表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私に必要なのは恋の妙薬  作者: 冬馬亮
第三章 もう一人の悪役令嬢
19/97

側妃となり、義母となり



サラサラとペンの音が走り、一枚の書類が完成した。



整った書体のエルドリッジのサインに並ぶのは、ジュヌヴィエーヌの名前。


ハイゼンとして名を書く最後の機会となったこの書類は、2人の婚姻誓約書だ。



本日、ジュヌヴィエーヌは正式にエルドリッジの側妃となった。



側妃という立場ゆえ、大掛かりな式もお披露目もない。

公務などで民の前に出る事もない。


そして一部の関係者しか知らない事だが、閨もない。



2人がそんな形式上の夫婦である事は、エルドリッジの4人の子のうち、末子のルシアンを除く3人が知っている。



そして知っているが故だろう、エティエンヌの上と下、兄弟2人の反応は少々微妙なものであった。




「俺と一歳しか変わらないのだから、義母とは呼ばないぞ。却って失礼な気がするし」



こう言ったのは第一王子オスニエル。



「オス兄さん。その通りだとは思うけど、だったらなんて呼んだらいいのかな。ジュヌヴィエーヌ嬢とはもう呼べないよ?」



と聞いたのは第二王子シルヴェスタだ。



「あら、オス兄さまもシルも、私の呼び方を真似すればいいじゃない。ジュジュって音が可愛いし、とても呼びやすいのよ?」



これは勿論エティエンヌで、その意見は即行で却下された。



愛称呼びは、お年頃の2人には恥ずかしいらしい。15歳と12歳の多感な少年たちは、顔を赤らめながら、必死で首を左右に振った。



なんだかんだと話し合った結果、ジュヌヴィエーヌと呼び捨てにする事でまとまった。



ちなみにエルドリッジだけは「折角の機会だから」と偶にジュジュ呼びをするつもりでいる様だ。



「あの、お義母さまと、呼んでもいいですか?」



さて、兄たちより少し遅れて挨拶に来たのは、8歳になる末子ルシアン。

可愛らしく首を傾げ、ジュヌヴィエーヌを見上げながらそう聞いた。


正妃アヴェラはルシアンが生まれた一年後に亡くなっている。

だからルシアンは、ようやく「おかあさま」と呼べる存在が出来た事が嬉しくて堪らないのだ。


頬を紅潮させ、もじもじしながらお伺いを立てる様は、とってもとってもと~っても愛らしく、見ている者たちの胸をドキュンとさせた。

それと同時に、罪悪感でツキンともなる。



そう、ルシアンに内緒なのは、彼の年齢を考慮しての事もあるけれど、一番の理由はこのはしゃぎっぷりにあった。


内情を打ち明ける前に大喜びされてしまい、今さら「本当はね」と言い出しづらくなったのだ。



ならば、せめてジュヌヴィエーヌの本当の結婚が決まる日まで、という意見で落ち着いた訳だ。



いつかジュヌヴィエーヌが恋をして下賜の話が持ち上がるとしても、それはまだずっと先の話になる。


少なくとも3年は側妃のままで、とエルドリッジからは言われているのだ。もちろんそれはジュヌヴィエーヌの事情によるもの。



『マル花』からの単純計算になるが、ファビアンがジュヌヴィエーヌを側妃に召し上げるのが、マリアンヌの王太子妃教育に失敗する2年後。


マルセリオが横槍を入れやすくなる時期は避けたい、という事で、余裕を持たせて最低3年とした。


さて、3年後ならルシアンは11歳。

今よりは裏の事情を理解する余裕も出来るだろう、というのがエルドリッジの希望的見解だった。



『それまでは、申し訳ないけれど、ルシアンの母・・・いや、姉のつもりであの子と接してやってはくれないか?』



そう頭を下げられ、こちらこそ助けられた身なのに謝られるなんてとんでもない、とジュヌヴィエーヌは恐縮しつつ了承した。





そういう理由で何も知らないルシアンは、期待をはらんだ目でジュヌヴィエーヌを見上げ、彼女からの返事を待っていた。


ジュヌヴィエーヌは、マルセリオでの王太子妃教育で身につけた慈愛の微笑みを浮かべ、ルシアンに手を差し出した。



「もちろんですわ。よろしくお願いしますね、ルシアンさま」


「っ、お、お義母さま。ぼくの事はただルシアンと呼んでください。親子なのですから」


「まあ、そ、そうでしたね。では、ルシアン」


「はいっ」



ルシアンから真っ直ぐに向けられる好意に、思わずジュヌヴィエーヌも照れてしまう。


2人兄妹のジュヌヴィエーヌは、実はずっと弟か妹が欲しかったのだ。



「あの、お義母さま。ぼく、お庭を案内します。一緒にお散歩しませんか?」



ルシアンは差し出された手を握り返し、輝く笑顔で早速の母子の団欒を提案した。


もちろんジュヌヴィエーヌに否やはない。



「私、お花は大好きなの。嬉しいわ、ルシアン」


「は、はいっ。あの、こちらです」



2人は手を繋いだまま、仲の良い姉弟さながら、庭へと繋がる回廊を歩いて行く。



「・・・」


「・・・」



この時、ジュヌヴィエーヌの微笑みに思わず頬を染めたのは、実はルシアンだけでなく。



「あらまあ、これはお父さまも、いつまでも余裕の顔をしてはいられないわね」



そんな兄弟3人の様子を、エティエンヌはひとり、面白そうに眺めていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ