書庫の精霊
少女は一人、真っ白な空間がどこまでも続く世界で本に読み耽っている。少女を中心におびただしい量の本が円を描くように浮いている。表紙は革製で色は黒、白い文字で題名が刻まれている。
少女はあらゆるものに飢えている。それは本を読めば読むほど加速度的に増していく。少女が体感することができるのは紙と革の感触、膨大な物語。その感触も、得た知識も、芽生えた感情でさえ、本物だという確信を持てない。それでも少女には希望がある。
少女は本の中で活躍する主人公に思いを馳せる。そこには捨て猫を拾った少女がいた。家族のために剣を取った少年がいた。食糧難を回避した農家がいた。森を再生した学者がいた。疫病を収束させた医者がいた。貧困にあえぐものを救い上げた聖職者がいた。発見した財宝を寄付した冒険家がいた。一国を救った騎士がいた。挙げればきりがなく、それらすべては少女にとって、英雄だった。
少女が本を読み進める手は止まらない。それでも少女が読み終わるよりも早く、少女の周りには新しい本が出現する。それはまるで少女を急かしているかのようだ。食欲も性欲も睡眠欲も感じない少女にとって、手を止める理由などない。そこに希望を見出す限り少女は止まることなく読み進める。小さな希望にすがり、思考を停止した少女はただ救いを待っている。
「次はきっと、私のはずだ。」