隣のお部屋の謎
「やはりここにいたか、エチ」
ジュヌヴィエーヌの問いを受け、更にエティエンヌが勢いづいて説明を続けようと口を開いた時。
軽いノックと共に扉が開かれ、呆れた様な声がした。
驚いて振り向けば、先ほど謁見の間で紹介された王子が立っている。
エティエンヌの兄、つまり第一王子のオスニエルだ。
「第一王子殿下」
「ジュヌヴィエーヌ嬢、妹が申し訳ない」
慌てて立ち上がろうとしたジュヌヴィエーヌを止めたオスニエルは、するりと部屋に入ると、興奮状態の妹の頭をコンと軽く小突いた。
「エチはどうやら、君が大好きらしくてね。漸く会えると、昨夜からずっと興奮して大変だったんだ」
「もう、オス兄さまったら、頭をぶつなんて痛いではないですか!」
「痛い訳があるか、軽くつついただけだぞ」
オスニエルは、2人の遣り取りに目を丸くするジュヌヴィエーヌを見て苦笑しながらも話を続ける。
「お前が部屋に戻っていないと聞いてな、まさかと思ってここに見に来たんだが・・・父上のお言葉を忘れたか? ジュヌヴィエーヌ嬢は長旅でお疲れだ。夕食の時間まで休ませてやらねば駄目ではないか」
「ええ~、でも私、ジュジュさまに状況を説明して差し上げているところでしたのよ?」
「例の『小説』の話だろう? まったく・・・ジュヌヴィエーヌ嬢と会ったばかりだというのに、猫かぶりをやめるのが早すぎだ。その件については、後で父上がきちんと話をすると言われていただろう。まさか、それも忘れたか?」
「もちろん覚えてますわ。でも、先に少しだけ・・・」
「エチ?」
「・・・はぁい、分かりました。大人しく部屋に戻ります」
多少不満そうではあるものの、兄の言う事を聞く事にしたらしいエティエンヌは、「でまた後ほど」と言って立ち上がった。
「あ、そうだわ。ジュジュさま」
扉近くまで進んでから、エティエンヌはくるりと振り向いた。
「ジュジュさまと私、お部屋が隣同士なのです。この城の生活で何か分からない事があったら、いつでも聞きにいらしてね」
「え?」
驚くジュヌヴィエーヌを見て、エティエンヌはくすりと笑い、そのまま軽やかな足取りで出て行った。
そんな自由な妹の後ろ姿を見送っていたオスニエルは、やれやれと肩を竦め、今度はジュヌヴィエーヌに向き直る。
「では、ジュヌヴィエーヌ嬢。時間になったらメイドに呼びに来させよう。それまでは、ゆっくりしてくれたまえ」
「は、はい」
この時。
礼儀を重んじるいつものジュヌヴィエーヌなら、オスニエルへの挨拶を忘れたりはしなかっただろう。
いや、挨拶どころではない、立ち上がる事さえ思いもしないなんて、普段ならば到底あり得なかった。
一度に与えられた情報が多すぎて頭の中が混乱していたというのも勿論あるだろう、けれど最後に付け加えられた情報に呆けてしまった。
「私の部屋が、エティエンヌさまのお隣・・・?」
公爵令嬢としてのこれまでの感覚が抜けておらず、何も思わずに与えられた部屋を喜んでいたが、よくよく考えればおかしな事だ。
側妃とは普通、後宮もしくは離れで生活するもの。
表に出る正妃と違い、一歩下がって陰ながら国王に仕え、支えるべき立場、それが側妃だ。
なのに、どうして当然の様に直系王族と同じ居住スペースに、しかも義娘となる第一王女のすぐ隣に部屋が当てがわれるのか。
「後で後宮に移動する・・・とかかしら?」
しかし、どう見ても仮の住まいとは思えない、ジュヌヴィエーヌの好みに完璧に合わせた内装の部屋に答えを見た気がして、ジュヌヴィエーヌの混乱は更に深まった。




