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9.妖精さんの香水屋さん

そして今日もまた、爽やかな夏の朝。


「ねえ、ママン、ジェルバちゃんたら、ひどいでしょう?

 昨日なんて、シチューにも、ミートソースにも、あれ、入ってたんだよ?

 オレ、ママンのこのオムレツがなかったら、飢え死にしちゃうよ。」


「あらあら、ごめんなさいね。

 お腹がすいたら、いつでもうちにいらっしゃいな。」


「うんっ。」


にっこり満面の笑みでオムレツを掬っているのは例のごとくの妖精さん。

あれから数日経つけど、やつは毎朝うちにやってきては、当然のように朝食を食べている。

だんだんこいつがうちのダイニングにいることに違和感を感じなくなってきているのは、ヤバいような気もする。


「・・・よく言うよ。

 昨日はおかわりして三杯完食したくせに。」


この妖精さん、見た目の割にはよく食べる。

あの小さいからだの中身は全部食べ物が詰まっているんじゃないだろうかと思うくらい。


森には毎日、素材探しに行っている。

あれから、ナイトシェードも熊の爪の垢も無事にたっぷり採集した。

リクオルの小屋はそのついでに寄るのにちょうどよくて、寄ると、ついでにご飯を作って食べる。

そしたら、リクオルも、暇だからと素材探しについてくる。

なので、結局、あれから毎日、なんだかんだでリクオルとずっと一緒だ。


「ジェルバちゃんのご飯は、美味しいのは美味しいんだよね・・・

 あれ、さえ入ってなければ。」


伝説のミッドナイトシェードは、いまや、あれ、呼ばわりだった。


「でもさ、せっかくのジェルバちゃんの手料理だからさ、残すのももったいないし。

 あれ、だけは絶対に食べないけど、あれ、だけ避けて、オレ、ちゃんと食べてるんだ。」


「まあ、そうなの?」


「うん。

 オレ、前は、あれがちょっとでも入ってたら、全部食べられなかったんだけど、今は、入ってても、あれだけ避ければ食べられるようになったんだよ?」


「まあ、偉いわ、リクオル。大人になったのね?」


どこが大人だどこが。

相変わらず好き嫌いしてるのに。

お皿の横に積み上げられたなすびがもったいなくて、結局、わたしが全部食べてるのに。


「でしょでしょ?

 オレ、偉いよね?

 ママン、もっとほめてほめて~」


だから、この人はあんたの母親じゃないって、何度言えば・・・


うちの母さんは、昔っからリクオルを甘やかしすぎる。

あの森の小屋に一人暮らしなのがかわいそうだと言って、しょっちゅう、うちでご飯を食べさせたり、いろいろと面倒をみたり。

実はリクオルの外面に一番騙されているのは、うちの母親なんじゃなかろうか。

母さんは目を細めてリクオルを眺めた。


「リクオルは、本当に、うちのジェルバと仲良しなのね?」


リクオルは、きらーん、という擬音の聞こえそうなウィンクをした。


「うまくやっていくコツはさ、片目を閉じておくことだ、ってよく言うじゃない?

 オレさ、この先もずーーーっとジェルバちゃんとうまくやっていきたい、からさ。」


なんでそこで頬を赤らめて俯く?


「かけがえのない人だってもう分かってるから。

 多少のことは、目を瞑らないとね。」


多少のことに目を瞑ってやってるのは、わたしのほうだと思うんだけど。


「ねえ、リクオル、あんた、いつ、王都に帰るの?」


ミッドナイトシェードは、何というか、リクオルの友だちの悪戯っぽかったし、だとしたら、もうここにリクオルの残る理由はないだろう。

魔法学校はあと二年残ってるんだし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか。

というか、はよ、帰れ。

ずっとリクオルがいると、どうにも毎日、ペースを乱されっぱなしだ。

用が済んだんなら、さっさと、とっとと、帰ってほしい。是非とも。


「うん?

 もう、オレ、帰ってきたんだよ?」


「そう、もうすぐ・・・って、ええっ?!」


もうオレ、を、もうすぐ、と都合よく聞き間違いしかけて、はっと気づいた。

もう、帰ってきた?もう帰ってきた、って言いました、今?


「帰ってきた?って、どこに?」


「ここにに決まってるでしょう?

 ここじゃなかったら、どこに帰るの?」


リクオルはおかしそうにけたけたと笑った。

いやいや、わたしは笑ってる場合じゃない。


「なんで?学校は?」


「おしまい。」


「おしまいって、なに?

 ついて行けなくて、諦めたの?」


「人聞きの悪いことを言うなあ。

 卒業したんだよ、とっくに。」


ええっ、と目を剥くわたしに、リクオルは、へへっ、とちょっと得意げに胸を張ってみせた。


「ジェルバちゃんも、この間、見たでしょう?

 サモン系の魔法ってのは、妖精魔法の秘奥義だよ。

 秘奥義習得したら、卒業できんの。」


「ええっ?!」


びっくりを三割と残念を七割込めてわたしはため息をついた。


「なんで?

 せっかく四年も行けるんだから、もっとゆっくりしてくりゃいいのに。」


「なんで用もないのにあんなとこに四年もいなきゃいけないんだ。」


ぷぅ、とリクオルは頬をふくらませて見せる。

これが二年飛び級して魔法学校を卒業した妖精さんだとは・・・


「これ以上、あそこに残っててもやることないし。

 だから、帰ってきたんだ。」


「ええーーー、せっかくの魔法学校生ってステータスじゃない。

 女の子にだって、モテるんでしょう?」


「魔法学校生じゃなくったって、オレ、モテるもん。」


・・・そうだった。

この破壊的可愛さで、リクオルはモテる。とにかく、モテる。

本性を知れば、かなりの確率で引かれるんじゃないかとは思うけど。

残念ながら、本性を知られるほどに親しくなった女の子を見たことはない。


「そうだ!仕事は?

 魔法学校卒業したら、王宮のお抱え魔術士とかにもなれるんでしょう?」


他にも、貴族さまのお抱え魔術士、とかの道もあるって聞いた。

魔術学校の先生になる、という道もある。

とにかく、王都の魔法学校を卒業した魔術士となれば、それこそ、世間からは引く手あまただ。


「そういう仕事に就けば、それこそ、リクオルの大好きな金貨もがっぽがっぽともらえるでしょう?」


だから、王都に帰ったほうがいいよ、と言外に込めて見つめたら、リクオルは、にこぉ、っと無垢な笑顔を返しやがった。


「心配いらないよ。

 オレは妖精堂で金貨、がっぽがっぽ、稼ぐから。」


「妖精堂?

 あんた、それ、まだやる気だったの?」


惚れ薬の計画は見事に砕け散った。

だからもう、その話はなしになったと、勝手に安心していた。


「もちろん!

 オレは、そのために帰ってきたんだよ?」


「ええっ?!

 そんなの、聞いてない!」


「大人になってもずっと一緒にやっていこう、って約束したでしょう?

 だからオレ、ジェルバちゃんとオレとだったら何がいいかなって、一所懸命考えて、それで、これならいいかな、って。」


そこで、リクオルは何かちょっと思いついたような顔をして言った。


「もしかして、妖精堂、って名前が、気に入らなかった?

 ごめん。なんか、可愛い香水屋のイメージが出たらいいかな、って思ったんだけど。

 名前、嫌なら変えたらいいよ。

 別にまだ始めちゃったわけじゃないんだし。」


いやいや、そういう問題じゃないのよ。


「そうじゃなくてさ、そもそも、なんであんたとわたしが一緒にやっていく、って決定してんの?」


「ええっ?ちゃんと約束したじゃないか。

 オレが王都に行く日の朝にさ。

 オレのこと、ずっとここで待っててくれる、って。

 帰ってきたら、ずっと一緒に仲良く暮らそう、って。

 だから、オレ、ジェルバちゃんのこと、なるべく待たせないように、頑張って早く帰ってきたんだよ?」


「ええっ?

 ・・・そんなこと、言ったっけ・・・?」


急に自信がなくなったのは、言ったかもしれない、とちょっと思ったからだった。


そういやあ、言ったかも。待ってる、って。

王都に旅立つって日の朝、リクオルってば、いつまでもぐずぐず言って、なかなか出発しようとしないから。

行きたくないってだだこねて、椅子の足にしがみついて泣くから。

慣れないところにひとり行くのは不安なのかな、って、いらない仏心、出しちゃ、った、かも・・・


「けど、ずっと仲良く一緒に暮らそう、とは言ってない。」


うん。それは間違いない。いくら一時しのぎの慰めでも、そんな、心のなかにこれぽっちも思ってないことは、流石に言わない。どさくさに紛れて、そこまで既成事実にされても困る。


「ちぇ。」


リクオルはわざとらしい舌打ちをした。


「そこは、覚えてんの?

 肝心なこと、忘れてるくせに。」


「肝心なことって、何よ?」


「オレのこと、待ってる、ってこと。」


「待って・・・は・・・」


「分かった!ジェルバちゃん、照れてるんだね?

 心配しなくても、ママンだってもう公認だよ。」


ええ、と母さんはにっこり頷く。

ちょっと、待って。

いつから母さん、そっちの味方になったの?


「大きくなったらふたりで一緒にお店をやろうね、って指切りげんまんしたよね?

 固い固い約束したよね?」


いくつのときの話しよ、それ?


「妖精さんって、嘘つかれると、怒るんだよ?

 妖精さんが怒ると、ちょっと、手に負えないよ?」


「それ、自分で言う?」


「警告しておいてあげようと思って。念のため。」


うふふふふ、と笑う笑顔は、妖精さんと言うより、妖怪さんだ。

そして、確かに、妖怪さんは、怒らせると厄介そう、だった。


何を思ったか、リクオルは突然、懐から小瓶を一本取り出した。


「そうそう。

 オレの実力も見てもらわないと、だよね?

 これ、ちょっと、匂いを嗅いでみて?」


リクオルから受け取った小瓶の蓋を取った途端に、わたしは、小さくため息をついてしまった。


なんだろう・・・そう・・・この香りだ。ずっと探してたのは。

甘くて優しいのに、すごくさりげなくて。

ふ、と何か懐かしいものが、一瞬だけ、脳裏を過る、そんな感覚を呼び覚ます。


「この香りは・・・」


「ローズのお店のために作ってあった香水に、ちょっとだけ妖精の魔法を足したんだよ。

 なかなか、いいでしょ?」


自信たっぷりに言われると、びみょー、に腹立つけど、でも、それはリクオルの言う通りだった。


こんな香りのするお店だったら、きっと、何時間でも長居をしたくなる。

そして、また、何度も、来たくなる。


「ど?

 採用したくなった?」


ならないわけないよね、ってその目は暗に言っている。

わたしは最後の抵抗を試みた。


「妖精堂、って、リクオルのお店でしょ?

 じゃあさ、わたしがリクオルの注文を聞いてその通りの香水を作るってのはどう?」


妖精を前面に押し出している時点で、メインはリクオルなんだし。

リクオルは、小さく首を振る。


「違う。妖精堂は、オレたちふたりのお店だよ?

 ジェルバちゃんの調香した香水に、オレがちょっとだけ魔法をかける。

 そうやって、この世にふたつとない香水を生み出すんだ。」


この世にふたつとない香水。

確かに、リクオルとだったら、それも叶うかもしれない。


「誰かをほんのちょっと幸せにする。

 本来、妖精の魔法ってのは、そういうものなんだ。

 だからさ、ジェルバちゃんと作る香水にぴったりなんだよ。」


リクオルは強力な売り込みにかかった。


「ジェルバちゃんだって、誰かをほんのちょっと幸せにしたくて、香水、作ってるんでしょう?」


「・・・それは・・・そうだけど・・・」


確かに、それは調香師を目指したときのわたしの目標だ。

それを言われると、わたしは黙るしかなかった。


「なら、オレの魔法は、ぴったりだよ。

 オレたちはどっちもお互いのためにいるようなもんなんだよ。

 だからさ、一緒にやろうよ?」


・・・うーん。

小さいころ、しつこく遊びに誘ってきたリクオルの姿がフラッシュバックする。

うん。変わってないなあ、リクオル。

そして、わたしはいっつも、この強引な誘いに負けてしまうんだ。

それも、変わってないなあ。


「リクオルは、それでいいの?」


せっかくの王都の魔法学校出、なんだ。

望めば、王宮のお姫さま付きだって、叶うかもしれない。

そうだ、何と言っても、リクオルは可愛い妖精さんなんだし。


「オレは、そのために、魔法を習いに行ったの。」


リクオルはけろっとしてそう言い切った。


「ただの香水屋だったら、そこまで儲からないからね。

 こんな片田舎に、わざわざオレの香水を求めて、王都のお貴族さまたちが行列をする。

 オレの目指すのはそういう店だから。」


「・・・?!」


わたしは目を丸くした。

それはまた、大きい、というか、無謀すぎる、夢だね?


「そうして、ゆくゆくは、この両手に、金貨の山をがっぽがっぽ・・・」


やっぱり、そこへ落ち着くわけね?


わたしはため息と苦笑とを同時に零してから、頷いた。


仕方ない。

なんの呪いなのか分からないけど。

妖怪ってのは、憑りつかれちゃったら、もう逃げられないのかも。


けど、この幼馴染の妖怪は、不思議と、一番気のおけない親友、だったりも、するんだよね。


まあ、まだ、先は長いんだし。

しばらく、この妖怪につきあって、やるかな。


これが、妖精堂香水店のはじまりのはじまりの物語。



今回、初めての投稿で、何をどこに書いてよいのかも分からず、とりあえずは投稿できてばんざい、という感じでした。

このように拙いものを読んでくださって、本当に有難うございます。心からお礼申し上げます。

今日もあなたに小さな幸せが訪れますように。

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