8.妖精さんと美味しいスープ
リクオルの小屋に着いた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「晩御飯は、ナイトシェードのスープにするかな。」
勝手知ったるリクオルの家。遅くなってしまったことだし、ここでご飯食べて帰ろう。
昼間、どーっさり収穫してきたナイトシェードを、わたしは手提げ袋から取り出そうとして、そこで、首を傾げた。
「あれ?」
「どうしたの?」
リクオルも近づいてきて、横から手提げ袋を覗き込む。
「いや、おかしいな・・・昼間は確かに、よく熟れた真っ赤なナイトシェードだったはずなんだけど・・・」
手提げ袋から取り出した実を見て、リクオルはいきなり、かたかた、と震えだした。
「っ!・・・それ、って・・・」
「妙だよね?こんなの、採った覚え、ないんだけど。」
光にかざしてよく見てみる。
真っ赤な実は、何故か、つやつやした紫色に変わっていた。
「見間違えたのかな・・・」
とりあえず、それを放り出して、ごそごそと袋を漁ってみる。
けど、出るやつ出るやつ、みぃんな、つやっつやでぷりっぷりの紫色だった。
「ジェルバちゃん!」
突然、リクオルが叫び出して、わたしはびっくりして振り返った。
リクオルは紫色の実を光にかざして、半泣きになって言った。
「っこれっ!これだよっ!ミッドナイトシェード。」
「え?」
「なんで変わったんだろう?」
リクオルは大事そうに紫色の身を両手でかかえるようにして、くるくると飛び回る。
嬉しくて仕方ないみたいだった。
「これ、確かに、採ったときには、赤い実、だったよね?」
「だよね。わたしだってそこは間違えるはずないし。」
思い当たる節があるとすれば、それは、あれだ。
やっぱり、あのときのあの、リクオルの不思議な光だろう。
「・・・フェアリーの奇跡・・・?」
そう口にした途端に、リクオルは、くるくる飛ぶのをぴたりと止めて、こっちをじっと見た。
「・・・やっぱり、そうかな・・・?」
「あれ、リクオルの魔法じゃないの?」
その問いにリクオルは、ううん、と首を振った。
「あれは、狙って出したものじゃないんだ。
話しには聞いたことあったけど、実際に発動したのはオレも初めてだよ。
なんか、勝手に出ちゃった、っていうか・・・
そもそも、どうやって出すのかも分かんないし。
魔法、というのとはちょっと違うんだよね。」
「魔法じゃないの?」
「魔力は使わないから、魔法、じゃないと思う。
・・・実はオレもよく知らないんだ。
そういうものの話しは聞いたことはあったけど。
ずっと、おとぎ話の世界のことだと思ってたから。」
「うん。わたしも、おとぎ話だと思ってた。」
「でも、確かに、ジェルバちゃんの傷も治ってたし。
くまさんの怪我とかも治したんだとしたら、やっぱり、奇跡、に近いかも・・・
それに、なにより!
すごいじゃないか、普通のナイトシェードを、ミッドナイトシェードに変えてしまったんだよ?
これを奇跡と呼ばずして、なにを奇跡と呼ぶの?」
「いや、あのさ・・・」
「素晴らしいじゃないか!
この袋、二つともぜんぶ、見事なミッドナイトシェードだ。
これだけあったら、惚れ薬もたっぷり作れるよ!
うふ、うふふふふ・・・
そしたら、金貨も、がっぽがっぽ・・・
儲け放題!」
「なんだ、友だちのためじゃなかったの?」
「もちろん、一本目は友だちのためだよ?
けどさ、こーんなにいっぱいあるのに、一本しかできないなんてことはないでしょ?
折角たくさん作るんだったら、いろいろとさ、困ってる人たちのためにさ、売ってあげないと、でしょう?
これも、世の迷える子羊ちゃんたちのためだよ?
うひ、うひひひひ・・・」
リクオルはなにやらおかしな妄想の世界に入ってしまったようで、うっとりしたような様子で妙な笑い声を立て始めた。
迷える子羊ちゃんたちのために役に立とうとしているようには、ちょっと、見えない。
「・・・・・・喜んでるところ、なんなんだけどさ?」
「うひ、うひひひひ・・・」
「本当に、これがミッドナイトシェードなの?」
「そうだよ!
このつやつやとした色もぷりぷりとした手触りも、間違いない。
これこそが、ミッドナイトシェード・・・」
うっとりと頬ずりをして、へたのところの棘を突き刺して、あいたっ、と言っている。
うん。その棘、痛いんだよね。
「本当に、これ、惚れ薬になるの?」
「なるんだよ!
すごいでしょう?
秘術中の秘術なんだって。
ほら、これ、見て?」
リクオルはそう言ってポケットから小さく折りたたんだ紙を大事そうに取り出した。
「あ、魔法文字は読めないっか・・・
まあ、いいや、ここに、ほら、ちゃんとミッドナイトシェードの絵が描いてあるでしょう?」
リクオルの指さしたところには、確かに、そっくり同じ絵が描いてある。
「この紙、どうしたの?」
「それがね?
学園祭の宝探しで当たったんだ。
一等賞なんだよ?」
ふふん、すごいでしょう?と胸を張って見せるのが、小さいころのリクオルそのまんまで、思わず笑ってしまった。
ふと、もうずっと昔、お祭りで、願い事の叶う指輪、ってのを手に入れたって、嬉しそうにしてたことを思い出す。
この指輪、ジェルバちゃんにあげる、って、すっごく真剣な顔をしてくれたんだけど。
バカだな、そんなのインチキに決まってるでしょ、なんてうっかり言ってしまったもんだから・・・その後が大変だった。
思えば、わたしも子どもだったもんだ。
うんうん。リクオルは妖精さんだから、疑うことなんか知らない綺麗な心をしているんだね。
うん?心の綺麗な妖精さんは、両手をわきわきしつつ、金貨がっぽがっぽ、なんて言わないか?
「・・・ねえ、リクオル・・・」
「なあに?ジェルバちゃん?」
「その惚れ薬、さ・・・本当に効くのかな?」
「???
心配しなくても、ジェルバちゃんにはこんな薬、使ったりしないって。」
「いやさ。」
「諦めなければ叶うって、オレも本当は信じてる。」
「いや、この、ミッドナイトシェード、ってさ。」
「うん。それにしても、綺麗な色だよね?つやっつやでさ。
おまけにこの手触り。ぷりぷりしてて、不思議だよね。
この棘のあるところだって、神秘的だと思わない?
気安く触れちゃいけないみたいでさ。」
「・・・・・・」
いや、まったく、すっかり、聞いてない。
「これだけあったら、オレたち、億万長者になれるよ!
やっほぅ!ぶらぼっ!やったあああ!!!」
ばんざいして、くるん、ととんぼみたいに宙返り。
あらら・・・
もうこれ以上喜んでいるのを見てしまったらますます言えなくなると思って、わたしは思い切って言った。
「これは、エッグブラント。別名、なすび!
これなら森の中探し回らなくったって、うちの裏の畑に山ほどなってる。」
「ふへ?」
空中でさかさまになったまま、ぴたり、と止まったリクオルは、そのまま床に落ちてきた。
わたしはあわててそれを受けるように手を差し出した。
手の中に落ちてきたリクオルは、きょとんと見開いた眼で、わたしの顔をじっと見つめていた。
「・・・なす、び・・・?」
「そうだよ。
あんたの小さいころから食べられなかったなすび。」
好き嫌いの激しいリクオルは、ずっとなすびが食べられなかった。
どんなに小さく切っても、皮をむいてすりおろしても、ちょっとでも混ざっていればすぐに気づいて食べなかった。
それはまさしく、天敵、と言ってもいいくらいの嫌いようだった。
「な・・・す、び・・・?」
愕然と繰り返す、その目はわたしの顔させ見ていない。
「なすび、って、惚れ薬になる?」
「そんな話しは聞いたことないなあ。
わたし、さんざん食べてるけど、誰かに惚れたこともないし。」
「・・・だよね・・・
ジェルバちゃん、誰にも、惚れたこと、ないよね・・・」
うじゅっ、と大きな目に涙を浮かべて、リクオルは泣き笑いする。
「リクオル、なすび、食べられるようになったの?」
尋ねてみたら、呆然としたまま、首を横に振った。
「王都に行って、魔法学校に入ってもまだ、好き嫌い、治んないの?」
「嫌いなものに、王都も魔法学校も関係ないでしょ?!」
「それは、そうだけどさ・・・」
嫌いなもんだから、元のまるまんまの姿も知らなかった、んだろう・・・
というか、その天敵を、さっきまで頭上に掲げて、喜びの踊りを踊ってたんだよね、リクオルってば・・・
あの喜びっぷりを思い出すとおかしくなってきて、思わず、ぷっ、と吹き出してしまった。
「ちょっと!何笑ってんの?!」
途端にリクオルは怒って真っ赤になると、わたしの手から起き上がって、ぽい、っと、手に持ったなすびを放り出した。
「ああ、こらこら。投げたら傷がつくでしょう?こんな立派ないいなすび。」
「知ったことかっ!
ってか・・・てか・・・なすびぃ?なすびだったの?」
うぃぃぃぃ、おいおい、と、かなり情けなく、リクオルは泣きだした。
涙を拭おうとしたんだけど、その自分の手についた匂いに、うえっ、と顔をしかめる。
その手で触るのが嫌だったのか、両手をぶらぶらさせたまま、涙も鼻水も流し放題になって、顔も隠さずに泣いている。
美少年、通り越して、まるっきり、幼児だ。
こんな姿、よそでは見せられないなあ、と思う。
「ひどいよぉ。騙したんだぁ。
古代の秘術の古文書だ、って言ったのにぃ・・・」
まあ、学園祭の景品なんて、ねえ・・・?
古文書って割には、紙だって、新しかったしさ。
おおかた、リクオルの好き嫌いを知ってる友だちにからかわれた、ってとこか?
涙も鼻水も流し放題に手放しでおいおいとリクオルは泣いている。
惚れ薬作ってあげたいって思った友だちのことは、ちょっと残念だったかなあ。
そういうあったかい気持ちは、きっと、リクオルにとっては初めてのことだったろうから。
でも、きっと、その友だちだって、そんな薬は使わないほうがいいに決まってる。
それにしても、リクオル、王都に行っていっぱい友だちできたんだ。
ちょっと嬉しいような、淋しいような複雑な気持ち。
きっと、手のかかる弟の手が離れるって、こんな感じなんだろう。
「ほらほら、可愛い妖精さんが、台無しだよ?」
ハンカチを出して鼻にあてたら、力いっぱい、ぶぅっ、とかんだ。
ふう。やれやれ・・・
前言撤回。やっぱりまだ手がかかる。
「これで一発、大金持ちになれると思ったのにぃ。」
号泣の理由はそっちか!
わたしは一気に呆れかえった。
「一攫千金狙ってないで、地道に稼ごうよ。」
こんなんでも、王都の魔法学校に入れるくらい、一応、優秀?なんだからさ・・・
「悠々自適、あとは遊んで暮らせる、夢の余生だと思ったのにぃ!」
夢の余生って、あんた、いくつだ?
「あーあ。せっかくいいナイトシェードだったのにな。」
わたしはそっちのほうが残念だった。
フェアリーの奇跡はいいけど、みんななすびになっちゃうなんて。
なすなら、うちの畑に山ほどなってんのに。
まあ、わたしはなすび、好物だから、いいけどさ?
ナイトシェードはまた採りに行かなくちゃ。
ああ、ついでだから、そのときには、クロウベアの爪の垢も採ってくっか。
「さあてと、こんなにたくさんあるんだし、悪くなる前に、たーっぷりなすび料理、作りましょうかね。」
わたしは手提げ袋ふたつ分いっぱいのなすびを見てほくそ笑んだ。
げげっ、とリクオルが言ったのは、聞かなかったことにする。
「これだけ食べたら、リクオルの好き嫌いも治るかもね?」
わたしはほくほくと厨房へと向かった。