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4.妖精さんと薬草探し

セージにベルベーヌ、セポリー、ヘンルーダ、ナイトシェード・・・

森のなかには、薬になる材料がたくさん溢れている。


薬師だった父さんにくっついて、小さいころから森にはよく薬草摘みに来ていた。

父さんに褒めてもらえるのが嬉しくて、わたしはせっせと薬草摘みを手伝った。

たくさんの草のなかから、どれが薬になってどれが毒になるのか、父さんはひとつひとつ丁寧に教えてくれた。


その知識と経験を活かして、今、わたしは調香師を目指している。

よく眠れたり、沈んだ気分を浮き立たせたり、逆に、イライラした気持ちを鎮めたり。そんな効果を持つ香水を作りたくて、あれこれと、試行錯誤の日々だ。


といっても、まだ、まともに売り物になるような香水はひとつもできていない。

村の教場を卒業して、王都の魔法学校に行ったリクオルの他は、同級生たちはみんなそれぞれ仕事に就いた。

農場で毎日真っ黒になって働いている友だち。市場のお店で売り子をしている友だち。

みんな立派に一人前になっていく。


そんななかで、わたしひとり、なんだか宙ぶらりんな状況でいることに、焦る気持ちもある。

父さん母さんは、じっくり時間をかけて納得のいくものを作りなさいって言ってくれるけど。

こんなこと、いつまでもはしていられないよな、って声が、いつも心の隅っこから聞こえている。


けど、森にくると、そんな焦る気持ちも、いったんは忘れてしまう。

森のなかは本当にいつも気持ちよくて、幸せな気持ちになれる。

わたしが一番作りたいのは、実はこの気持ちになれる香水かもしれない。


楽しくなってくると、リクオルのことも忘れて、わたしは薬草摘みに夢中になっていった。

森は、変わらないようで、毎日変化している。

昨日にはなかった新しい花や、ついたばかりの実を見つけては、ついつい、寄り道をしてしまう。


わたしのそんな癖を、リクオルは昔からよく知っている。

そして、何故か、そういうとき、リクオルはいつもわたしを好きなだけ自由にさせておいてくれる。


何が面白いのか、リクオルは昔から、よくわたしの薬草摘みについてきた。

リクオル自身は薬草についてはそんなに興味もないらしくて、いくら教えてもらっても、ヒソップとナイトシェードの区別すらつかない。

教場の勉強はいつもクラスで一番で、王都の魔法学校に推薦されるくらい賢いのに、なんでこんな簡単な見分けもつかないのか、不思議で仕方ないけど。

それなのに、わざわざ薬草摘みに、何しについてくるのか、さっぱり分からないんだけど。


わたしが薬草を探している間、リクオルは何をするわけでもなく、ただ、ぼんやりその辺を飛び回っている。

あれかな、妖精ってのは、やっぱり、森の中とか、飛び回りたい本能がある、とか?

一度そう尋ねてみたら、そんなわけないでしょ、って思いっきり呆れたように返されたけど。

ただ、リクオルには、森のなかってのが、妙によく似合ってる気はする。


そんなわけで、今日もたっぷり寄り道をしてしまった。

ナイトシェードの群生地はいくつか心当たりはあったけど、そこにたどり着く前にすっかりお昼になってしまう。

母さんに作ってもらったお弁当を開くころには、わたしのリュックは集めた薬草でいっぱいになっていた。


「ごめん、リクオル。

 お昼からはもう寄り道せずに、まっしぐらにナイトシェードの群生地、目指すから。」


「ああ。別にオレは構わないよ?

 急がないといけないってわけでもないし。」


あっさりそう言ったリクオルに、わたしは不審の目を向けた。


「けど、リクオルの特効薬がないと命に係わる人がいるんだよね?」


「ああ、まあね。

 でも、一日二日でどうこう、ってこともないからさ。」


そうなの?と尋ねると、うん、とにっこり頷いて見せる。


「それに、ジェルバちゃんとふたりでこんなふうにのんびりできるのも久しぶりだし、オレとしては、そんなに焦らなくてもいいかなあ・・・」


呑気な様子のリクオルに、思わずわたしは眉を顰めた。


「のんびりしてるわけじゃないし。」


まあ、寄り道してる本人が偉そうに言えた義理じゃないけど・・・


「ジェルバちゃん、依頼された仕事も忙しいんだったよね?

 そっち優先してやってくれて、全然、かまわないよ?」


リクオルに言われて、うっ、と言葉につまってしまう。


リクオルのこと追っ払いたくて、言い訳のように使ったけど、実際に受けている依頼は、そんなには、ない。

まだまともな調香師でもないわたしに来る依頼なんて、昔馴染みの知り合いが、お情けで注文してくれるものくらいだ。

親友のローズのお店で使う香水と、農園の肥料小屋の匂い消し用の香水。

受けている依頼と言えば、実際にはそれだけだった。


だから、集めている薬草も、依頼のため、というよりは、自分の趣味、というか、まあ、遊びというわけじゃないんだけど、試行錯誤の材料というか・・・


黙々とサンドイッチを食べるわたしを、リクオルはちらっと見て笑った。


「調香ってのは、難しいんでしょ?

 なかなか思い通りの匂いになんか、ならないよね?」


「そうなんだよね。

 季節とか、お天気とか、そういうのでも、匂いって変わるしさ。

 同じ匂いがいつもいい匂いに感じるとも限らない。

 昨日はこれだって思ったはずなのに、今日になってみると、全然違うって思ったりさ。」


思わず愚痴ってしまった。


「決まったレシピで作ったって駄目なんだろうな。

 ジェルバちゃんってば、真面目さんだから、きっと、完璧な香りを目指して、妥協しないんだよね?」


「・・・・・・、ずっと何かを探して探して、まだ探し続けている、感じ。」


見つかるかどうかも分からないけど。

探し続けることをやめられない。

見つける自信も確信もないのに。

それでも探し続けていることを、ものすごく不安に思いつつ。

気が付くと、また探している。


それでも、やめられない、から。


リクオルはただ黙って、じっとこっちを見ている。

なんとなく今は顔を上げたくない。顔を上げて、こっちを見ているリクオルの表情を確かめたくない。

なんでもできて、王都の魔法学校に乞われて入学して、きっとリクオルの未来は明るく拓けている。

そんなリクオルに、同情や哀れみの眼を向けられていたら、わたしはもう、リクオルと友だちではいられなくなる気がするから。

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