7.妖精さんとイケメンハンター
気が付くと、辺りはもう夕方の景色だった。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
けど、不思議なくらいに気分は爽快でいい目覚めだった。
隣ですやすやと寝息を立てて、リクオルが幸せそうに眠っていた。
長い睫毛がかすかに震えていて、文句なしの美少年の寝顔だ。
眠ってると、天使なんだよな。あ、妖精か。
起きようとして、リクオルが細い両腕でしっかりとわたしに抱き着いて寝ているのに気づいた。
・・・わたしはあんたのうさぎさんのぬいぐるみじゃないぞ?
小さいころ、あのぬいぐるみがないと眠れなかったリクオルだけど。
今でもまだ、うさぎさんのぬいぐるみ、だっこして寝てるのかな。
わたしはそっとリクオルの腕から抜け出した。
いつの間にか、クロウベアの姿は見えなくなっていた。
眠っているわたしたちのことは襲わずに、そのままどこかへ行ってしまったらしい。
しまった、爪の垢、取っときゃよかった。
煎じて飲めば、滋養強壮のいい薬になる。
まあ、いいや、クロウベアの爪の垢なら、割と簡単に集められる。
蜂蜜に夢中になってるときに、こそっと忍び寄ればいい。
なにはともあれ、ご機嫌が直ってよかった。
そもそも普段なら、到底、争う必要なんかない相手だ。
「ぅぅん・・・ジェルバ、ちゃん・・・?」
そっと動いたつもりだったけど、リクオルを起こしてしまったらしい。
まあ、いつまでもこんなところで寝てるわけにもいかないし、ちょうどよかったか。
リクオルは目を開いたけど、まだ半分寝ぼけているのか、ぼんやりと目をこすっている。
実年齢よりも幼く見えて、その仕草のひとつひとつが、見事なまでの美少年だ。
「そろそろ、帰ろうか。」
結局、ミッドナイトシェードは見つからなかったけど。
まあ、珍しいものらしいし、そんなに簡単には見つからないのかもしれない。
明日からも気長に探すとしよう。
寝ぼけたリクオルは、何も言わずに、こっちに向かってにょっきりと細い両腕を突き出した。
「もう、しょうがないなあ。」
わたしはその両腕を引っ張って、リクオルを起こしてやる。
小さいころ、寝起きの悪いリクオルを、よくこうやって起こしたっけ。
体重も軽いし、大したことじゃないんだけど、びみょー、に面倒くさい。
リクオルは起き上がると、満足そうに、にっこりと笑った。
「ふふっ、ジェルバちゃん、おはよう。
ごめんね、オレ、力尽きて、眠っちゃったみたい。」
リクオルはきょろきょろと辺りを見回して、こくん、と首を傾げた。
「あれ?くまさんは?」
さんをつけるな、さんを。
けど、くまさん、という呼び方が、妙に似合ってしまう困った妖精さんだ。
「眠ってる間に、どこかへ行ってしまったみたいだね。」
「そ、か。
怪我、もう大丈夫だったのかな・・・?」
そう言えば、と気づく。
さっきから動き回っていても、どこもちくりとも痛まない。
顔やら手足やら、いたるところについていた小さな傷は、全部きれいさっぱり消え去っていた。
「わたしの怪我、治ってる・・・
あんた、魔法で治してくれたの?」
あの不思議な光を思い出した。心当たりと言えば、あれくらいだ。
けど、リクオルは、きょとん、と首を傾げた。
「さあ?オレはヒールはできないよ?
ヒールは、フェアリーの魔法体系にはないんだ。
エルフ族だと、ウィザード系もプリースト系も使えるんだけどさ。
フェアリーは、ちょっと、特殊なんだよね・・・」
そんな専門用語並べられても、よく分かんないけどさ。
って顔してたら、伝わったのか、リクオルがこっちを見て苦笑した。
「怪我、きれいに治ったんだ。なら、よかった。
オレ、ジェルバちゃんのこと、キズモノにしちゃったかと思った。
せっかく、責任取ってあげようって思ったのにな。」
「傷なら自分で薬草で治すから、お構いなく。」
怪我が治ったのは、あの不思議な光のおかげだと思う。
でも、あの不思議な光は、リクオルが出そうとして出したわけじゃない?
・・・まあ、いいか。
「ほら、とっとと起きて。帰るよ。」
のんびりしていたら日が暮れてしまう。
夜にしか獲れない素材もあるから、わざわざ夜に森に来ることもあるけど。
やっぱり、夜は昼間よりは危険もあるし、ひ弱なフェアリー連れて歩き回りたくはない。
リクオルは、ええーっ、とか、ちぇっ、とか小さく文句を言っていたけれど、それでも流石にこのまま暗くなるのはまずいと思ったのか、割と素直に従った。
その辺に転がった荷物をかき集める。
リュックを背負っていたら、その間にリクオルは手提げ袋を二つとも抱えていた。
「あ。有難う。」
こっちに渡してもらおうと手を伸ばしたら、リクオルは、つぃ、っとその手を無視して先に行った。
「あれ?
リクオル、荷物、貸して?」
「いいよ。オレ、持ってあげる。」
ええっ?!
リクオルが、荷物持つって、言った?
自分のお弁当も自分で持たない、あの、リクオルが?
びっくりして言葉も出ずにいたら、先に行ったリクオルが振り向いて目を細めた。
「早く来ないと置いていくよ?」
「え?あ、ごめんごめん。」
ええーーっ、どうしちゃったの?リクオル。なんか、リクオルじゃないみたいだよ?
「体力、温存しときたかったからさ。」
突然、向こうを向いたままで、リクオルは、何か言い訳をするように、ぼそりとそうつぶやいた。
「魔法って、結構、体力使うんだ。
けど、オレ体力ないし。
サモン系とか、一回で体力ほとんど全部持って行かれる。」
ああ、あの魔法!
わたしは、危機一髪でベアの爪から救ってくれた、リクオルの魔法を思い出した。
どこか思いつめた目をしていたリクオルは、一瞬後に、てへぺろ、と舌を出して見せた。
「まあ、一回使っちゃったら、どうせ今日はもう打ち止めだし。
体力温存しても仕方ないから、荷物くらい持ってあげるよ。」
なんだろう、こういうとこいちいち、びみょーにイラっとくるんだけど。
それがまた、久しぶりだと、妙に懐かしくもあるから、面倒くさい。
あれ?
でも、あのとき、リクオルはサモンなんとかをもう一度使おうとしてなかったっけ?
一度使えば打ち止めの魔法を、二度使おうとするなんて・・・
もしも、あれが発動していたら、どうなっていたんだ?
いや、わたしの勘違いかな・・・
リクオルがそんな無茶をするとは思えない。
考え込むわたしの隣で、リクオルは、あーあ、と大きなため息をついた。
「強くなりたくて、必死になって、魔法、覚えたけど。
体力足りなくて、一日一回しか使えないなんて、何の呪いだ。」
「まあまあ、ひ弱な妖精さんなんだから、仕方ないよ。」
わたしは子どものころから何度となく繰り返してきた慰めを言った。
リクオルは恨めしそうにこっちを見る。
「オレは、ひ弱な妖精さん、なんかでいたくないのに。」
「それは、けど・・・」
どうしようもない、よね?と言うわけにもいかずに、黙り込んだら、リクオルは怒ったように言った。
「ジェルバちゃんは強くて格好いいよ。知ってる。
ハンターとして、一人前どころか、超一流の腕前だよね?
あの風魔法のなかの熊の急所、熊を傷つけることもなく、一発で矢、当てるんだ。
そんなの、熟練のハンターにだって難しい。
ジェルバちゃんは天性のハンターだ。天才だよ。」
そんなふうに言われたのは初めてだったから、わたしは目を丸くした。
「体力だってあるし、度胸だってある。
あの場で、とっさにオレのこと、庇っちゃうなんて、王都のイケメンも真っ青のイケメンっぷりだ。
くそっ、オレなんか、どうしたって敵いっこないんだ。
そんなの、もうとっくの昔に、十分すぎるくらい、分かってる。」
「・・・どうしたの・・・リクオル・・・」
「ジェルバちゃんは、知らないだろうけど。
オレはずっと必死こいて、君のこと、追いかけて追いかけて・・・
けど、どうしたって、追いつけなくて・・・
でもやっぱり、諦められないから・・・」
何を思ったのか、リクオルはいきなりわたしに向かって指を突き付けた。
「いい?ジェルバちゃん、覚悟してね。
オレは絶対に諦めないから。」
「あ?ああ・・・うん・・・」
リクオルは、いったいわたしと何をはりあってるんだろう・・・
イケメン、ってなんだ?そもそもわたしは男じゃないぞ?
「可愛いからって甘く見ないでよね?
オレは、見た目と違って、小粒でもぴりりと辛い、フェアリーなんだからね?」
なんか、山椒、みたいだな。
まあ、自分で自分のこと、可愛い、とか言ってる段階で、ちょっとアレな気もするけども。
「まあ、諦められないなら、無理に諦めることもない、と思う。
少なくとも、諦められないうちは、諦めないために頑張る、ってのも、ありなんじゃないか?
うん。諦めなければ、いつかきっとリクオルの願いも叶うよ。」
気軽に言ったら、リクオルはいきなり目を真ん丸にして、真っ赤になって、口籠った。
「・・・ぅっ・・・」
う、ん?
どうした?
イケメンになるって言われて、そんなに感動したのか?
目が合うと、リクオルはあわてて向こうを向いて、それからなにやらぶつぶつとつぶやいた。
「・・・あー、いやいや。んなわけないって。
ジェルバちゃんだぞ?うん。」
それからまたくるりっとこっちを向いたときには、いつも通りのちょっと意地悪な表情に戻っていた。
「今自分の言ったこと、忘れないでよね。
オレ、ぜぇーーーったいに、諦めてあげないからね。
ジェルバちゃんが、諦めるな、って言ったんだからね。」
「え?
いや、そこまでは・・・」
「もう遅い。オレはちゃんと聞いちゃったからね。
覚悟しててよね?」
「・・・・・・」
うーん、喧嘩を売ってる小動物は、そっとしておくに限るか・・・
そもそも、イケメン度、なんて、わたしにははりあうつもりはこれっぽっちもないんだし。
まあ、でも、魔法使ってた姿は、ちょっと、なんというか、格好良かった、というのは、やっぱ、言ってあげたほうがいいのかな・・・
・・・・・・。
まあ、いっか。
今さらどの面下げて、リクオルにそんなこと、言ったもんだか、だもんな。
「ほら、ジェルバちゃん、置いていくよ?」
「あー、はいはい。」
ちょっと先に行ったリクオルに呼ばれて、わたしは急いで追いかけた。