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私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第四章 恋のつぼみ
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春遠し



くるくると手のひらの上で小瓶を転がしながら、エルドリッジは「う~ん」と小さな声で唸る。



「こういうのを使わないで問題を解決出来れば、それが一番なんだけどねえ」



小瓶を目の高さにまで上げて暫く眺めた後、エルドリッジは胸元のポケットにしまい込む。


それはジュヌヴィエーヌが飲もうとした魔女の秘薬が入っていた小瓶、そう、エルドリッジが気づいて取り上げ、元の小瓶に戻したものだ。



それからエルドリッジは執務机に向き直ると、その上に積み上げられた書類を一瞥し、溜め息を吐いた。



「やれやれ、まだまだ考えなきゃいけない事が山積みだっていうのに、仕事が多すぎて参っちゃうよ」


「仕方ないでしょう。王妃の仕事の分もあなたがなさっているのですから」


「うわっ、びっくりした!」



扉が開くと同時に先の台詞を口にしたのは、新たな書類を持って来た宰相ホークスだ。



「いきなり開けるなよ、ホークス。というか、開ける前にノックしろ」


「失礼しました。書類で両手が塞がっていたもので」


「両手が塞がってたんなら、どうやって扉を開けたんだ」


「それは扉前に立っていた護衛が。ちなみに彼は一応、開ける前に声をかけてましたよ」


「・・・そうかよ」



ホークスの手により、ドサ、と新たな書類が机の上に積まれるが、その前に置いてあったものもまだほぼ手付かずだ。


いつも迅速な処理を心掛けているエルドリッジにしては珍しい事態に、ホークスは思案げな目を王に向ける。



「・・・だから言ったではないですか。ジュヌヴィエーヌさまを側妃ではなく正妃として娶れば如何かと」


「はあっ?! 何を言ってるんだ、お前は?!」


「だってそれをお悩みなのでしょう? そんな物憂げな表情をなさって。まあ、王子たちとほぼお年の変わらないご令嬢を嬉々として妻に娶れば周りからの視線が気になるでしょうから、取り繕うのも無理はないですが・・・」


「ちょっと待て。もの凄く待て。お前はさっきから勘違いしている。だいたい、僕がジュヌヴィエーヌを側妃にした理由をお前は知ってるよな?」


「はい。ですが実際にジュヌヴィエーヌさまにお会いして、その美しさにコロッと来たのかと」


「だから勘違いだと言っている。あの子はいずれ解放してやるんだ。いいか、外で変なこと言うなよ?」


「おや、違ったのですか? 先ほどの呟きを聞いて、私はてっきり・・・」



エルドリッジが大きな溜め息を吐くのを見て、ホークスは口を噤む。

彼は押す時は押すが、引く時はちゃんと引くのだ。



「・・・では、何でお悩みで?」


「・・・」



そう問われて、エルドリッジは答えに窮する。


いつかは情報を共有する時が来るのかもしれないが、今のところエルドリッジは、魔女の秘薬について誰にも話す気はない。


偶然に手に入れたこの秘薬の件でちょっと色々と考えてしまった事は、今は内緒にしておきたい。



「・・・今年からオスは学園だろう? 時期が近づいて来たと思って」



取り敢えず一番もっともらしい事を口にしてみた。この件もまた、懸案事項であるのは間違いないから。



「なるほど」



案の定、ホークスは不自然さを感じ取る事なく話題の変換に乗った。



「確か物語の始まりは来年・・・エティエンヌさまが入学する年でしたね」


「ああ、秋頃だっけ。前作と同じパターンだ」


「・・・月日が経つのは早いですね。エティエンヌさまから初めて話をお聞きして、もう5年ですか」


「ああ。ジュヌヴィエーヌの輿入れで、エチも王城に留まる決意が固まったみたいだ。なら親として期待に応えないと」


「・・・結局、どなたも婚約者をお決めにならなかったですからね」



声にこもる残念そうな響きに、エルドリッジはその意味を正しく理解し、視線を向けた。



「お前の息子にも悪いことをしたな」



ホークスは緩く首を左右に振る。



「いえ、ゼンも物語が終わる時まで待つつもりでいる様です。証明したいのだそうですよ、ヒロインに心奪われる事はないと」


「そうか」



エルドリッジは笑った。



「じゃあ、その時は潔く、エチとの婚約を認めてやらないとな」



ホークスは軽く会釈をすると、少し間を置いて再び口を開いた。



「ジュヌヴィエーヌさまにも、予定通り出会いの場を用意されるのですか?」


「・・・ああ」


パラパラと書類をめくりながら、エルドリッジは続ける。



「いきなり大人数と会わせるのも気を使うだろう。小さな茶会などを重ねて、少しずつ顔を広げていけばいいんじゃないかな。ただでさえ恋に臆病な子だ」


「・・・ではその様に」



ホークスがもの問いたげな視線を送っている事には気づいていたが、エルドリッジは敢えて無視し、書類に目を落としたまま頷いた。







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