第一話 悪役令嬢だと言われましたが……(2)
リリアと分かれて自室に入りメイドも下がらせて部屋着へと着替える。
うっとうしいコルセットやスカートを脱ぎ半裸の状態になればあらわとなるのは成長途中ではあるもの『男』の体。
そう。自分は正真正銘、生粋の公爵令息であり公爵令嬢ではない。
「まあ。表向きは公爵令嬢だけれどなぁ」
そうつぶやきながらもオレはベッドに寝っ転がる。
オレ、アイリス・ステンフィア。ステンフィア公爵家の第三子にして次男としてこの世に生を受けた。長子であり長女のエミリア姉様。そして第二子で長男のレオナルドの次に生まれた子供である。
我が家系はどうも男子が生まれにくい家系らしいので続けざまに男子が生まれたと言うことは喜ばれた。長男が基本的に後を継ぐが実力も考慮される。
長男に何かあったときの最有力の後継者でもある。
だが、運が悪いことにオレは体が弱かった。
不治の病を患っておりおそらく二十歳までは生きていくことは難しい。そう言われたのだ。せめてもの延命として治療魔法などもかけているが難しい。
そのために治療魔法の効果を上げるための古代呪術……。異装護符を行っているというわけだ。
異装護符。
男子が女子の……女子が男子のという違う異性の服装をする。
神や天使には基本的に性別が無い。
神聖な存在であるとされている。
そのためにそれらに近い存在になるために性別と違う服装。性別と違う名前を名乗り死神などから身を守っているとされているのだ。
正しい性別を知っている人間は少なければ少ないほど良い。そのために知っているのは使用人でもわずかでありこの後、生まれてきた妹達(弟はいない)にも語らずに女の名前であるアリスと言う名前を名乗っているというわけだ。
とはいえ、公式な書類などには本名が出ているが……。
同年代の子供などはほぼ知らないと言える状態だ。
これもひとえにオレに長生きしてほしいという両親の願いだ。
それにオレとしても別に早死にしたいというわけではない。
せめて姉が結婚するのを見届けたりしたいし……。まだやりたいことはある。
とはいえ、おそらくだが成長していくにつれて限界もあるだろうなぁ。
とはいえ、表向きは令嬢だ。
そういったこともあり令嬢の集まりにも誘われるのだが……。服装や口調など令嬢をしても内面はれっきとした男であるオレ。令嬢の友達というのが出来なかったのだ。
まあ。所詮はあと十数年の命。たいした問題では無いと言いたいのだが一応は公爵令嬢
人づきあいをしないままというのも問題だ。
それに世界を知りたいと思うのもある。
そういうことで学友の一人を用意された。
それがあのリリアだ。貧乏な分家であり資金援助のかわりということだ。とはいえ、
「悪役令嬢って」
まず令嬢では無い。そして王太子との婚約もありえないだろう。
国王も王妃もオレの性別は知っている。
いくら二十歳になるまでには死ぬと言われていても男同士で婚約はありえない。それに王太子の婚約者なんてなれば王妃教育というのがある。
王妃というのは存外、大変なのだ。
礼儀作法に国内外の知識や交流などの知識。さらに夜のおつとめまでしっかりとしなければならない。そういったマナーやら勉強やら……。そして武術。いざというときに国王の足手まといにならないようにと言う護身術も必要だ。
そういったことをしっかりと学ぶのには時間はいくらあっても足りない。
それをあと十数年で死ぬ人間にやらせてどうするというのだ?
第一、オレだっていやだ。
あと、十数年の命ならばやりたいことは山ほどある。
出来ることなら国内のいろいろな所を見てたくさんの思い出を作りたい。恋……は、まあ。相手もいるのでそこはさておいておくしこういうのはするものではなく落ちるものだと誰かが言っていた。
実際の所、同性として接する中で女性の醜い部分が見えるのでごめんだ。
知らないままでいたかった知識があまりにもありすぎる。
だからこそ王妃教育なんてしている暇なんてない。
やりたいこともあるし家族との思い出も作りたい。
王太子の婚約者になればそういった教育。それだけでは無く社交界に参加するはめになる。つか、そもそもオレは男なのだ。
今はまだ成長しきっていない中性的な見た目をしている。
だからこそ女装ができる。
けれどもこれからどんどんと身長は高くなるし体つきもがっしりとするだろう。声だって変化して野太い声となるだろう。
「さすがに騎士団長とかみたいな体にはなれないかもしれないけれど」
騎士団長は筋肉健康と言う言葉が似合いそうな外見。丸太のような腕にゴリラのような胸。そんな人間になれるとは思わない。
そういった人間にでもなりそうな外見だったら女装はしなかったかもしれない。
思わず脳内に騎士団長(四十歳前半、独身。恋人なし。子供のあだ名、ゴリラマッチョ)がドレスを身につけている姿を想像して吐きそうになた。
病気のこともあり過保護な両親が心配するといけないので耐える。
こんな理由で吐いて心配かけるわけにはいかない。
「いつまでも女を演じるわけにもいかないしな」
もちろんやろうと思えば可能だ。
この世界には魔法というものがある。
呪いがあるのだから当たり前と言えば当たり前だ。幻覚の魔法などを使えば男でもある程度、性別をごまかすことができる。
とはいえ、筋骨隆々な成人男性がまだ幼女へと化けるのには限界がある。
魔法と言っても万能では無い。
なので似た見た目やまったく違う外見に化けるのは無理が出てくる。
ついでに言うとそれが短時間ならともかく長時間、永続的になるとそういった品を用意するのは安くは無い。高額だし何よりも使用には許可が必要だ。
まあ。犯罪に使いやすいということからだ。
正直、いつか死ぬ人間のためにそれを永遠とするわけにはいかないというのも事実だ。そういったこともありおそらくだがある程度、第二次性徴を迎え始めるようになれば限界がある。そう判断をしている。
「まあ。そうなればあの子もその妄想というか考えはなくなるか」
そうつぶやく。とはいえ、変わってはいるが悪人という印象もない。
そう思っていると、
「アリス様」
部屋をノックしてきたのは一人のメイド。
まだ新人なので俺の性別を知らないのでお嬢様だと思っている。
「旦那様がお呼びです」
「……わかりました」
瞬時にお嬢様のアリスを演じて俺は笑顔で対応をしてついていく。
まあ。内容は大方はわかっている。
そう思っている中で父様がいる執務室へと向かう。
世間では貴族というのは遊んで暮らしていると思っている人もいるがそれは誤解だ。貴族というのは領地経営をしなければならない。まあ。領地経営というのが苦手な貴族というのもいるがそういうのは武勲で名をあげた騎士。あるいは魔法使いとしてという専門職がありそちらに特化しているタイプだ。
まあ。ごく希にそういうのも苦手なやつもいるけれど……。そういうのは人材を集めたりする人を動かすことが得意な人間だ。
本当に何も出来ない無才の遊び人というのはいない。いたとしても長続きしない者である。とはいえ、お金を使っているというのも事実だ。
社交界というパーティーは世間との人づきあい。大金を支払うのはそれこそお金を動かすための行動でもある。まあ。一般の人からみたらそういうのが理解できないのも仕方が無い。むしろ遊んで暮らしていると思えるぐらいに余裕がある領地というのは良いことだ。
そんなことを思いながらも部屋に入れば案内してくれたメイドは退出する。
「すまないな。本当ならメイド長とかを呼べばよいのだろうが」
「いえ。メイド長も忙しいでしょうし」
そう父様の言葉に俺はそう言って近くの椅子に座る。
「それで何用ですか?」
「あの家の娘とは友達になれそうか?」
簡潔な質問だが、予想していたとおりの本題だ。
「正直な話、あの娘の事情を知っていて遠慮するというのはしないで良い。
一度でもあってくれたということだけでも報酬……というかお礼はするつもりだ。
あの家が貧乏になっている理由も理由だからな。
援助をするというのは特におかしくない。
ただあの娘の領民に対して遠慮してとかはしないで素直に話してくれ」
素直にと言うが……。あなたは悪役令嬢ですと言われたということを素直に話すのはさすがにどうかと思う。
そのことは隠しつつ、
「そうですね。建前を作らずに正直にどんどんと話しかけてくる。
やや非常識というか向こう見ずなところがありますが……。
けして愚かというわけでもなさそうです」
頭脳明晰な才女とは言えない。
言えないけれども柔軟な発想力というか自由なところがある。
見た目は見ていて不愉快にならない。
正直に言えば性格や言動は変なところがある。その一点を除けばとてもよい子の部類に入るだろう。とはいえ、ややその変なところが強すぎて貴族社会では何というかうまくやっていけるのか? そんな心配を抱いてしまう。
「個人的にはですね。彼女が困ったり苦しんだりする。
そう言ったりするのは嫌だということですね。
ちょっと変わっていますが……。
少なくとも話していてうんざりすると言うことはありませんね」
今までもお友達候補としていろいろな令嬢とお話をしていた。
同性と思っているのも手伝っているのだろう。男なら知りたくなかった女の裏側というのをいやというほど見た。
こちらが身につけている装飾品をなめますように見てほしがる。
化粧品やらそういったのをおこぼれをねだろうとする。
あるいは男の話題をかなり辛辣にする。
危うく女性不信になりかけてしまいかねないようなお茶会であった。
そうではなかったとしても会話はやはり女の子っぽい会話だ。
可愛らしい動物や綺麗なお花、はやりのドレスやアクセサリー。
姉や妹、母がよく会話をしているが男としては理解できない世界がある。
正直、ドレスは似合っているか? 似合っていないか?
それがオレにとっては大切なことだと思う。
一度なんて可愛いだけを基準に生きている女性がいてうんざりした。悪い子では無いのだろうが会話がどうやっても延々と同じ内容をくりかえしている気分。
さながら言葉を覚えたばかりの九官鳥と会話をしている気分になりかけた。
けれども、
「あの子ならば話をしていてもそれなりに楽しめそうです」
突拍子の無い会話だったが新鮮さと驚きがある。
長くない人生、驚きと新鮮さはいつでも大歓迎なのだ。
と、いうこともあってリリアとオレは友人となったのであった。