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6.妖精さんと森のくまさん

群生地を三つ回った結果。


ミッドナイトシェードなるものは、どこにもなかった。


けど、わたしの荷物は、リュックに両手に下げた予備の手提げ袋、全部満杯になっていた。


「すごい大荷物だね、ジェルバちゃん。」


感心しているとも呆れているとも、どっちとも取れる調子で、リクオルは言った。

さっきからぷーんとわたしの周囲を飛び回っている。

相変わらず身軽な手ぶらだけど、荷物を持つのを手伝おうとは言いださない。

まあ、非力なフェアリーに、そもそも荷物持ちなんてあてにしていない。


「ふっふっふ。大収穫。」


わたしはほっくほくだった。

おりしも、ナイトシェードはちょうど実のつくころ。

どこの群生地も、見事な実をたっぷりとつけていた。


確かに、これは目当てのミッドナイトシェードではないけど。

あんなにたわわに実っているものを、黙って見逃すなんて、できっこないに決まってる。


「これ、スープにするとおいしいんだ。」


真っ赤に熟れたナイトシェードでいっぱいの手提げ袋を覗き込んで、ほくそ笑む。

ちょっとすっぱい夏の味を思い出して、思わず唾がわいてくる。


「スープ?

 香水の材料じゃなくて?」


「香水には、しないかなあ。ちょっと青臭いし。

 ナイトシェードはスープに限るよ。」


「でも、薬草のスープなんて・・・考えただけで、うぇっ、てなりそう・・・」


顔をしかめるリクオルに、わたしはちっちっちと返した。


「薬草はみんなまずいもんだと思ったら大間違いだよ。

 美味しい薬もあるんだ。

 そういうのはね、病気を治すというより、病気にならないようにしてくれるんだよ。」


「病気でもないのに、薬草なんて飲みたくないよ。」


「まあ、騙されたと思って、一回飲んでみな?」


「本当に騙すつもりじゃないよね?」


「リクオルじゃあるまいし。そんな面倒なことはしないよ。」


疑り深いフェアリーに、ちょっと面倒臭くなる。

自分が人のこと騙すようなことばっかりしてるから、人のことも信用できないんだ。

リクオルは、ちらり、と上目遣いでこっちを見た。


「ジェルバちゃんの作ったものなら、飲んであげても、いいけど?」


「む?」


なんかひっかかる言い方だけどさ。

まあ、いいや。

一回飲めば、きっと気に入るに違いない。


リクオルは、見たままそのまんま、華奢で虚弱体質だ。

昔っから、好き嫌いばっかりしてて、おまけに、食わず嫌いも多くって、そりゃあ、丈夫になりようもないだろうと思う。

夏でも冬でも、しょっちゅう風邪引いたり、お腹壊したり、そのたんびにうちの父さんに苦い薬を飲まされてたから、まあ、薬嫌いなのも仕方ないけど。

病気になって苦い薬飲まされるくらいなら、美味しい薬を普段から飲んで、病気にならないほうがずっといいだろう、って思うんだよね。


「楽しみにしてな。

 帰ったら・・・」


それはあまりにも突然だった。

いつものわたしなら、その気配を見逃すことなんかなかったはずだった。

もしかしたら、たっぷりの収穫に、いつになく浮かれていたのかもしれない。

それとも、久しぶりの幼馴染と一緒にいて、そのことで頭がいっぱいになっていたのだろうか。


とにかく、気づいたときには、そいつはもう、目の前にいた。


ぐゎぉっ、という吼え声と、鋭い爪の襲い掛かってきたのは、ほぼ同時だった。

クロウベア。

この森に棲む最強の生き物だ。


人間の倍はありそうなからだと、人ひとり、虫のように振り払える強い力を持つ。

鋭い爪は人間のからだくらい簡単に貫通するくらい長かった。


普通、クロウベアは、それほど好戦的な性質じゃない。

大好物は蜂蜜で、肉も食べないことはないけれど、わざわざ獣を襲って殺して食べることは滅多にしない。

せいぜい、浅瀬で魚や蟹を獲って食べるくらいだ。


ただ、その大きなからだと強い力は、人間にとっても脅威だった。

うっかり機嫌の悪いときに出会ってしまって、襲われることも皆無じゃない。

けど、クロウベアのほうも、人間に出会いたいとは思っていない。

人間の武器は、クロウベアにとっても脅威だったから。

だから、森の中では、わたしたちは互いの気配によく気をつけていて、極力、出会わないようにする。

それが暗黙の了解、森の不文律だった。


姿を現したクロウベアは、明らかに正気じゃなかった。

目を血走らせ、涎を垂らし、不機嫌、どころじゃない状況だった。

たまたま、そのときは、悪い条件が重なっていた。

クロウベアの気配に気づかないなんて、一度もやったことのない失態だ。

それに、たとえうっかり出会ってしまったとしても、いつもなら即座に弓で応戦していたはずだった。

けど、そのときわたしは両手に大荷物を抱えていて、だから、弓を取るのが一瞬、遅れた。


襲い掛かってくるベアの長い爪の動きが、スローモーションのようにはっきりと見えた。

そこから目を逸らすこともできずに、わたしはただ、バカのようにそれをじっと見ているだけだった。

頭のなかは、しまった、という言葉だけが、ぐるぐると回り続けていた。


「サモンウィンド!」


そのとき、リクオルの声が背中から聞こえた。

その瞬間沸き上がった風に、思わず目を閉じて顔を俯けた。


ごぉごぉとうなり声をあげて、小さなつむじ風が巻き起こった。

風は、くるくるとクロウベアを上空へと巻き上げていった。


風に巻かれて、なすすべもなく浮かび上がっていくベアの姿を、わたしは呆然と見上げた。

あの鋭い爪は、あと一瞬後にわたしを引き裂いていたはずだった。


振り向いたわたしは、そこに杖を構えて魔法を唱えるリクオルの姿を見た。


こんなリクオルを見たのは初めてだった。

柔らかな金髪は、魔力の起こすうねりを受けて、ふわふわと逆立っている。

とびきりの意地悪をするときにだって、いつもどこか笑いを含んでいる瞳は、まったく笑ってなくて、怖いくらいに真剣だった。


「サモン」


続けて魔法を唱えようとしたリクオルの口を、わたしはとっさに掌で塞いだ。

中断された魔法は行き場を失って、わたしたち二人の周囲に渦を巻く。

ぴしぴしと皮膚に感じる痛みから、リクオルを庇うようにわたしはその細いからだを胸のなかに抱きすくめた。


「ちょっ!なに、するんだ!ジェルバ!」


怒ってる。

滅多にないくらいに、怒っている。

わたしが何をしても、決して本気で怒ったことのないリクオルが。本気で怒っている。


けど、リクオルにこれ以上攻撃させるわけにはいかない。

フェアリーに殺戒を犯させるわけにはいかないんだ。


わたしはリクオルを暴走する魔法から守ると同時に、これ以上魔法を唱えさせないために、とにかく、必死になって胸のなかに抑え込んだ。

腕のなかのリクオルは、自由になろうと必死になって暴れている。

力づくで抑え込むなんて、友だちにすることじゃないけど。

もしかしたら、リクオルはもう、わたしのこと、友だちだと思ってくれなくなるかもしれないけど。


大勢の人たちに囲まれていても、いつもどこか寂しそうだった。

人気のあるのをやっかんだやつらに、陰で意地悪をされていたこともあった。

むやみやたらと寄ってくるやつらも、意地悪をするやつらも、オレにとっては友だちなんかじゃない、って、すっごく冷たい目をして言っていた。


けど、リクオルは、わたしにだけは、そんな目を向けなかった。

わたしがどんなに冷たくあしらっても、へらへら笑ってかわすだけだった。

なんで、わたしだけが、友だち認定されていたのかは分からない。

けど、それだけは、たったの一度も、疑ったことはなかった。


それも、もう、おしまいかもしれない・・・


ごめんね、リクオル。

戒律を破ろうとしてまで、リクオルはわたしを助けてくれた。

有難う、リクオル。


「・・・ジェルバ、ちゃん・・・」


腕のなかで、ちょっと苦しそうなリクオルの声がした。

さっきの怒ったリクオルの声とは別人のようだった。


「ジェルバちゃんってさ、案外、胸あるんだね?

 こんなに熱烈に抱きしめてくれるなんて。

 なんか、オレ、しあわせ~」


「はあっ?」


思わず突き飛ばしていた。

あら、しまった、と、やってから思った。


盛大に尻もちをついたリクオルは、痛いなあ、と腰の辺りをさすりながら立ち上がった。

それはいつものリクオルだった。


リクオルを放り出したわたしは、頭上の熊を見据えていた。


さっき、ベアの後ろ脚のところで、何かがきらっと光った気がする。

わたしは目を凝らしてベアを見つめた。


「やっぱり。」


確認すると、おもむろに弓を構えた。


「ちょっ、ジェルバちゃん?」


リクオルの引き留めるより先に矢を放っていた。


「バカなっ!

 風に向かって矢を放つなんてっ!」


リクオルの悲鳴をよそに、矢は狙った通りのコースを飛んでいく。


「大丈夫。」


自信は、ある。

とっさに計った渦の回転と風の速度、あれやこれやを計算に入れて、矢を放つ角度は調整した。

矢は過たず、狙ったところへと命中する。

ふふっ。

思わず得心の笑みが零れた。


「魔法、解いて、リクオル。」


風のなか、熊はもうぐったりとおとなしくなっている。

矢が急所に当たって、気を失っているからだ。


「あ。ああ・・・うん。」


リクオルが魔法を解くと、ゆっくりとベアは地上へと降りてきた。


「ちょっと待って!念のため、スリープかけておく。」


熊に近づこうとしたわたしを、リクオルは制した。

ふわり、と魔法の気配がして、リクオルの魔法が発動する。


「そんなのかけなくても大丈夫なのに。」


「オレが心配なの。」


きっぱり言い切ったリクオルは、ちょっとさっき怒っていたリクオルを思い出させた。


地面に降りてすやすやと眠るベアにわたしは躊躇なく近づいた。

子どもの顔ほどもある大きな後ろ脚をひっくり返す。

そこにはなにやらきらりと光るものが刺さっていた。


「これが痛くて暴れてたんだな。」


ナイフを使って引き抜くと、それは小さな鍵のように見えた。


「なんだろ、これ。」


「鍵、かなぁ・・・?」


覗き込んだリクオルも同じように思ったらしい。

わたしは鍵についた熊の血を上着の裾で拭うと、リクオルのほうへ放り投げた。


「あげる。」


「え?あっ、ちょっ・・・」


いきなり投げ渡されたリクオルは、受けきれずにお手玉状態になっている。

わたしはそんなリクオルはほうっておいて、熊の足の傷の手当を始めた。


「よしよし。もう大丈夫だよ?」


傷口を綺麗に洗って、つぶした薬草を塗りつけた布でしばった。

痛み止めと化膿止め、それに血止めをたっぷり使う。

手当が済むと、眠っている熊の頭をそっと撫でた。

足を怪我して泣いていたんだ。痛かったね。

ゆっくりおやすみ、ベア。

鋭い爪は恐ろし気だけど、寝顔はなんだか可愛いかった。


「ジェルバちゃんって、本当に優しいよね?」


リクオルはいつの間にか隣にきていて、静かにそう言った。

その声がなんだか悲しそうに聞こえて、わたしは顔を上げた。


リクオルはベアじゃなくて、わたしのほうをじっと見つめていた。

大きな瞳にはいっぱい涙を溜めて、今にも泣きだしそうだった。


「怖かった?」


そう尋ねると、目を閉じて、ううん、と首を振った。

瞳から溢れた涙の雫が、ぽたり、ぽたりと地面に落ちた。


これは、やっぱり、怖かったんだろうな。

なんだか可哀そうになって、よしよし、と頭を撫でると、いきなり目を見開いて、ちょっと怒ったように言った。


「もうっ!頭、ぽんぽんしないでっ!」


「へ?あ、いやだった?」


ごめんごめん、と手を引っ込めようとすると、リクオルはその手を素早く捕まえた。


「っ・・・」


リクオルに掴まれた手に、ぴりっと痛みが走る。

思わず顔をしかめると、リクオルは弾かれたように慌ててわたしの手を離した。


「あ。ごめんっ。」


「あ、いや、大したことない、から。」


さっき発動し損ねたリクオルの魔法は、わたしの顔や腕や、いたるところに小さな傷をつけていた。

まあ、怪我というほどのこともない。このくらいは、森の茂みに潜り込んでよく引っ掻いている。


わたしの傷を見て、リクオルは、なにか酷い痛みを堪えているような顔になった。

ゆっくりとこっちへ手を伸ばす。

リクオルの手が、恐る恐るわたしの頬に触れると、また、ちくっと痛みが走った。

けれども、わたしは、その痛みよりも、リクオルの様子のほうが心配だった。


「どうしたの?」


「ごめん。

 オレの魔法が、ジェルバちゃんを傷つけた。」


リクオルはぽろぽろと零れ続ける涙にも気づかないで、ただ、すがるようにこっちをじっと見つめている。

それがあんまり悲しそうなもんだから、つい、避けるのも忘れて、じっと見つめ返した。


「リクオルは?どっか痛いの?」


そう尋ねると、リクオルは涙を振り飛ばして、ぶんぶんと首を振った。


「ジェルバちゃんが庇ってくれたから、オレはどこも痛くない。」


「そっか。それはよかった。」


「よくないっ!」


リクオルの剣幕に、わたしは目を丸くした。

どうしたのかな、さっきからなんだかリクオルはよく知ったリクオルとは違う人みたいだ。


「オレは・・・ジェルバちゃんを、ちゃんと守れるように・・・そのために、二年も・・・」


悔しそうに唇を噛んで、リクオルはうつむいた。


その全身から、ぶわり、と何か、ちからのようなものが沸き上がってくるのを感じた。

魔力とも違う。ただ、なにか、とてもつもなく大きなもの、のようだった。


「・・・リクオル?」


得体の知れない力の暴走に、わたしは不安になった。

リクオルは、小さいころからよく知った幼馴染だけど、人間じゃない、違う種族だ。


「大丈夫だよ。こんなの、大したことないって。」


なんとか落ち着かせようと、わたしはなるべく静かに話しかけた。


「オレは・・・オレの力は・・・ジェルバちゃんを・・・」


フェアリーは、森の妖精さんと呼ばれるリクオルの種族は、数も少ないし、よく分からないところも多い。

陽気で悪戯好きで、軽佻浮薄なのかと思いきや、妙に深い真理を悟っていたりもする。

それ、そのまま、リクオルだと思っていたけれど。

リクオルには、まだまだ、わたしの知らない一面があるのかもしれない。


「わたしは大丈夫だから。

 リクオル、心配しないで。」


「心配も、させてもらえないんだ・・・オレは・・・ずっと、頼りなくて、情けなくて・・・

 いっつも、ジェルバちゃんの背中に隠れてばっかりで・・・」


「いやいやいや!

 そんなことは!ないよ?

 うん、リクオルに助けて、もらった。

 リクオルがいなかったら、今頃、わたし、あの熊の爪に引き裂かれてたかも。」


「熊の・・・爪・・・?

 ジェルバちゃんが・・・引き裂かれる・・・?

 嫌だ、ジェルバちゃんを失うなんて!

 それだけは、絶対に、いやっ!」


何を言っても逆効果だ。

リクオルの得体の知れない力は、ますます膨れ上がっていく。


「いやいやいや!

 だからね、そうならなかったんだ、って。

 リクオルのおかげでね?有難うね?」


「オレ、ジェルバちゃんの役に立ってる?」


「立ってる立ってる。

 めっちゃ、立ってる。」


「ほんと?」


「本当ですとも。」


とにかく落ち着かせたい一心で断言して、ダメ押しにきっぱりうなずいてみせた。

でも、そうしてから、ふと思う。

いや、これ、まんざら、嘘じゃないな。

リクオルのおかげで助かってること、実は結構あるんだ。


「有難うね、リクオル。

 わたし、リクオルがいてくれてよかったって思うこと、たくさんあるよ。」


思わず口をついてそう言っていた。

するとリクオルは、混じりっけのない純真そのものな目をして笑った。


「そっか。それはよかった。」


幼子のように無垢な瞳に、同時に賢者の深い悟りが混じる。


「ねえ、忘れないで、ジェルバちゃん・・・オレは・・・・・・」


そのとき、ぶわっ、と眩しい光がリクオルから溢れ出した。

光はわたしもベアも、その辺り一帯を覆うように広がっていく。

音もなく。熱もなく。ただただ、優しく心地よい光に包まれて、痛みも苦しみも悲しみも、おおよそ、この世に巣食うありとあらゆる負の存在が、浄化されて、いいものへと変わっていく。

傷は癒され、悲しみは慰められ、不安な心は励まされて・・・

また、この先へと向かう勇気が、どこからか湧き上がってくる・・・


フェアリーの奇跡。

まだ小さかったころにおとぎ話で聞いた言葉を思い出していた。

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