煙る朝焼け
古城/♂古城深也。大人。男と兼ね役。
寺町/♀寺町桔梗。20代。室伏と兼ね役。
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室伏：深也くん、ここにいたのね。
古城：……あれ、紫苑。先に行ったんじゃなかったかな？
室伏：あなたと行かなきゃ意味がないじゃない。ほら、はやく。
古城：待ってくれ、今いいところなんだ、これを書き上げてから行くよ。
室伏：さすが先生、新人賞期待してますよ！
古城：先生はやめてくれ。まだなれると決まったわけじゃない。
寺町：それでも、先生は先生だもの。
古城：きみも全く、強情だ。
寺町：だって私、もう見えてるもん。あなた、有名な作家になって私の隣で何か書いてるわ！
古城：かなわないな。
寺町：そうよ！ああ、釘を刺しておくけど。
古城：なんだい？
寺町：早く書き上げてね！一緒に来てくれないと、悲しくって泣いちゃうわ。
古城：ふふ、泣かせるのは良くないな。
<<数年前、公園で古城が考え事をしている>>
古城：(ぶつぶつと)煙る朝焼けは、私たちの象徴だった。朝霧が紫苑の花を濡らす。
寺町：…？これ、この言い回し……。
古城：赤くふくらんだ光が私たちを照らす。死ぬにはいい天気だと独りごちた。隣で彼女が笑みを漏らすのが聞こえた。それだけでよかった。それだけでよかったのだ。
寺町：しってる、これ、これって……！
古城：今が終わらないようにと願うことが嬉しかった。目を瞑ると夢から覚めてしまいそうで怯えていることも、彼女は知らないのだろう。そう、彼女は、彼女こそは──
寺町：室伏紫苑！！
古城：え？
寺町：ねえ今の！室伏紫苑の言い回し！ですよね！？小説家の！
古城：え、あの、まあそう……だけど。
寺町：やっぱり！だと思った、今のフレーズ！あなたもファンなんですか！
古城：あの……どちらさまで？
寺町：あっ！すみませんわたし、見ず知らずの人に急に……私、あの、寺町桔梗と申します。
古城：はぁ……。
寺町：えと、すぐ近くの会社で働いてて、お昼はここで食べようかなー、なんて思ってたら室伏紫苑みたいなお話が聞こえてきたもので、へへ……。
古城：……好きなんですか？室伏紫苑。
寺町：(目を輝かせる)はい、はい！それはもう！私いままで出てる作品は全部もってて！大好きなんです！
古城：あはは、すごく伝わってきますよ。
寺町：あ、じゃあじゃあ、あなたもですよね！室伏紫苑、すきなんですよね！
古城：室伏紫苑……ええ、そうです。是非会ってみたい。
寺町：素敵です！私身近に趣味の合う人がいなくって！
古城：もしかして、それでお昼にこんな寂れた公園に？
寺町：うっ……！いや、そういう、わけでは……。
古城：ははは、いや失礼。ころころ表情が変わるのですね。
寺町：か、からかわないでください！
古城：ふふふ、申し遅れました、古城深也です。立ったままでは辛いでしょう、ベンチが空いていますよ。
寺町：わあ！では失礼して……それでですね！「喪に服す貴婦人」が私一番好きなんですが！
古城：本当に好きなんですねぇ。
<<場面転換>>
<<数日後、昼、寂れた公園>>
寺町：あっ！古城せんせー！
古城：ちょっと、先生はやめてくださいってば。恥ずかしいんですからね。
寺町：へへ、先生は先生ですもの！作品の考察とか、腑に落ちるものばかりなんですよ？尊敬してます！
古城：ここ数日で私をおだてるのが上手くなりましたね。ですがだめです。
寺町：じゃあじゃあ、師匠とかどうですか！
古城：あーあ、明日からここには来ないようにしようかな。
寺町：あー！ごめんなさいごめんなさい！許してください！
古城：調子に乗りすぎましたね、では。
寺町：あわわほんとに！許してください！さもないと、えっと……悲しくって泣いちゃいますよ！
古城：……泣かせるのは、よくない。
寺町：え、あれ？いつもならもっと……。
古城：人を泣かせてなならないと……随分前に教わりました。
寺町：古城、さん……？
古城：明日も来ますよ。
寺町：古城さん……顔、怖いですよ……？
古城：え、あれ。すみません、そんなつもりでは……はは、は。
寺町(M)：その時の古城さんの笑顔は、ひどく不器用で。泣いているようにさえ見えた。
古城：明日、また。
寺町：あの！……私の話に、なるんですが。
古城：……？
寺町：私、室伏紫苑の「相思葬愛」と言う作品に救われたことがあるんです。
古城：……愛を盲目に信じる女性と、その女性のありのままの姿を愛した男性のお話、でしたね。
寺町：そうです！結婚式で誓った愛は永遠のものと盲目的に信じ続けた結果、彼女は愛を信じられなくなります。
古城：しかしそれを切り捨てるにはかけた時間が長すぎた。騙し騙し延命していた愛がとうとう終わりを告げた。
寺町：その後少年とともに彼女は海に身を投げます。その真意は読者の想像に委ねる形になり、終幕。
古城：……後味の悪い話です。
寺町：でも、心揺さぶる。
古城：……ええ。
寺町：私も実は……水本と同じだったんですよ。結婚はしてませんがね。
古城：……。
寺町：相手ではなく、愛を信じていた。どこにでもいる女の子でした。相手に尽くさないことは不誠実だと断じていたんです。そしてそれが苦痛で、苦痛であることが不誠実だと思っていました。
古城：そこであの話を読んだ、と。
寺町：ふふ、そうです。彼女は歪みながらも鉄の心を貫きましたが、けれども最後には折れ海に沈みました。そしてそれは幸せだったように思います。あのお話は、私に逃げ道を教えてくれたんですよ。
古城：逃げ道、ですか……。
寺町：はい。……つまらない話を聞かせてしまいました。古城さんが、なんというか、昔の私と似た顔をしていた気がして、つい。
古城：……逃げ道。
寺町：なんだか今になって恥ずかしくなってきました……ちょっとカッコつけてた気もします！うー、元気付けたかっただけなんです！忘れてくださいね！！
古城：ふ、ふふふ、ちゃんとかっこよかったですよ。今ので台無しですが。
寺町：い、いじわる！
古城：あはは！……(ため息)次の週末、よければお会いしませんか。
寺町：………へ？
<<場面転換>>
<<早朝、山の展望台、朝霧に包まれている>>
寺町：せんせ〜……眠いです〜…………。
古城：目の覚める話をしてあげましょうか、この山には墓地もあって──
寺町：わーわー！もうだいじょうぶです！
古城：ふふ、ほらもう少しです。我慢して。
寺町：こんな霧の日に朝焼けなんかみなくても〜……。
古城：こんな日だから見るんです……おお。
寺町：せんせい？わあ……！
古城：……来てよかったでしょう？
寺町：はい……はい……！綺麗……！
古城：この展望台からは朝焼けが綺麗にみられるんです。こんなふうに霧がかかると、特に。
寺町：……室伏紫苑なら、この美しさを言葉にできるんでしょうね。
古城：どうでしょうね。幻想的だ、と一言で済ませるかもしれませんよ。
寺町：ふふ、そうかも。
古城：……(ぶつぶつと)煙る朝焼けは私たちの象徴だった。朝霧が紫苑の花を濡らす……。
寺町：あ！それ！
古城：……どうかしましたか？
寺町：私、家で室伏紫苑を全部読み直してみたんです、その言い回しがとても気になって！
古城：熱心ですね。
寺町：へへ、大好きですから！でもどこにも載っていなかったんですよ。それって、なんの本なんですか？
古城：今日は、その話もしようと思ってたんです。
寺町：……？
古城：知っていますか？室伏紫苑の作品のほとんどは、希死念慮から生まれているんですよ。
寺町：希死念慮……？
古城：はい。室伏紫苑は死にたいという欲求を、自分自身を模した登場人物に持たせることでしかお話を作れないんです。
寺町：たしかに、室伏紫苑は死ぬことと美しさを同一視しているような書き振りがありましたね。
古城：そうです。ですが今は、生きることの美しさを書こうと思ってるんですよ。夢のあるお話です。
寺町：ふふ、その言い方だと古城さんが書くように聞こえますよ。
古城：ええ、バレてしまいましたね。
寺町：え？
古城：初めまして。室伏紫苑です。
寺町：えっ、え、え、えええ！？
古城：ふふ、ころころ表情が変わる。
<<場面転換>>
<<寺町、古城、椅子に座りながら朝日を眺めている>>
古城：室伏紫苑、というのはね。私の、幼馴染の名前なんですよ。
寺町：へえ……！もしかして……前言ってた好き、というのは……。
古城：好きな人。そう、そうなんです。もう、十数年も前ですが……。
寺町：……？
古城：あの子、私と恋人だったあの子は……随分前にどこかへ引っ越したらしいです。私には何も言ってくれませんでした。
寺町：それは……。
古城：いつかどこか遠い町で、一瞬でも彼女の目に留まればと、この名前にしたんです。
寺町：……そうだったんですね。
古城：ははは、お恥ずかしい限りです。逃げられた女性のことを忘れられずに、その人の名前で本を書くなんて。気持ち悪い。馬鹿だ。
寺町：……そんなことありません。あなたの書くお話はどんなことが源だとしても、こんなにも綺麗じゃないですか。あなたの気持ちが美しいことの何よりの証明です。
古城：ああ……そういっていただけるなら本望だ。恥ずかしいことには変わりませんが。
寺町：ふふ、良いじゃないですか、とても純粋で。
古城：ははっ、あなた、本当に室伏紫苑が好きなんですねぇ。
寺町：ええ、それはもう！大好きですよ。
<<場面転換>>
寺町(M)：古城さんが、初めて笑った。今までも笑ってくれたことはあったけど、そのどれもが苦しげだったように思う。
古城：あれから、もうひと月になりますか。
寺町(M)：でもあの笑顔は、私に本心を告げてからの笑顔は、心からのものだったと思う。
古城：担当さんにはいつもご迷惑をかけてばかりです。
寺町(M)それが私には、とても嬉しくて。気を抜くと頬が緩んでしまいそうだ。
古城：寺町さんに伝えなくて良いのか？……いえ、いいのです。これで。
寺町(M)今日はなんの話をしよう。いや、古城さんが室伏紫苑なのだから、今までのお話の裏話なんか聞けるんじゃないだろうか。
古城：ええ。紫苑が見つかったから、です。
寺町(M)そうして時計の針は一列に12を指す。聞きたいことがたくさんある。話したいことも。寂れた公園がこんなにも鮮やかだ。
古城：まったくもって、恥の多い生涯でした。
寺町(M)：彼はまだ来ていない。ああ、待ち遠しい。
古城：その最期を、彼女には見てほしくない。
寺町(M)：そうして、古城さんが公園に来ないまま、ひと月が経った。
<<場面転換>>
<<昼。寺町、寂れた公園で一人弁当を食べている>>
寺町：(ため息)
男：……あの、寺町桔梗さんですか？
寺町：古城さん！？
男：あ、いえ、僕はその、古城先生の担当編集でして……
寺町：あ、ああ……すみません、てっきり。え？担当さん、ですか？
男：はい……その様子だとあなたも行方をご存知ないようですね……。
寺町：やっぱり古城さん、何かあったんですか！？
男：はい、あなたなら、何か知っているかもと思いまして……。古城先生なんですが──
<<間>>
寺町：……え？自殺、するかもしれない……？
<<場面転換>>
<<朝焼けの展望台。いつかのように霧がかっている>>
寺町：はぁ……はぁ……！古城、さん……！
古城：……あなたにここを教えたのは、間違いだったかもしれないな。
寺町：古城さん！担当さんから聞きました、ひと月前、自殺に失敗して入院していたこと！昨日病院から突然いなくなったこと！すごくすごく心配したんですよ。
古城：……なるほど、あの人はどこまでも優しい人だ。心配をかけてしまって、すみません。
寺町：ねえ、そんなところにいたら風邪をひきますよ？早く戻りましょう、今からなら──
古城：以前この山に、墓地があるという話をしましたね。
寺町：え……ええ、はい。
古城：私、見つけたんですよ。室伏紫苑を。
寺町：え……？
古城：ここにいたんです。こんな近くに。ずっと前から。
寺町：(息を呑む)
古城：私は、親から紫苑が引っ越したことを聞きました。それをね、私、信じていたんですよ。
寺町：……。
古城：でもこの間、ぽろっと、紫苑ちゃんが死んでお前も辛かっただろって。父さんが。
寺町：そんな……。
古城：考えてみれば当たり前でした。彼女は律儀だったから、私に何も言わずに引っ越すなんてあり得ない。私は幼かったから、恋人の死を受け入れられるほど強くない。優しい、優しい嘘だった。
寺町：なんてこと……。
古城：事故死、だったそうです。十数年も前に。
寺町：……。
古城：はは、面白いですね……。あんなにも探した彼女が、今では骨なんです。墓を掘り返しても面影すら感じることはできない。
寺町：あ、あの……なんて、言ったらいいか──
古城：今日、ここで捨てるつもりでしたが……せっかくです、もらってください。
寺町：え……これ、原稿用紙……？
古城：室伏紫苑は見つかりました。もう私には、こんなこと続ける理由がない。
寺町：(原稿を読む)煙る朝焼けは私たちの象徴だった……これ、これって。
古城：さよならです。それはまだ未完ですが、出版社に渡すなり燃やしてしまうなり好きにしてください。
寺町：え、まって、まって！その言い方だと、まるで死んでしまうように聞こえますよ……？
古城：そのつもりです。
寺町：(息を呑む)
古城：彼女に捧げてきた十数年、きっとどこかで生きてくれていたらそれだけでよかったんです。それだけで私は希望を持てた。真実なぞ決して知りたくはなかった。
寺町：ああ、そんな……。
古城：それは遺稿で、私の夢です。彼女に会えたら発表するつもりで書いた、幸せな夢。
古城：……夢はもはや覚めた。もう微睡む意味もない。
寺町：私、わたし……。
古城：あなたにも、お世話になりました。私の人生の最後と、室伏紫苑を認めてくれてありがとう。
寺町：私……もっと、もっとあなたと話していたいです。
古城：……さよならです。
寺町：わたしっ、わたし、待ってたんです。あなたがいないあの公園で、今日こそ、あなたがやってくるかもって。
古城：……。
寺町：ねえ、ねえ！気付いてるんでしょう？だってあの室伏紫苑だもの。心の機微を、人の心を描き続けたあなただもの！あなたにとってはもう帰らぬ人でも、私にとってはあなたが室伏紫苑なんだもの！
古城：室伏紫苑は墓場にいます。私の帰りたい場所も、生きる理由も、骨壺に納められました。彼女はもう朝焼けを見ない。
寺町：………………悲しくって、泣いちゃいます。
古城：……それは、卑怯だ。
寺町：私でいいじゃない。あなたの帰る場所も、あなたの生きる理由も、私が泣いてしまうからでいいじゃない。どうしてダメなの。ねえ、どうして……。
<<場面転換>>
<<数年後>>
古城：煙る朝焼けは、私たちの象徴だった。朝焼けが紫苑の花を濡らし……
寺町：だめよ先生。
古城：桔梗さん……先生はよしてくれ、もうしばらく書いてないんだから。
寺町：それでも、先生は先生だもの。
古城：きみも全く、強情だ。
寺町：そうでなきゃ、あなた何度死んでいるかわかりませんもの。
古城：かなわないな。
寺町：そうよ。ああ、釘を刺しておくけど。
古城：なんだい？
寺町：明後日はお祭りなの。一緒に来てくれないと、悲しくって泣いちゃうわ。
古城：泣かせるのは……良くない、か……。
寺町：私、楽しみにしてますから。
古城：ああ……。
<<間>>
古城：君には、昔からかなわない。
