語の大まかな流れを説明した時、シルヴェスタは驚きすぎて、ぽかんと口を開けていた。



そして、有り得ない、なにその馬鹿な話、と呟いたのだ。



そう、馬鹿な話だ。親としても国王としても、決して実際には起きてほしくない話。



「でも今、そうならない為の布石を、僕たちは懸命に打っている。オスもエチも、そしてシル、お前もだ。ゼンやテレサ嬢、ペネロペ嬢も、そんな僕たちの決定を尊重してくれている。そうだよね?」



シルヴェスタが頷いたのを確認し、エルドリッジは続ける。



「ジュジュが今、物語とは違う人生を歩めている様に、エチもそう出来ると信じている。そもそも、最初からヒロインがこの国に降臨しないで元の世界で暮らし続けてくれれば一番いいんだけど、そんなの僕が決められないしね」



小さく頷くシルヴェスタを見て、エルドリッジは密かに溜め息を吐いた。



国王といえ、自分はなんと無力なことか。


シルヴェスタは今やっとこうして自分の気持ちを吐き出してくれたが、常に自分を厳しく律しようとするオスニエルはどうなのだろうか。



不安になるなと言っても無理だろう。

長兄で王太子である彼は、きっと愚痴も言えない。



「・・・大丈夫、信じてるから」



エルドリッジは自分に言い聞かせる様に呟いた。



ヒロインが降臨するとされる時期まであと一年と半年。



けれど今、目に見える成果として実感できるのは、ジュヌヴィエーヌが見せる笑顔だけだ。



「ジュジュ・・・」



エルドリッジは、シルヴェスタの肩を抱き込んだまま、目を閉じてジュヌヴィエーヌの笑顔を思い浮かべた。









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