2.妖精さんはうちの食堂で朝食を
ダイニングに行くと、ちゃっかり食卓に座ったリクオルが、なにやらもぐもぐしながらこっちを振り返った。
「遅かったね。先に朝食、いただいてるよ?」
「あら、ジェルバ、おはよう。
玉子は、目玉焼き?それともスクランブルエッグ?」
「ここはスクランブルエッグの一択でしょ。
やっぱ、ママンのスクランブルエッグは最高だよね~。」
「ふふふ。有難う。」
長閑な朝食の風景がそこに広がっている・・・?
う、ん?ちょっと待て!
「あんた、なに呑気にうちで朝ご飯食べてるのよ?」
「ええっ?
淋しいひとり暮らしのオレに、あの冷たい家でひとりぼっちで朝ご飯しろ、って言うの?」
ナプキンの端っこをちょっと口に咥えて、そんな、ひどい、と上目遣いにするヤツに、思い切り冷たい目を向けた。
「うわ、なに?その、反抗的な目・・・
オレは、君をそんな冷たい子に育てた覚えはないよ?」
「あんたに育てられた覚えもないんだけど。」
「ううっ、ジェルバちゃんがひどいよ、ママン。」
リクオルは当たり前のように、うちの母さんに泣きついた。
「ジェルバ、お友だちにそんな意地悪なこと言っちゃ、めっ、よ?」
母さんは作り立てのスクランブルエッグのお皿をテーブルに置きながら、優しくたしなめる。
いや、母さん。あなたもなんでこんな朝っぱらからこいつが家にいるんだろう、とか、なんで普通の顔してうちの朝ご飯食べてるんだろう、とか、疑問に思わないんでしょうか?
「いいんだ、ママン、ジェルバちゃんを責めないで。
きっと、反抗期なんだよ、これもジェルバちゃんが大人になるためには必要なことなんだ。
それとも、もしかしたら、朝だからお腹がすいているだけかも。
だったら、ママンの朝ご飯ですっかりご機嫌になるさ。」
いやだからさ、なんであんたが、うちの母さんをママン呼ばわりするのよ?
リクオルは、わざとらしいため息をついてから、こっちを見て、いいんだよ、と鷹揚に微笑んでみせる。
それに母さんは感動したようにため息をつく。
「相変わらず優しいのね、リクオル。
どうかこれからもずっと、ジェルバのお友だちでいてあげてね?」
「もちろんだよ、ママン。
オレがこの世にいる限り、ジェルバちゃんが冷たい家でひとりぼっちで淋しい思いをするようなことには、絶対にさせないから。」
「まあ、有難う、リクオル。
こんなふうだけど、根は悪い子じゃないのよ?ジェルバのこと、どうか、よろしくね。」
「もちろん、ジェルバちゃんの根は素直なんだって、オレもよく分かってるよ。
ジェルバちゃんのことは、安心してオレに任せて?」
なんだか、ふたりして盛り上がっている。
いやだから、ひとのこと、勝手によろしくしないでほしい。
だいたい、なんでわたしひとり悪者みたいになってるんだ。
そもそも、リクオルなんて、昔から一度たりとも、お友だちだったことなんかない。
リクオルとの間には利害関係しかなくて。おまけにいっつも害を被るのはわたしのほうで。
今だってどうやって早く王都へ送り返そうか、そればっかり考えているのに。
うちの母さんは、根っからのお嬢さん育ちで、人を疑うことを知らない。
リクオルには昔からすっかり騙されてしまってる。
母さんのためにも、こんな妖怪は早く退散させないと。
憎しみと決意を新たに、スクランブルエッグをフォークでつつく。
大きくすくって、あんぐり、と口に放り込む。
途端に、口いっぱいに広がった幸せに・・・思わず、にやり、と笑ってしまう・・・
しまった、見られたか、とリクオルのほうを見たら、しっかりこっちを見ていて、にぃっこりほくそ笑んだ。
「やっぱり、ママンの料理には魔法があるね。
魔王の冷たい心だって、とろかすおいしさだよ。」
誰が魔王だって?
魔王ってのは、あんたでしょ?
「ジェルバちゃんも、ママンに似て、お料理は上手なんだよね。
このスクランブルエッグの味は、絶対に受け継いでいてほしいな。」
ちらっと上目遣いにこっちを見る。
ほとんどの人が騙される、フェアリーの上目遣い。
ふんっ。
わたしもこの玉子は好物だから。作れるけども。
あんたのその手には騙されない。
「ジェルバは、お料理はとぉっても上手よ。わたしよりも上手。」
「へぇえ、それは楽しみだなあ。ね、ジェルバちゃん?」
「なんであんたが楽しみにするのか、分からない。」
「分からないの?そっか。まあ、いいよ。そのうち分かるから。」
なんだその意味ありげな目は。
わたしは力いっぱい怪訝に見返して、さっさと朝食を掻っ込んだ。
あー、ちょっと、もったいないな・・・母さんの朝ご飯・・・
くそっ、それもこれも、この妖怪のせいだ。
一刻も早く、魔界に送り返そう。わたしの平穏な朝ご飯のためにも。
そうしてまたひとつ、わたしの決意は強固になったのだった。