令嬢は寒さに耐えられない!
こんにちは。
お布団のぬくもりが恋しい今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
名乗りもせず、失礼しました。私は前世日本人の夏来香、現世ヒューミード男爵家のレテ。エアコンがある世界から、エアコンがない乙女ゲーム世界のヒロインに転生した、暑さ寒さに耐性がない現代っ子です。
この世界にある唯一の希望、気温調節の魔法陣はとても高価で、貧乏男爵家の私では買えません。
そのために、乙女ゲームのシナリオ通りに王子を攻略して、気温調節の魔法陣がある王宮で暮らせないか画策してみたり、……まあその、あれこれ試行錯誤してみたものの、結局、夏涼しい北部地域で汗もかかずに暮らし、冬暖かい南部地域でぬくぬく過ごすべく、冒険者になりました。氷の魔法使いとパーティーを組んだところまでは以前にお伝えしたと思いますが……
みなさまには夏にご挨拶したきり、ご無沙汰しておりましたね。
お変わりありませんでしたか?
私の近況についてお知らせしますね。
今、いろいろあって、雪山でビバークしています。
本当なら、今頃は南の暖かな地域にいる予定だったんですが……発端はリヴィ、パーティーを組んだ氷の魔法使いの一言でした。
「気温調節の魔法陣、作ったらいいんじゃないか?」
気温調節の魔法陣が高価すぎる、という雑談をしていたところでリヴィから出た言葉に、
「それは考えてもみなかったわ」
目からウロコでした。
「自分で素材を集めて作れば、実質無料。冒険者なんだし、素材集めは仕事のうちだろう」
いいね!無料!
なんという魅惑の言葉!
「リヴェール・フロワ、あなたのこと尊敬した」
感動をこめてフルネームで誉め称えたら、え、そんなことで?というあっさりした返事がかえってきましたよ。
「今までは俺ひとりだったから素材集めも難しかったが、光魔法が使えるきみと組んだ今なら可能かもしれない」
「かもしれない、じゃないわ。可能にするのよ」
強気に出ました!
私、もう熔けるような夏の暑さも、凍るような冬の寒さもごめんです。
「高く売りつけてやろう……」
「これで毎日快適ライフね」
気温調節の魔法陣を希求してやまない気持ちは完璧に一致して、私とリヴィはがしっと握手をかわしました。
「今から集めるなら、まず秋の魔法石だな」
「秋の魔法石?」
「気温調節の魔法陣を作るには、四季の魔法石が要る」
「詳しいね?」
「平民だが、これでも元近衛騎士だからな……というか、なんで貴族令嬢のレテが知らないんだ?魔法学園で教わらないのか?」
貴族令嬢がみんな勉強好きというわけではないよ!と声を大にして言いたいですね。
でも、さすがに苦手を自己申告したくなかったので、ちょっと考えました。えーと……
「……てへぺろ?」
「どういう意味かわからないが、ごまかそうとしているのはわかった」
「鋭い」
ふー、とため息をつかれた気がしたけど、そんなことは気にしません。
気温調節の魔法陣の前には、リヴィのため息など無意味です。
大事の前の小事!
「秋の魔法石は、ポワソンの中でもまれに現れる大きな雌、ラールポワソンから採れる」
「ラールポワソンね。覚えた。」
そのときは、ポワソンが何かわかりませんでしたけど、魔法石が採れるくらいだから魔獣だろうと想像しました。
そういうわけで、四季の魔法石集め、まずはラールポワソン狩りに乗り出したわけですが……現実は甘くないですね。
秋深まる森の中、北部地域で見たのは、川を遡上するポワソンの大群。
水面を埋めつくす勢いの数に、私もリヴィも唖然です。
というか、秋に川を遡上するこのポワソンなる魚、これはしゃけですね。
ポワソンとかいうから何かと思ったけど、どうみてもしゃけ。
「えっと、この中からしゃけ……じゃなかった、ラールポワソンを探すの?」
けっこう、かなり、いやむしろ絶望的な数。
「……というか、探せるの?」
「手当たりしだい乱獲すれば、一匹くらいは、たぶんな」
「わー気が遠くなりそう」
「今使われてる秋の魔法石も、漁師が捕まえたポワソンの中から偶然見つかったのがほとんどだぞ。運任せだが、これが正攻法なんだ。やらないのか?」
「やる。絶対に見つける」
捕まえたしゃけのうち、一番大きなものだけ手元の簀に残しては、キャッチアンドリリースをくりかえします。
いったい何匹捕まえ、見比べてはまた川に戻したでしょうか……
「どれも同じに見えてくる」
深いため息とともにリヴィがぼやいたのは、日もずいぶん傾いた頃でした。
キャッチアンドリリースは、何百回くりかえしたか、もう覚えてもいません。
リヴィが頭痛をこらえるように額に手を当てていたので、回復魔法かける?と、きこうとして……そのとき私は強い違和感を覚えました。
すごく嫌な感じがしました。
「リヴィ、なにか、変な感じがしない?」
「なにって、なにが?」
「なんていうか……私の魔力と、ものすごく合わない感じのなにかが近づいてるような……」
「光属性と合わない……?」
リヴィが眉を寄せたのは一瞬で、すぐに木の陰にひっぱりこまれ、抱きこまれました。
「なにす……」
「【光の結界】!早く!」
切迫した声に、言われるがまま【光の結界】を発動すると。
同時に、下流に巨大な黒い影が現れました。背筋が粟立つような、凶烈にしてあまりにも禍々しいその気配。
舌打ちするリヴィの腕の中で、私は息をのみました。
「【死の爪】だ。あれ一体で村が壊滅する」
「!」
名前からして、おぞましい魔獣のようです。
【光の結界】の有効範囲は、前世基準で直径1メートルほど。結界展開中はその場から動けませんが、そのかわりに結界内はあらゆる攻撃を通さない絶対安全の聖域という便利なものです。問題は有効範囲が狭すぎることですが、村が壊滅する魔獣と聞けば、リヴィを結界の外に追い出すわけにもいかず、抱きすくめられているのを咎めることもできません。
私はそのままじっと目をこらし、魔獣の正体を確認しました。
……クマー!
クマです。
ああ!
そっかーしゃけだもんね、クマ来るわ。
「ポワソンがたてる水音で気がつかなかったな……今日はあきらめるぞ。【光の結界】を切ってくれ、移動する」
リヴィが決断しました。
「向こうもこっちには気がついてるだろうが、このまま撤収すれば戦闘にはならないだろう」
クマを刺激しないよう、リヴィがゆるゆると後退をはじめました。でも、私の目はクマに釘付けです。
というか、たった今、クマの強靭な顎に捕らえられたしゃけに。
「リヴィ、待って。あれ」
リヴィの腕をがしっとつかみ、クマを指さしました。
「あれ、ラールポワソンに見える」
クマの巨体に見劣りしないサイズの立派なしゃけです。
「……そうだな。俺にもそう見える」
リヴィのにがい声が聞こえました。
「秋の魔法石は【死の爪】にも極上の餌なんだな。だから本能的に、ラールポワソンがどれかわかるんだろう……」
魔獣なら当然なのか、などとつぶやいているリヴィに、私は宣言しました。
「【死の爪】なんかに秋の魔法石は渡さないわ!私たちがもらう」
「……は?」
絶!対!に!
気温調節の魔法陣を作る!
私はすっと木陰を離れました。
全力で河原に飛び出し、即座に【閃光】を最大威力で叩きこむ!
まばゆい光に視力を奪われ、驚いて動けないクマ。
クマの口から落ちたしゃけを横からかっさらう私。
「獲ったどー!」
両手でしゃけをかかえて、つい叫んでしまうのは前世の記憶のせい。たぶん。
「うしろ!」
リヴィの声に振り返ると、視力を回復したクマが憎悪に狂った目で立ち上がるところでした。
「っ……」
「避けろ!」
クマの鼻っ柱にリヴィの【氷槍】。
その一瞬が生死を分けました。
私が横に転がるのと同時に、それまでいた場所が大きくえぐれます。
「効いてない!」
続けざま、リヴィが【氷縛】を発動。その間に私はしゃけを抱えたまま、リヴィに駆けよりました。
「【氷縛】でももたないか……」
わずかな時間で振り払われた【氷縛】。こちらを敵と認識したらしいクマと睨みあいました。
「逃げよう」
「どこにだ。あれは人里まで追ってくるぞ。そうなったら……」
村が壊滅するんですね、了解。
「じゃあ、向こうに諦めてもらおう」
「俺たちがあきらめる選択肢はないのか」
「今あきらめたとして、この大群の中から秋の魔法石、見つけられる?」
リヴィは今日の成果をかえりみたのか、短い沈黙。
問いに対して問いが返ってきました。
「……策はあるのか?格上だぞ。近衛騎士でも五、六人でかかる相手だ」
クマに出くわしたのも偶然なのに、策なんかあるわけがありません。
動き出したクマに、私は再び最大威力で【閃光】を放ちました。
速い。
最大威力の【閃光】は視界こそなくなるものの、何のダメージもないことはすぐ学習されそうでした。
見えないまま猛進してきたクマを回避。左右に分かれました。
「【回復】があるんだから、体力はこっちのほうが上よ!」
「それは体力だけで力押しするって聞こえるが?!」
「『ゾンビアタック』よ。リヴィがんばって!」
「はぁっ?」
クマはしゃけを持っている私のほうに向かってきました。【光の結界】にとじこもってクマと対峙。
「それをやると、回復役の君が死んだとき俺も死ぬだろ?!」
「リヴィが即死しないかぎりは責任もって回復するから」
「ひどい」
『ゾンビアタック』の概念を理解してもらえたのかどうか定かではないものの、リヴィの攻撃は開始されました。どれだけ怪我をしても、私がすぐ回復させるので、傷も疲労も残りません。
クマの分厚い毛皮を前に、リヴィは大ダメージを通せないらしく、手数による急所突破に賭けて執拗な攻撃が続きます。ときおり、クマの狙いがリヴィに向きますが、【光の結界】を切ったり私から【閃光】を放って、その都度クマをこちらに向かわせました。いわゆるヘイト管理ですね。
そのうちに、クマの攻撃もだんだんと鈍ってきました。
そして、何度目かの重傷から復帰したリヴィからクレームが来ます。
「これで被虐趣味に目覚めたらどうしてくれる」
「たぶん、大丈夫じゃない?」
「何を根拠に」
「だってリヴィ、もとが嗜虐趣味っぽいから。これで反対側に振れれば、ちょうどノーマルになるんじゃない?」
「な・ん・だ・と!」
怒りに任せたリヴィの【氷槍】がとうとうクマの毛皮を食い破りました。
首筋に突きたった【氷槍】!
グウォォゥッ!
苦悶の咆哮が空気を震わせ、後ろ足で立ち上がったクマが……
身構えた私とリヴィに、ついに背を向けました!
四つ足で、走るように森の奥へ消えていきました。
「……勝った」
「勝った…………というか、どうにか追い払えたな」
大きく息をついたリヴィに、
「『ゾンビアタック』の勝利よ」
勝利宣言した私でしたが、リヴィの視線は、まるで【氷槍】でした。
「無謀すぎる。だいたい、光魔法の使い手のくせにえげつない」
「でも、それで勝ったんだし」
リヴィが呆れたような顔を向けてきました。
「きみは持って生まれてくる属性を間違ったんじゃないか?」
「それこそどういう意味よ」
「言葉通りだ」
何のことでしょう?とばかりに見つめると、あきらめたようにリヴィが首をふりました。
「……秋の魔法石があるか確認しよう」
「村に戻ってからね」
秋の魔法石も大切ですが、しゃけを無駄にする気はありません。残念ながら醤油はありませんが、でも、イクラも塩漬けなら可能だし、焼きじゃけや燻製は十分食べられる……はず!
結果的に、秋の魔法石はラールポワソンの筋子の中から二つ、見つけることができました。
それは指の爪くらいの大きさの石で、かざしてみれば透きとおるような赤みがかった金色、イクラの色というか……
「秋の豊穣の色ね」
「秋の魔法石だからな」
リヴィはあまり感慨もないようですけど、私は気分も軽やかに、美しく赤や黄色に色づいた落ち葉舞う道を踏みしめました。
※ラールポワソンは村のみなさんと一緒に美味しくいただきました。
こうして、私たちは秋の魔法石を手に入れたのですが、もちろん、次は冬の魔法石です。
「冬の魔法石には、出現条件があるらしい」
「条件?」
「まずは、その年の初めの日であること」
「……」
この瞬間、新年をリヴィと迎えるしかなくなったわけですが。
「あとは、極寒であることと、よく晴れた静かな朝。これまでに冬の魔法石を見つけた人たちの証言によると、そういうことらしい。証言によれば、冬の魔法石は空気中にきらきらしながら漂ってるらしいぞ」
……もしかして、ダイヤモンドダストでしょうか?
「秋の魔法石よりも運の要素が必要に思えるかもしれないが、俺はきみがいればそう難しくないと思う」
「そっか、【光の結界】ね」
直径1メートルとはいえ、よく晴れた静かな、という条件は【光の結界】を使えば出現させることができます。
「でも、極寒って、どれくらい……?」
「俺にもわからん」
「最北端の村じゃダメかな?」
まだそこまで寒くもないのに、震え声になってしまったのはなぜでしょうね?
「最北端の村でも、冬の魔法石が採れるのは十年に一度くらいらしい」
「え……」
嫌な予感しかしません。
「じゃあ……」
「より、確実に寒いところに行くしかないな……」
リヴィが無表情に、雪を頂く山々を見上げました。
そして、最北端の村で準備をととのえた私たちは新年に間に合うべく、雪山に踏み入ったのでした。
そこで冒頭に戻ります。
激しい吹雪に阻まれ、視界がないまま移動もできずに、ビバークしているというわけです。ここの線からこっちには入らないでよ!などと取り決めしつつ、吹雪がおさまるのをひたすら待っています。
「うぅ寒い。寒さに耐えられない」
「人肌で温めあうなら協力しないでもない」
「却下」
「じゃ、こっちの毛皮貸すから、レテ、子守唄でも歌ってくれ」
「リヴィ、それはだめ!寝たら死ぬぞー!」
「だからだ!きみの騒音……ごほん、歌声を聞いたら眠気も吹きとぶ。……失神する危険性もあるが」
「あ、目の覚めるような美しい歌声ってこと?そんな風にほめられたのは初めてよ」
「……まあ、その、……前向きにとらえてもらえて助かるよ」
歌いおわる頃には吹雪もやむと良いのですけど。
「案外、きみの歌に畏れをなして、吹雪もやんだりしてな?」
リヴィが何か言っていますが、気にしません。
この寒さです。冬の魔法石については、きっと良いご報告ができることでしょう。
みなさまにはこの一年、大変お世話になりました。また来年もお付き合いいただければ幸いです。
どうぞ良いお年を!
お読みいただきありがとうございました。
本年もお世話になりました。
また来年もどうぞよろしくお願いいたします。