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短編、明るめ

着ぐるみ男とスーツの男

作者: すもも

くるくる回るメリーゴーランド。高い位置から落ちていくジェットコースター。子供達のはしゃぐ声。夏が来たにも関わらず元気な音で溢れている。限定イベントの水鉄砲やら、バケツで水を掛け合うなど涼を感じさせるイベントも行っている。だが、俺はこの暑いなかもふもふのきぐるみを着て、風船を持って手を振る。きぐるみのうさぎさんは満面の笑みを浮かべているけれど中の人、俺は汗をだらだらかいて苦渋の表情だ。バイト代がいいからと引き受けたが失敗した。もうやりたくない。


「うさぎさん!ふうせん!ふうせん!」

小さな女の子が小さな体をいっぱいに伸ばして風船をせがむ。うさぎさんは満面の笑みで女の子に風船を渡した。

「ありがとう!うさぎさん!」

うさぎさんは満面の笑みで喜ぶ女の子に手を振る。女の子は家族の元へ駆け寄って行った。


「あ!うさぎさんよ!一緒に写真撮ってもらいましょう」

家族連れがうさぎさんに気づいて母親が声を上げた、けれど男の子の表情は優れない。

「やだ!うさぎじゃやだ!!ミッキーがいいって言ったのに!!うさぎじゃやだやだやだあ!!」

地団駄を踏んで身体中でいやだと示す男の子。うさぎさんは満面の笑みで男の子を見た。

「やーだーーーーっ!」

更に大泣きする男の子。

「そんなに嫌なら!おかあさんもう知りません!」

「ほら。うさぎさんだって可愛いだろう。ほら。お前がそんなに嫌がるからうさぎさんさみしそうじゃないか」

うさぎさんは両手で顔を覆った。精一杯悲しんでいた。

「嘘だ!だってずっと笑ってるじゃんか!!」

うさぎさんにはどうしよもなかった。男の子は不貞腐れていたものの両親に置いていかれる不安が勝ったのか両親に駆け寄って行った。


「来てきて!!写真撮ろう!」

中学生くらいの女の子がうさぎさんに向かって走ってきた。後ろからやって来たのは彼氏と思われる男の子。うさぎさんを取り囲んで自撮り棒で撮る。うさぎさんは満面の笑みでふたりの間に収まった。撮ったものを確認するふたり。

「うさぎが大きすぎてふたりが入りきってないよー」

「ホントだ。じゃあうさぎに撮って貰えばいいんじゃないか?」

「あはは。天才!」

ふたりにスマホを託されたうさぎさんはふたりの写真を収めた。うさぎさんの要素はどこにも無かった。


「暑い…」

着ぐるみのなかで俺はぼそりと呟いた。風船は全部捌けて俺はベンチのうえに座った。遊園地の明るい声、陽気な音楽、俺は空を見上げた。

「すみません。少しよろしいですか」

声をかけられて視線を戻す。この場には不似合いなスーツを来た男性。近くに子どもがいるのかと視線を向けたが子どもの姿はなかった。

「迷子になってしまって」

ああ。子供を探しているのか。

「お子さんをお探しでしたら、迷子センターへどうぞ。ご案内し」

「喋るなぁ!!!!君は、君はゆるキャラだろう!私はふなっしーとねばーる君以外のゆるキャラが喋ることを許さない!」

喋っているのを途中で妨害された。…なんかすみません。

「それに迷子なのは私の子どもじゃない。私だ」

メガネのブリッジをあげる男性。うさぎさんはただ笑顔で男性を見上げた。失礼するよ。と男性はうさぎさんの隣に座ってきた。俺はどうしたらいいのか軽くパニックだ。迷子ならば迷子センターに案内するべきだ。でも大人で、男の人で、喋ることを禁じられて、隣に座られて。…どうしろと。

「私には夢があった。親父の煎餅屋を引き継ぎ、誰もが知る有名な煎餅屋にすることだ」

え。突然なに?語り始めた男性に俺は戸惑う。

「そしてそれは成功した。今や、はなまる煎餅といえば誰もが知る有名な店に成長した。だが、今まで手作り煎餅でうたってきたのに商業拡大のために機械を導入。監修は私がしているとはいえはたしてこれが先代たちが守ってきたはなまる煎餅といえるのだろうか?いや、いえない!」

暑い。ひたすらに暑い。洋服はもう汗でぐっしょりだ、早く話しを切り上げてもらえないだろうか。正直はなまる煎餅なんて知らんし。

「だが、今から工場を廃止などできるわけもない、妻や子供たちも今の形で納得してくれている。だが、今の煎餅を食べても俺は心の底から納得することができない!…ならば工場で味を極めればいいのではないか。と君は思うだろう」

いや別になにも考えていませんけれど。

「先代は手作りにこだわってきたんだ!それを、私が、俺が壊してしまった!!なんて罪深いことをしたのだろう」

「いや、ならば手作りをすればいい。もちろん本店では手作りをしている。だが、それは一種のパフォーマンスになってしまっている!焼き立てのものを食べた人は、おみやげに買おうと、工場で作られたものを買っていく。それは同じか!?同じものであるはずがない、同じではない!!」

ああ。帰りたい。

「私は、私はどうしたら」

何かよくわからないけれど俺は男の背中をぽんぽん叩いてやった。

「うさぎさん。いや、なも知らぬオヤジさん、ありがとう」

おい、人が親切にしてやったらなんだ!きぐるみの中身が全部おじさんと思うなよ!あんたよりもよっぽど年下だ!

「君のおかげで結論がでたよ。工場はそのままおいて更なる味の進化をする。そうしてもうひとつ新に商品開発をする、それは完全手作りにして限定店舗でしか買えないようにするんだ。ありがとううさぎさん。君のおかげだ」

いや、俺なにもしてないんだけど。

「仕事頑張って下さい」

煎餅屋の社長はにこりと笑ってベンチから立ち上がると行ってしまった。遊園地の騒がしい音が聞こえてきてここが遊園地だったことを思い出す。水鉄砲を持った子供たちが半そでに短パン姿ではしゃぎながら走っているのを見た。夏、夏だなぁ。うさぎさんは満面の笑みで入道雲流れる空を見上げた。とりあえず倒れる前に休憩がしたい。

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