夜のぬいぐるみ先生
「先生。この子、破れてきちゃって」
「はいはい」
ここは暗い山奥の、夜間専門ぬいぐるみ病院。
1階建ての病院には、ぬいぐるみ専門医の僕しかいない。
待合室の椅子も1個だけ。
今日も僕の診察室に、ぬいぐるみと持ち主がやってきた。
持ち主は10代くらいの女の子。
黒い前髪がちょっと長い。
顔はちょっと肌荒れしてて、ひっかき傷もある。
声は小さくておとなしそうだ。
患者さんのぬいぐるみは、大きいくまのぬいぐるみ。
身長は1メートル弱、ウエストは115センチだ。
おすもうさんみたいな、ぱんぱんのお腹だなあ。
触ってみたら、ガチガチに固い。
「食べすぎかなあ」
持ち主さんがつぶやいた。
「食べさせすぎですよ。よいしょっと」
僕は救急箱から、たちバサミを出した。
ぬいぐるみのお医者さんには、さいほう箱が欠かせない。中には糸切りバサミと針、いろんな色の糸もある。
「はーい、おなかキレイにしますね」
ゴロッ、ガタッ、バキッ。
患者さんのおなかを開けると、綿じゃなくて骨がでてきた。いるんだよなー、こういう「オバケぬいぐるみ」。
オバケぬいぐるみは持ち主のことをなんでも聞いて、言われたものをおなかに入れちゃう。この子は何を入れたんだろ?
「いったい何人入れたんですか?」
そう聞くと、持ち主さんは指を折った。
「クラスのいじめっ子と、連帯責任ばっか言う先生と、怒鳴り散らすお父さんと、部活の嫌な先輩と、近所のうるさい暴走族と、電車にいつもいる痴漢と、えっとそれから」
うーん、長くなりそうだなあ。
「誰かは言わなくていいですよ。10人超えてる感じですか?」
「超えてますねー」
どうりでガイコツが多いわけだ。かき出してもかき出しても、いっぱい骨が出てくるなあ。
「一気に10人はやりすぎですね。この子も苦しくなっちゃいますよ。僕はおまわりさんじゃないから、人殺しは止めませんけど」
僕もオバケぬいぐるみを使ったことがある。
小さいころ、ぬいぐるみを捨てた両親を食べてもらった。その子はボロボロになっちゃったけど、ぬいぐるみは今でも大好きだ。
「次からは5人いったら、ちゃんと病院で出してください」
「はーい」
綿を詰めながら言うと、持ち主さんは素直に答えた。
いい持ち主さんだ。
「ところで、帰りは大丈夫?」
「え」
「子供をひとりで返すのは、心配です。一応タクシー呼びますよ。タクシー代は僕が出すので」
「そんな」
「気にしないでください」
僕だって良心はある。わざわざ深夜に来てくれた子を、危ない目には遭わせたくない。
「無事に帰ってまた来てくれなきゃ、病院代が稼げないでしょ」
「あははは」
持ち主さんが小さい声で笑う。
ちょっとなごんだところで、僕はあの話をした。
「最近は『ヒトグルミ』もいるので、気をつけてくださいね」
「ヒトグルミ?」
僕は続けた。
「人間になりすます、ぬいぐるみです。人みたいなぬいぐるみってことで『ヒトグルミ』」
僕は患者さんに綿を詰めた。
やっぱり、ぬいぐるみはふわふわじゃないと。
「本体は綿なんですけどね。人間のはらわたを抜き取って、中に入っちゃうんですよ」
僕も現場を見たことがある。
ヒトグルミが去ったあとには、はらわただけが残ってた。
警察も大騒ぎで捜査してたな。
「きれいに皮をかぶるから、周りは誰も気づかない」
「着ぐるみみたいな感じですね」
よし、もうすぐ患者さんが縫い終わるぞ。
「そうそう。持ち主さんも気をつけて」
ふと持ち主さんを見たら、あかぎれの手が震えていた。怖がらせすぎちゃったかな。
「まあ、めったに出ませんよ!患者さんの方もできました」
にっこり笑うと、持ち主さんは顔を上げた。
そういえばこの子、肌荒れがひどいな。
「よかったら使ってください。市販の保湿剤ですけど。僕も肌荒れしやすくて」
持ち主さんは目を伏せた。
「いいです。効かなかったので」
「失礼しました」
「肌にしみてこないんですよ。私に効くのは、人間の新鮮な皮だけ」
持ち主さんの顔の傷が、じわじわ開いていった。
そこからは、綿がめりめりはみ出している。
まさか!
「気をつけるのはお前だよ!」
「ぎゃあああああああああ!」
朝が来た。病院を閉めて、ニュースでも見よう。
私はヒトグルミ。
最近は皮がぼろくなってきて、困っていた。
いい皮が手に入って、助かったよ。
「あ、ゴミ捨てないと」
私は床のちぎれた綿を、ゴミ箱に捨てた。
……医者までヒトグルミだったとはな。
人間だと思ってたから驚いた。
はらわたより捨てるのが楽で、助かったけど。
古い皮は燃やしたし、大丈夫だろう。
しばらくはぬいぐるみ医者のフリをしなきゃ。
カルテ見るか。
えーっと、まずは「あ行」、「足立誠」から。
「次のニュースです。足立誠さん(22歳)の捜索が続いており」
テレビを見たら、私と同じ顔がある。
そうか、そういうことか。
前のヒトグルミは、ぬいぐるみの持ち主の皮を使った。
敵ながら面白いアイデアだ。
患者を信頼させ、油断させて体を奪ったんだな。
だが、やつは一人だった。私には
「あー、黙ってんの疲れた! 腹減ったぞ! 人間よこせ!」
「さっき綿入れたばっかでしょ」
相棒の、しゃべるオバケぬいぐるみがいる。
二人がいれば、次の皮も余裕でつかまえられるな。
「よいしょっと。とりあえず、まずは寝よっか!」
「そうだなあ。疲れたし」
私はオバケぬいぐるみを抱っこして、ベッドに飛び込んだ。しっかり休もう。
夜になったら
「ぬいぐるみの先生」をやらないと。