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女子高生が授業中に腹痛に苛まれるだけのお話

作者: 茶龍 眠兎

 ――きーきゅるるるるる……。

 私のお腹が嫌な音を立てていた。私にだけしか聞こえないような、お腹の奥の底で鳴ってるみたいな、そんな音。

 私は今、超絶お腹が痛いです。もうね、やばい。今すぐトイレに駆け込みたい。今年一七歳になる今までの人生の中で、小学校でも中学校でも、もちろん高校でだって、一度も学校で大きい方はしたことなかったけど……今回は流石にやばい。

 小学校の頃に立てた『学校で大きい方は絶対しない』という誓いを、私は今日初めて破る事にした。

 だけど……今は行けない。だって今は授業中。四時間目、現代文の授業。確かに手を挙げて、先生にトイレに行く許可を貰う……という手段はある。だけど、考えてみて欲しい。授業中にお腹を抑えながら、顔も冷や汗ダラダラ真っ青にしながら、『先生、トイレに行っていいですか?』 ……皆、私がお腹が痛いからトイレに行くのだと察するだろう。そして、お腹が痛い時にトイレに駆け込む奴は、十中八九大きい方を致すのだ。それは皆わかる。

 つまり、私が手を挙げて『お腹痛いからトイレ行ってきます』という事は……それ即ち、『私今からトイレで大きい方モリモリ出してきます!』とクラスの前で宣言するのと同義なのである!

 二月九日生まれのみずがめ座、現在一六歳の高校二年生の現役女子高生に、それは無理! 可憐な乙女心がノーだノーだと首を振る!

 だけど……正直、この腹痛は結構やばい。盲腸なんじゃなかろうか、と疑う程の痛みだ。盲腸の痛みとか、なったことないから知らんけど。まぁ要するに、かーなーり痛い。

 しっかしなんでこんなに痛いのかな!? 原因を考える。考えて気を紛らわす。朝ご飯と一緒に飲んだ牛乳……いや、あれは未開封のを開けたばっかの新品だったはず。流石に開けたばっかの牛乳でお腹こんなに痛くなるなんてことはないでしょ……。

 しかし、痛いなぁ……。考えてもわからないことを考えたって、お腹は痛み続けるだけだった。こんなこと言いたくないけど、さっきからもうお尻の穴にずっと全力で力入れてる。こんな痛み、正直生まれて初めてかも。明日、肛門の……括約筋って言うの? そこの辺りが筋肉痛になるかもしれない。

 時計を確認する。今は一二時五分。四時間目が終わって昼休みが始まるのが、一二時四〇分からだから……まだ後三五分もあんの!? 嘘だろふざけんなよ!

 突然手が震えてきた。あまりの痛み、そして残り時間の絶望感に、背筋がゾクゾクしてくる。背骨の芯から伝って上がってくるみたいなゾクゾクだ。

 あーやばいなこれ、漏らしたら絶対何かしら裏で言われる……。最悪いじめられる……。尊厳のためにも漏らすわけには……いやしかし、手を挙げてトイレ行ってきます報告するのも嫌だ……。

 丁度その時。


「それじゃあ、一二二ページの三行目から先生がそこまでって言うまで音読してもらうぞ~。えっと……今日の日付は」


 先生がそう言いながら今日の日付を確認していた。この先生は、生徒を当てる際には必ずその日の日付を基にする。例えば今日は九月九日だから、確実に出席番号九番の人が当てられる。その後は倍数か約数、もしくは一九とかそういう九がつく番号の人だろう。私の出席番号は四番だから、絶対今日は当てられない……! 正直今、少しでも動くとお尻からひょっこりはんしそうだから助かった……とりあえず一安心だ。ってか、ひょっこりはんとか懐かし。


「それじゃ、九月九日……漢字の九は二画、それが二つ並んでるから()×()()()()()! 押井優子おしいゆうこ~」


 いや何でじゃッ!?

 何そのトリッキーな決め方! いつもなら『九月九日だから、もうわかってるとは思うが九番だな』みたいな感じで決めてるじゃん! 何でよりにもよって今日、そんなアレンジ加えてきた!? 大して面白くもないし!

 私が脳内でそうツッコんでいる間にも、先生は私の名前を呼び続ける。


「押井~。押井? あれ、今日は休みか?」


「……は、は~い」


 私はお腹とお尻に響かないように、優しく席を立ち上がった。

 ここで大事なのは、誰にも私の不調を悟られないことだ。もし悟られたら、おせっかいさんが『押井さん、なんか顔が真っ青です』とか先生に伝えやがるかもしれない。そうなったら、先生は恐らく『保健室行くか?』と私に聞いてくる。

 それは非常にまずい。まず、私が行きたいのは保健室ではなくトイレである。仮に保健室に連れていかれたとして、保健の先生の診療を受けてる間にも、私のお腹の中の魔物は刻一刻と外界へと足を延ばしてくる。保健の先生は多分、診療が終わり次第ベッドに寝かしてくるだろうが、私はベッドに寝そべりたいのではなくトイレの便座に座りたいのだ。ベッドに寝かせられたらそこでジ・エンド。ベッドに大きな茶色のシミを作る羽目になる。

 だからと言って、保健室への誘いを『大丈夫です』と断ったとしよう。そうしたなら、その場は一旦それで収まる。でもしかし、やはり問題は起こる。その瞬間、クラスの皆の記憶に『押井さん体の調子悪そうだったな』という一文が刻まれることになるからだ。もしかしたらその記憶は授業を受けているうちに薄れていくかもしれない。しかし、薄れていくだけでそれは消えはしない。一時間以内にこの退屈な授業の中で起きた少し異質な出来事は、きっと皆薄ぼんやりと覚えているだろう。そして、授業が終わった瞬間! 私はきっとトイレへと全力ダッシュする。その時、トイレに駆け込んでいく私の姿を見た人がいた場合、恐らくその人の脳裏に『体の調子が悪そうだった押井さん』の記憶が蘇ってしまうのだ。そしてその人の脳内で、勝手にバラバラだったピースが繋がっていくみたいに、こんな感じの憶測を建てられるはずだ。『押井さん、お腹痛かったんだな!』 そして、トイレへと駆け込んでそのまま長時間出てこない私を見て、またその人は思う。『今、踏ん張ってるんだろうなぁ』……とッ!

 私は誰にも、学校で大きい方してるってバレたくないの! バレたくないから今我慢してるのに、結局その後でバレちゃうんじゃ意味が無い!

 だからこそ、今この場は、誰にも体の不調を見抜かれるわけにはいかないのだ。頑張れ私行けるぞ私、私の演技力はディカプリオをも魅了する!


「……はい、立ちました」


「おっ、おう……どうした押井、なんか顔がデューク東郷並にいかついぞ」


「元からこんな顔です」


「先生の知ってる押井はそんな懲役三〇〇年の判決を受けたアメリカの囚人みたいな表情していなかったと思うが……」


「問題はなんですか?」


 うるさいなもう、早く終わらせてよ……立ったせいでちょっとお尻の力の入れ具合も変わるんだから……!

 先生は未だに戸惑ったまま、教科書を指し示した。


「あ、教科書の一二二ページの三行目から音読してくれってことなんだが……」


 お、音読か……すぐには座れないやつだし、長々と喋らなきゃいけないのも大変だ……。もし、声が震えたりしたら、体の不調を疑われてもおかしくないし……。

 ……よし! 読むぞ! アイ・アム・ディカプリオ!

 私は教科書をバッと開き、音読を開始した。


「『“ブリ”トニーは戸惑った。どうして私の(“うん”)はこんなについていないのかしら。財布を落としたから、電車の運賃(“うんち”ん)が払えないわ。これじゃあ、“ブリュッ”セルに行くことも、クリーム“ブリュ”レを食べることもままならない。何かないかしら、この運行(“うんこ”う)している電車に乗る方法……。あっ、そうだわ! “うん! こ”の方法なら行けるわ!』」


 何だこの駄文は。

 気のせいなのか腹痛のせいなのかわからないけど、やたらブリブリ言ってたりうんちうんこ言ってる気がする。そして文章レベルが低すぎる。日本の高校教育は大丈夫なのだろうか?

 そして私のお腹は、この駄文のせいで精神的に猛烈に刺激されており……やばい……。

 今すぐ私のお腹の中にワープゲートが開いて、腸の中のモノ全てトイレに流し去ってくれないだろうか、なんて妄想をしてしまう。ああ、お腹痛い……!

 とかやってるうちに、先生のストップの号令がかかった。

 いやぁ、ようやくこれで座れる……と思ったその時。

 先生が涙で目を真っ赤にしながら、拍手をしていたのだ。


「ブラボー! ブラボーだったよ押井! とてもよく感情のこもった、素晴らしい音読だった! 先生感動しちゃって、もう……ああ、俺、教師になってよかったなぁ!」


 イカれてんのか?

 私は失礼ながらそう思った。だって、私が『早くうんこしに行きてぇ』って感情込めた音読聞いて、涙流してるんだよこの人。涙流した挙句、自分の教員生活最高の幸せみたいな表情浮かべてんだよ。イカれてんでしょ。

 後、拍手とかしないで……大きい音、お腹に響くから……。

 私がお腹を抑えながら苦笑いを浮かべていた、その時。

 わっ、と、クラスの皆が一斉に拍手喝采を浴びせてきた。


「俺も感動したぜ押井ー!」

「優子~、あんた音読の道に進みなよ~!」

「押井さん、あなたの音読を聞いて惚れましたっ、付き合ってください!」


 イカれてんのか!?

 私はクラスの皆にそう思った! だって、私がはようんこ以下略感情込めた音読で……クラスのお調子者の神崎くんは机の上に立って私に親指立ててくるし、親友の海香はハンカチ片手に泣き腫らしてるし、クラスで一番頭がいい佐原くんに至っては私に交際を迫ってきている!

 改めてもっかい言うね! イカれてんだろ!

 何よりもう、拍手喝采がお腹に響いて辛いのなんの。

 と、その時先生が私の机の前に立って、一枚のチラシを差し出してきた。


「……なんですかこれ」


 先生は白い歯を見せて笑って答えた。


「来月、市民体育館でスピーチコンテストが開かれる。押井、お前なら優勝できる……参加しよう!」


「お断りしますッ!」


 私はそう叫ぶと同時に、ちゃぶ台返しみたいに机をひっくり返して、教室から逃げるように飛び出した。もう、なりふり構ってられないくらいに、お腹が限界を迎えてしまったのだ。

 何あの異様な空間本当に気持ち悪い! そして私はうんこをしたい! もう限界! 拍手喝采がお腹に響いて仕方がない! 拍手喝采って多分便秘に効くと思うから、便秘に悩んでいる人は欽ちゃんの仮装大賞でもノーベル賞でも取ってみるといいんじゃないかな! 拍手喝采浴びようぜ!

 私は教室を飛び出し、全力ダッシュでトイレに駆け込もうとする……が。


「待ってくれ押井~!」

「スピーチコンテスト、出なよ~!」

「押井さん、アイラヴュ~!」


 なんと、クラス総出で私を追いかけてきていた。

 振り返ると、涙を流しながらスピーチコンテストのチラシを持って廊下を走る先生とそれについてくるクラスメイト達の姿が。……そして、どこからいつ調達したのかわからない、バラの花束を抱えた佐原くんはもう見ないふりをした。

 廊下を走って追いかけてくるクラスメイト達に、私は遂に声に出して叫んだ。


「イカれてんのか!?」


 だが、彼ら彼女らは止まる気配を見せない。

 とにかく一旦こいつら撒いて、それからトイレに駆け込もう……!

 私は窓からスパイ映画ばりのアクションで飛び出し、茂みの中に着地した。逃げ回っているうちに、一階に来ていたようだったので、特に怪我はない。問題は、今のアクションによって、更にお腹に刺激が与えられてしまったということ。もう今、ゲーム終盤のジェンガ並に、私のお腹はギリギリの状態だ。

 まぁ、だけど? 先生やクラスの皆は目論見通りに私を見失ったみたいだし? とりあえずこれで一安心……かと、思ったら。


「おお? なんだァ、テメェ」


 ……たまたま、私が飛び込んだ窓の外には、授業を絶賛サボり中の不良さん達がいました。未成年喫煙してる最中でした……。

 不良さん達は早速、私を寄ってたかって取り囲んできた。前方左右は計三人の不良さん、後ろは校舎の外壁。逃げ場はどこにもない。

 ……もぉ~~~~~~! なんで!? 私ただうんこしたいだけなのにぃ!

 私が自分の不運を嘆いていると、昭和でもこんな奴はいねぇだろって思うような、ナマコみたいにセットされたリーゼントにサングラスかけて、黒長学ランにぶかぶかのボンタン履いた不良さんが、私を睨みつけて凄む。


「おいテメェ……授業中に何やってんだぁ?」


 こっちのセリフだよ!

 私はそう叫びたくなるのを必死で堪えた。流石に不良さんにそうツッコむ程メンタルはタフじゃない。

 しっかし……よくやるね、本当。授業中にサボって、校則違反の制服と髪型で、未成年喫煙とは……。タバコの値段も上がったのに、もはや感心すらしてしまう。

 私がそう考えていると、不良さんの一人、金髪のチャラチャラした雰囲気の人が、私に顔を近づけながら、微笑を浮かべた。


「ねぇキミ……俺達が今ここでヤニ吸ってること誰かにチクったら……どうなるかわかるね……?」


 うっ……この金髪さん、この中じゃ一番イケメンなのに……タバコ臭い……。残念な人だ……。

 私があまりの臭いに思わず顔をしかめていると、突然私の顔の横をゴヒュゥッ、と何かが高速で通り抜けた。

 これは……キックだ。私の顔の横に、キックが飛んできたんだ。その証拠に、今私の顔の横には、ピアスを耳や鼻や唇にいっぱい開けた不良さんの足が突き立っている。

 そのピアスさんは、私に向かって大きな声で怒鳴り散らした。


「っんだ女テメェゴラァ! 何顔しかめてんだオイィ!? 犯されてぇのかァ!?」


 ひぃぃぃぃぃぃぃ……怖いよこの人……。

 私は突然ブチ切れるピアスさんを前に、へたり込むことしかできない。へたり込むことしか……その時だった。


 キー、キュルルルルル……。


 お腹が嫌な音を立てた。

 この音は……ヤバい時。もう限界近い時の音だ。多分、不良さん達と遭遇した時のストレスや今のキックの衝撃、ピアスさんの大声で、遂に私のお腹の中のモンスターが産声を上げようとしている。

 私は急いでその場を立ち上がり、ペコペコと頭を下げつつこの場を立ち去ろうとした。はよトイレに行きたい。

 だけど、そんな私を不良さん達がみすみす見逃してくれるわけもなく。

 私はピアスさんに肩を掴まれて、無理やり胸ぐらを掴み上げられた。


「おいテメェ何逃げようとしてんだゴルァ! 俺達が誰だか知ってのことかァ!?」


 あ……やばいやばいやばいなコレ。胸ぐら掴み上げられたせいで、私のお腹が、肛門がリミットブレイク。

 話は変わるけど。人には、火事場の馬鹿力、というものが存在するという。その馬鹿力の発動条件は、火事場などの、本当に大ピンチな時だ。

 そして今、私のお腹は大ピンチ。女として、人としての尊厳も、気を緩めるとぶりぶり消えてしまうだろう。


 ――要するに。今の私は、火事場の馬鹿力の発動条件を満たしていた。


 私はピアスさんの両腕を握り締めた。ぎゅっとぎゅっと、強い強い力で。きっと今、私に握力計を持たせたら、針がバビュンと一周するに違いない。それぐらいの力で私はピアスさんの腕を握り締めた。

 私のその万力のような握力に、ピアスさんはカラスの喉が潰れたかのような悲鳴を上げた。


「ギょッ、グエアアァッァぁぁアッぁアァ!?」


 私はそのまま、悶えるピアスさんを一本背負いの形で投げ飛ばした。ピアスさんはそれだけで、泡を吹いて失神した。


「おいテメェ!」

「キミィ……喧嘩を売ってるってことでいいんだよね……?」


 仲間のピアスさんが失神させられたのを見て、リーゼントさんと金髪さんの二人も、怒り心頭と言った様子で私を睨みつけてきた。

 先に絡んできたのはそっちでしょーが……!

 私は明確に反抗の意思を伝える。


「どいてください……!」


 私はそう言うと、不良二人にダッシュで駆け寄り、二人の頭を左右の手で鷲掴み、肉食獣のような咆哮を上げて、二人が反応する間も与えずに思いっきり校舎の壁に叩きつけた。


「ウオラァァァァァァァァァ!」


「「オンギャアアアアアアアアア!?」」


 バゴゥン!

 二人の不良さんの後頭部と校舎の外壁が衝突する音が、辺りに花火を打ち上げた時のように響き渡った。

 そして私は、力を失ってお尻から崩れ落ちる二人に、最後に今までのイライラを凝縮した一言を吐き捨てた。


「私はとっととクソしに行きてぇんだよこのクソ野郎共!」


 そう言うと私は、急いで校舎へと窓からよじ登り、周りの目に細心の注意を払いながら、トイレへと駆け込むのだった。



 △▼△▼△▼



 一か月後。

 あの授業中腹痛事件以来、私の高校生活は大きく変わった。


「押井さん、僕と付き合ってください!」


 まず、クラスで一番頭がいい佐原くんが、ちょくちょく私に交際を申し出るようになった。最初は恥ずかしかったけど、酷い時は一日に一〇回近く頼み込んでくるので、今ではただただ面倒にしか感じない。

 今日も私は適当にあしらう。


「あーはいはい、それじゃあ今度の土曜にどっか行こうか~?」


 こうやっていつも通りに断って……あえ? 今私何つった?

 今私、口滑らせて、デートの約束取り付けなかったか?

 急いで訂正しようとするが、もうその頃には佐原くんは顔を満点に輝かせていて……断れる雰囲気ではなかった。


「はい! 是非ともお願い致します!」


 綺麗な四五度のお辞儀をすると、佐原くんはスキップしながらどこかへ去っていった。

 ……全く、よく飽きずに懲りずに、私に拘るものだ。……正直、最近では、彼のそういう愚直な所が少し好意的に見えているのも事実だ。


「……ま、たまにはいっか。一日こっきりのデートくらい」


 私はそう言って一人で苦笑した。

 そして、私の高校生活の変化点はまだある。


「姐さん! 今日もおはようございます!」

「先輩……今日もとても……美しいです……」

「押井の姉御ォ! 焼きそばパンとコーラ買ってきやしたァ!」


 ……あの時の、リーゼントくんと金髪くんとピアスくん、不良三人組が、私の舎弟になりました。

 一応言っとくと、私は断ってるよ? 舎弟とか要らないし。でも、この三人全然聞いてくれなくて……しかもこいつら、一年生の後輩だってんだから、もう驚いた。絶対三年生の先輩だと、勝手に思い込んでたから……。


「……あんた達で食べな。今私、お腹空いてないから」


 とりあえず私は、差し出された五個以上はある焼きそばパンと五本のコーラを、そのまま三人に押し返した。

 こいつらの中で私のイメージどうなってんだ。私が大量の焼きそばパンをむしゃむしゃ食らい、五本のコーラをごぼごぼ胃に流し込むフードファイターにでも見えてるのだろうか。


「「「ありがたくいただきます!」」」


 三人は、声を揃えたいい返事で、私に買ってきてくれた焼きそばパンとコーラを引き取って帰っていった。

 はぁ……私の高校生活の変化の大半は、こいつらが原因だ。こいつらが舎弟に勝手になったことで、私はこの学校の裏番的な存在として皆に周知されることになってしまったのだ。

 そのせいで、私に近づく男子は佐原くんくらいになっちゃったし……女子友達も減ったし……何か変な噂も立ってるし。

 と、この騒動以前と以後で、唯一関係性が変わらなかった親友の海香が、私の席に近づいて、目を光らせてきた。

 この光は……新しい私関連のガセネタを掴んできた時の顔だ。

 海香はにこにこ笑いながら、嬉々としてその掴んだ噂の真偽を聞いてきた。


「優子、今日聞いたんだけどさ。優子の家って、ブラジルにプランテーション農園持ってて、そこで貧しい農民を奴隷みたいに働かして、大麻大量栽培して売り捌いて、そのお金でフリーメイソンの活動資金を裏で支援してるって話、本当?」


「聞いた時点でガセだって気づこう!?」


 私は大声でツッコんだ。

 しかし海香は懲りる様子もなく、にへらと笑って頬を掻いた。


「いやぁ……優子なら、もしかしたらって思って」


「海香の中での私のイメージどうなってるの!?」


「油田持ってるって話も聞いたけど」


「もし持ってたらこんな日本の公立高校なんかに通ってねーよ!」


 ……海香との会話が、若干変わった。これもあの日以来の変化点だ。


「その噂、誰から聞いたの……」


「クラスのお調子者の神崎くん」


「アイツ……」


 主に、こういうとんちきりんな噂のほとんどは神崎くんが流しているらしい。いつか、舎弟達に軽くシメてもらおうと思う。

 ……まぁ、あの日以来、私の毎日は結構変わっちゃったけど。それでも、結構充実してるって、私は思う。

 私自身も、少し変われた気がする。結局あの後、先生の申し出を受けて、私はスピーチコンテストに参加することになった。強制されたからじゃない。ただ何となく、あの日、全てを出し切った時に……やってみようって、そう思ったから。

 来たるコンテストの本番は、来週の日曜日だ。私は今から、来週のことを考えて、期待と不安を覚えていた。



 △▼△▼△▼



 そんなことを呑気に考えていたのが、先週のこと。

 今はスピーチコンテストの本番で、私の番が次に回ってこようとしている所。

 そんな中……。


 ――きーきゅるるるるる……。


 私のお腹は、過去最大級に痛みを訴えていた。

 それと同時に覚える嫌な予感。


 きっと、私の人生は、今日を境に、きっとまた一変する。


 一か月前のあの日の腹痛みたいに、きっと此度の腹痛も、私の人生を変えることになる。確証はないけれど、多分そうなる気がしてる。


『次のスピーチは、八番。押井優子さんのスピーチです』


 ああ。私の名前が呼ばれてしまった。

 私はゆっくりと立ち上がり、お腹を刺激しないようにのそのそと舞台裏から壇上へと上がる。片手に『女子高生が授業中に腹痛に苛まれるだけのお話』というタイトルのスピーチ原稿を握り締めながら……。

もし良ければ、評価や感想などお願い致します。

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