煌めいたのは涙か雪か
銘尾 友朗様主催の『冬の煌めき企画』投稿作品です。
恋愛ものです。完全にフィクションですが、クリスマスにトラウマがある男性にクリティカルを起こす可能性が含まれています。
今胸の痛みを覚えた方は、覚悟の上お読みください。それ以外の方は気軽にどうぞ。
「先輩」
「!?」
突如かけられた声に、俺は驚いて顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔を、とりあえず袖で拭う。
「よ、よう。こんな遅くにどうした? あ、あぁクリスマスイブだもんな。そりゃ遅くもなるか。ははは」
「泣いてましたね先輩」
うぐ。誤魔化せなかったか。
「クリスマスイブの夜、公園のベンチで一人、プレゼントらしき袋を横に置いて、むせび泣く男……」
まるでドラマの探偵のように、指を振りながら歩く後輩。
やめろ! 言うな!
「ふられましたね先輩!」
「うるせぇ! 何でそんなに嬉しそうなんだお前は!」
ビシッと指を突きつけてくる後輩の満面の笑みが気に入らない!
「いやー、女子会の帰りに酔い覚ましにと公園に寄ったら、面白いもの見れちゃった! ほら見て先輩! 先輩の流した涙が街灯に照らされてキラキラしてますよ!」
「やめろバカふざけんな! 何高画質で撮ってんだ!」
「映画のワンシーンみたいですね! 待ち受けにしようかなぁ」
「お前マジでやめろ! 消せ! 消してくれ!」
大学のテニスサークルで話してる時は、ここまで馴れ馴れしい奴じゃなかったけど、酒に酔ってるからか?
「じゃあ話してください」
「な、何を」
「その涙の訳」
「……やだよ」
女に、しかも年下に話せるような事じゃない。
「じゃあこれ、グループトークで共有しちゃおうかなぁ。大会で初戦敗退しても、その後練習を重ねて次の大会で優勝しても泣かなかった先輩のレア涙! これは盛り上がりますねぇ」
「きょ、脅迫する気か」
「大丈夫ですよ。私今酔っ払ってますから、何を聞いても明日には綺麗さっぱり忘れてますって」
「……」
高画質で人の泣き姿を撮る奴の言葉なんか信用できるか。
「今日の女子会の報告上げないとなぁ。あー、酔っ払ってるから手が滑りそうだなー」
「分かった! 話す! 話すから!」
「先輩は素直で良い子ですね」
「頭を撫でるな! 横に座れ!」
俺の言葉に後輩は、肩が触れ合うほど近くに座った。座り直すフリをして少し距離を取る。
「……彼女にクリスマスデートの約束をドタキャンされて、当てもなく歩いていたら、他の男といる彼女を横断歩道の反対側に見つけてさ……」
「……先輩、彼女いたんですね」
目を見開く後輩。
「何に驚いてるんだお前は。そんなに意外か?」
「はい」
……こいつにどう思われたって関係ないけど腹立つな。
「で!? そこから信号が変わって修羅場ですか!?」
「いや、顔合わせないように引き返した」
「何で!?」
「いや、何でって、何言って良いか分からないし……」
「言うべき事なんて決まってるじゃないですか! 『俺の女に何してやがる!』『おい、こいつ誰だよ』『あの、違うの、これは……』『二股ってやつか』『ふざけた女だ』『こんな奴放っておいて飲みにいかねぇか』『あぁ、今夜は朝まで飲もうぜ』そして二人は夜の街に消えて」
「どこの世界の決まりだそれは! 俺とその男で新しいラブストーリーが生まれ始めてるじゃねぇか!」
「先輩、ナイスツッコミ!」
ケラケラ笑ってやがる。俺の話なんか面白半分にしか聞いてないんだろ。
「ちなみに付き合ってどれくらいですか?」
「……二ヶ月」
「デートはどれくらい?」
「……二回。今日が三回目の予定、だった」
後輩が息を吐く。溜息を吐かれる覚えはないんだけど。
「……ちなみにですけど、エッチなことはどこまでしました?」
「な、何を……!」
「キスくらいはしてますよね?」
「……してねぇよ」
また溜息。何なんだ一体。
「それ、単にクリスマス前のキープですよ」
「き、キープ?」
「クリスマスを一人で過ごすのが嫌な女が、とりあえず簡単に落とせそうな男をキープして、他の良い男を見つけたらポイ。先輩はその被害者です」
「な、何でそんな事わかるんだよ!」
「付き合いたてのカップルで、デート月一って明らかに少ないですよ!」
う、そう、なのか?
「……先輩、その人が人生初彼女で、なおかつ告白は相手からでしたね?」
「う、ぐ……」
「そしてデートは毎回全額おごり。違いますか?」
図星すぎて何も言えない……。
「私から見ても、先輩って女馴れしてないですもん。百戦錬磨からしたらカモですよ、カモ」
「……フラれるどころか付き合ってもいなかったのか、俺は……」
涙も出ない。愕然とする。彼女の行動に。そして自分の浅はかさに。
「だから泣く価値もないんですよ、その女。とっとと忘れるのが吉ですね」
「忘れるって言ったって……」
そんなに簡単には割り切れない。
「とりあえずその女々しく持ち続けてるプレゼントを捨てるところから始めましょうか」
「捨てる……」
銀のリボンが風に揺れる。あれこれ考えながら選んだプレゼント。これを捨てると思うと胸が苦しい。
「……あの、さ。良かったらこれ」
「要りません」
食い気味に断られた……。
「他の女にあげようと思ってたプレゼント渡されて喜ぶと思います? そういうところですよ」
「すみません……」
駄目だ、もう何をしても俺は駄目なんだ……。
「……まったく、中身は何ですか?」
「……マフラー」
「色は?」
「……赤と緑のチェック」
「ベタですね」
後輩は項垂れる俺の手からプレゼントを取り上げると、袋を開け始める。俺の代わりに捨ててくれるのかな……?
「はい」
「!?」
首にかかるマフラー! 何で!? フラれた証をずっと付けてろってこと!?
……駄目な自分にはお似合いか……。
「これでこのマフラーは先輩のものです。だから」
後輩はマフラーを取り上げる。顔を上げると、後輩の首にそのマフラーが巻き付いていた。
「先輩のものを私がもらうなら、問題ない訳です」
にっこり笑うその顔に、涙があふれてくる。
「せ、先輩!?」
慌てた様子の後輩が、背中をさすってくる。
「ご、ごめんなさい! こういう時は下手に慰められるとみじめになるかと思って……。言い過ぎました! ごめんなさい!」
違うんだ。何もかも駄目だと思っていた今日の自分が、マフラーを受け取ってくれた笑顔に救われた気がしたんだ。嬉し涙なんだ。だからそんなに謝らないでくれ。
気持ちは何一つ言葉にならず、ただただ涙がこぼれた。
「大丈夫、ですか?」
「……悪かった」
「いえ、こちらこそ……」
……気まずい。
「あの、さ」
「……何、ですか?」
「今日は、ありがとう。話聞いてもらって、思いっ切り泣いて、スッキリした。助かったよ」
「そ、そうですか。お役に立てたなら良かったです」
そっぽ向かれた……。
「ごめんな、すっかり遅くなっちゃって。送るよ」
「は、はい、ありがとう、ございます」
目を合わせてくれない……。
「家、どっち?」
「えっと、あっちです」
無言で歩く夜の道。辛い! 辛すぎる! 早く着いてくれ!
「あの、ここです」
「そ、そうか、うん、お疲れ」
やっと解放される……。今日は色んな事があり過ぎた……。帰って寝よう……。
「先輩!」
「ん?」
振り返ると、後輩が真剣な顔をして俺を見ていた。
「お勉強、しましょう!」
「は?」
「先輩の女の子への免疫の無さは心配です!」
ぐはっ! もうやめて!
「だから私が女の子との付き合い方を教えます! その、マフラーのお礼に!」
「そんな、俺の方こそ、もらってくれて嬉しかったから……」
「じゃあその借りを返すって事でも良いです! しばらく付き合ってください!」
「あ、あぁ、わかった……」
勢いに押されて頷く。
「とりあえず、明日、大学で! お疲れ様でした!」
「お、おう……? お疲れ……」
家に駆け込む後輩。何だったんだ……。
どっと疲れた一日だったけど、後輩のおかげで彼女だった女の事は大して気にならなくなっていた。
「お、雪、か」
街灯を反射してキラキラ光る雪。
そうだ、あの写真の涙も雪と言い張ろう。それがいい。
溶けてなくなる雪のように、あの涙を流させた気持ちは俺の中にないのだから。
読了ありがとうございます。
念のため言っておきますが、私の経験じゃないです。とある冬の名曲のアフターストーリーとして作ってみました。違います憐れみの目を向けないで!
さて泣きじゃくる先輩に、母性本能を刺激された後輩ちゃんの運命やいかに(続きません)。
また気まぐれに書いて参りますので、次回作もよろしくお願いいたします。