ごめん、僕が悪かった
「うん・・・あれ? いないな、まだ来てないのかな?」
エルドリッジは私室の扉を開け、室内に誰もいないのを見て首を傾げる。
バーソロミュー・ハイゼンが帰国の途につき、いよいよジュヌヴィエーヌ・ハイゼンをアデラハイム国王エルドリッジの側妃に迎える日を明日に控えた今、事情を説明しておこうと彼女を部屋に呼び出した筈だったのだが。
「・・・まあいいか、そのうち来るだろうし。さすがに湯浴みは無理だけど、着替えくらいなら・・・」
ジュヌヴィエーヌが来ていると思って、人払いをしてあった。だからいつもなら着替えを手伝ってくれる従者はここにいない。
エルドリッジは堅苦しい執務用の衣服に手をやり、まずクラヴァットを緩め、上着の釦を外していく。
取り敢えずそれらは寝室に放っておこうと思い、脱いだ上着とクラヴァットを手に、続き部屋の、つまり寝室への扉を開け―――
「・・・」
再び閉める。
「・・・うん? あれ? おかしいな。なんだか色っぽい夜衣を着たジュヌヴィエーヌ嬢がベッドに座ってる幻が見えた気が・・・」
エルドリッジは再び、やけにゆっくりと時間をかけながら扉を開け、恐る恐る中を覗き見る。
「・・・」
そして再び扉を閉めた。
「・・・なに? どういうこと? 実は欲求不満だった僕は、こんな不埒な幻を見ちゃうくらいに溜まりまくっていたとか、そういうの?」
額に手を当てそんな事を呟いてみるも、実のところそんな筈はないと、エルドリッジも分かっている。
そう、幻ではない。
いかにも『初夜』な夜衣を着せられた本物のジュヌヴィエーヌが、所在なさげにベッドの端に腰掛け、俯いている。
そして、すぐ近くのサイドテーブルの上には、蓋の開いた飲み物の瓶と、中身の入ったグラスが二つ。
ベッドの片隅には彼女が着ていたらしいガウンが置かれていて、周辺には赤い薔薇の花びらが振り撒かれている。
間違いない。エルドリッジの呼び出しを、一日早い初夜と勘違いした侍女たちが、お膳立てしたのだ。
「もう。男やもめになんという試練を与えるんだ。うちの侍女たちは」
あんな可愛らしい娘に、あんな色っぽい夜衣を着せ、寝室で待ち伏せさせるとは。
「・・・落ち着け。目的を思い出せ、エルドリッジ」
深呼吸をしながら、エルドリッジは己の理性に語りかける。
そう、ここで男の本能に負けてしまったら、全てが水の泡となる。
『私が盾になるよ』などと子どもたちの前で格好つけた過去の自分が偽りと化してしまうのだ。
「どんな苦行だよ、僕はこれでも王さまなんだよ?」
最後に一つ、大きな溜息を吐き、エルドリッジは勢いよく扉を開ける。
そしてツカツカとジュヌヴィエーヌに近寄り、持っていた上着をそっと羽織らせた。
「・・・? エルドリッジ、さま・・・?」
「うん。まあ、ごめんね、僕が悪かったよ。エチも関わる話だったから、君がここに来るまで何も事情を話せなかったものね。早い時間帯にして配慮を示したつもりだったけど、僕から呼び出されて閨を連想されるのも無理はないし」
「・・・あの?」
おずおずと不安そうなジュヌヴィエーヌに下から見上げられ、エルドリッジはまた一つ、溜息を吐く。
「事情を説明しよう。だから取り敢えず・・・僕が渡した上着の釦を全部、とめてはくれないか?」
目のやり場に困るんだ、と続ければ、ジュヌヴィエーヌは真っ赤な顔で慌てて釦に手をかけた。