惚れ薬の使い道
かつては世界中に溢れていたという魔法も今は廃れ、ほんの一握りの『魔女』や『魔法使い』と呼ばれる人物しか使えなくなった。
魔法管理局が管理しているのは、そんな過去に作られた魔道具や魔術に関する書物、歴史書など。昔のものばかりで、それらが新しく増える事はない。
この一年、シルヴェスタが調べていたのは、それらの類だ。
―――ああ、でも。
シルヴェスタは迅る気持ちのまま、先ぶれを出す事も忘れ、父の執務室に向かう。
現存する希少な魔力持ち―――『魔女』や『魔法使い』に接触できた者は多くない。
国によってはお伽話扱いされてしまうくらいだ。
シルヴェスタだって、そう思い始めていた。
過去に存在していたのは間違いないとしても、もう今は、なんて。
だとしたら、自分たちだけで頑張るしかなくて。
頑張って頑張って、それでも駄目だった時はどうなるのかと未来が怖くて仕方なくて。
でもまだ存在が固く信じられている国もある。ならばもしかして、と。
そう思って、今日も集めた文献を手に書庫から部屋に向かっていたのだ。
―――だって信じたくない。万が一にも、いつか僕が姉上を・・・
「父上っ!」
護衛が声をかけるより早く、バンッと勢いよく開いた扉。
執務中だった父エルドリッジや、控えていた侍従たちが驚いて顔を上げる。
「シル? どうした?」
「父上、お話ししたい事があるんです。お時間をいただけませんか」
正妃がおらず、国王エルドリッジが一人で公務執務の全てを担っている。
父が多忙である事は重々承知で、それでもシルヴェスタは話をしたかった。
そうしてエルドリッジが捻り出してくれたのは、就寝前の時間。
12歳、来月には13になるシルヴェスタはとっくに床に就いている時間だ。でも、今日だけは特別として夜の11時過ぎにエルドリッジの部屋に向かった。
「ジュヌヴィエーヌが依頼したという『迷いの森』の魔女の秘薬の事ですが」
その言葉を告げるなり、エルドリッジの眉根はきつく寄る。
「なぜその事を知っている?」
「・・・っ」
固くなった声音に、シルヴェスタは慌てて説明を加える。
「違うのです。ジュヌヴィエーヌを責めるつもりで来たのではありません。惚れ薬を依頼するに至った経緯や使おうとした時の状況についても聞きましたから」
「・・・」
「年が離れていて、しかも4人の子持ちの父上と婚姻するに当たり、関係を円滑にする為にジュヌヴィエーヌは自ら惚れ薬を服用して父上に惚れるつもりだったんですよね?」
「・・・」
「あれ? 違うのですか?」
「・・・違わない。僕のグラスの方の飲み物も念の為に分析させたし、ジュジュのグラスに魔女の惚れ薬が入っていたのも確認済みだから・・・」
「そうですか。よかった、聞いていた通りです」
「・・・」
「あれ?」
ジュヌヴィエーヌを疑っている訳でも、処罰を求めたい訳でもないと言いたかっただけなのに、何故かますます不機嫌になるエルドリッジを見て、シルヴェスタは慌てる。
「・・・はあ、なんでもない。いいよ、話を続けて」
「あ、はい」
色々と父の反応に不可解なところはあるが、今はずっと温めて来た作戦を話す方が先だと思い直したシルヴェスタは、スッと姿勢を正した。
「僕が、ここ2年近く魔術関連の書物を研究していた事は、父上もご存知だと思います」
「うん、そうだね」
「魔女や魔法使いが使う力には、火や水、風などを用いた物理魔法、そして魅了や洗脳などの思いを支配する精神魔法があります。惚れ薬も精神魔法の一種です。僕はそれを、あの物語に対抗する手段として使えないかと考えました」
「・・・」
「突然に空から降ってくるヒロインとやらが、そもそも兄上を狙わなければ済む話ですよね? だったら、最初から適当な相手を見繕って、その人の前でヒロインに魔女の惚れ薬を飲ませれば・・・」
エルドリッジが右手を上げる。シルヴェスタは続く言葉を呑み込んだ。
「なるほどね、それで魔術に関する歴史書を読み漁っていたのか。エチやオスの為に色々と考えてくれた事には感謝するよ・・・ありがとう、シル」
「父上、ではジュヌヴィエーヌから預かった惚れ薬を・・・」
「でもね、シル」
ぱっと明るくなるシルヴェスタの言葉を、エルドリッジは再び遮った。
「魔女の惚れ薬の使用は、正直僕も考えた事はある。だけど万が一それを使うとしても、それは最後の最後、考えた対策を全てやり尽くして、それでも駄目だった時になるだろう。それくらい使う可能性は低いと覚えておきなさい」




