気づいてしまった
新キャラ登場です。
ふらりと倒れていく陽くんに、私は咄嗟に手を伸ばしていた。
こんなアスファルトの地面にこのままじゃ頭をぶつけてしまう。そうなったら大変なことになる。頭の怪我は大変なものなのだ。
そうやって伸ばした手はしかし、必要なかった。
倒れかけた陽くんはバネで釣り上げられたみたいにぐん、と体を起き上がらせたからだ。
そしてそれと同時に、これまで自由に動かせていた私の身体が、がくん!と崩れた。
「…っ」
ぐらりと正面に倒れていく身体が止まらない。溢れかけた声も声帯が固まってしまったみたいに吐息で終わる。
さっきまであんなに軽やかに動かせていた身体の主導権が消えていた。
私にはもう指先一つ自由に動かす力がなかった。
え、なにこの状況。
うっかりシリアス調で語ってしまいそうになったけど、全く意味がわからないっていうか、このままだと顔面からアスファルトに落ちる!
ぎゅっと目をつぶりたいのに瞼一つ自由にならない。
後少しで完全に倒れる、と思ったとき、私の体は唐突に止まった。
「『……危なかったな』」
目の前で倒れかけた陽くんの両手が、私の両肩を支えてくれたのだ。
でも、どうしてだか、その声は二つに重なって聞こえた。
「『何があったのか知らないが、妙なことになった、か?う、んん、あ……』」
…陽くん、じゃないな?
誰だ…プリライにこんな設定あった…?
全く身体が動かないから頭もあげられないし…何がどうなってるのか、さっぱりわからん!!
私は地面に座らせられて、陽くん?のような誰かも一緒に座り込んだ。
たぶん、助けてくれた…んだよね?
地面に固定された視界の中で、陽くんの影だけが目に入る。
その影がうねうねと動き、それから、みょーん、と伸びた。
(は?!)
影が伸びるってなに?!何事ですか!?!
でもそんな私の当惑なんて知ったことではないかというように、陽くんの影から、蛇らしきシルエットのものが飛び出して、私の足元にやってきた…というところで、もう一つの信じがたい事実に気がついた。
私に、影がなかったのだ。
でも、そのシルエットだけの蛇がやってきて、私の足の裏に潜り込んだ途端に、私に影が作られる。
ぞっとすると同時に、身体が動くようになった。
「な…に、よ……」
声も出る。
頭も少しくらりとしたけど動かせた。代わりに、私の目の前には失神したヒーローがいる。
ただ、だからといって。好きだった作品の世界だと呑気に喜ぶことは出来なかった。
自分の下に広がる影を見る。じとりと、自分以外の何者かがそこに潜んでいるような気がした。…いや、実際にそうなんだ。この中には、私の理解できない何かがいる。
「だれ、よ…?」
ああ、もう!舌が動かない!身体は動かせるのに口ばかりがこんなに重いのはどういう訳なのよ!
『……それは俺の台詞だ』
足元の、私の影から声がした。
「っ、しゃ、シャベッタ…!」
『喋ってなどいない。お前に俺の言葉が聞こえるだけだろ』
「な…」
『お前、今までのヒメカじゃないな。ヒツギはお前にそんな感情機構を入れていない筈だ』
「ヒツギ、って…母さん?」
ある程度口に登らせたことのある単語ならつるりと出てくる。でも、この体に馴染んだ言葉はあまりに少なすぎて、ちょくちょく言葉が詰まる。
『ヒツギはお前に自由意志を組み込んではいなかったし、俺を知覚する機能も搭載していない』
いや、そんなこと言われても。
「きこ、える、し…」
『だから、それがおかしいんだ…ヒメカに自由意志が宿るなんて…』
足元の影がなにやらブツブツ言っている。それに、無性にイラっとした。
聞こえるものは仕方がないじゃない。なにに文句つけてきてんのよ、こいつは。
「さっき、から…あんた、なん、なのよ」
『……非常事態だ』
「な、のりなさい、よ!」
どん!と地面の影に拳を叩きつけると、普通に痛かった。
手を擦りむいたし、当然、影に干渉できるはずもない。
でも、悔しくて、言葉にできないところがあまりに多くて、私は腹いせに足元の影を叩き続けた。
『っ、おい、やめろ!血が出てる!』
焦ったような声にも知ったことかと手を振りかぶった。
『スネークだ!!』
影が叫んだ。
その言葉に、おろしかけた腕を止めた。
「すねーく?」
『そうだ、ヒツギからはそう呼ばれてる』
ちょいちょい母さんの名前が出てくるのは、母さんは私が思うよりもっと深いところに関わりがあるのかもしれない。
「すねーく…くん、ね?」
スネークくん…なんか可愛げが足りないな。すねーくん、と呼ぶことにしよう。
『なんか変なこと考えてないか?お前』
すねーくんが何か言ってるので、首を振って否定しておいた。そこまで変なことは考えてないもの。ニックネームくらいは受け入れてもらわないとね。
『で、お前は、なんなんだよ』
すねーくんが焦れて聞いてきた質問。
それは…。
「わたしのほうが聞きたい」
あまりのことに唇すら滑らかに動くようだ。
『はぁ?』
いや、だって本当にその通りすぎて。
考えても見て欲しい。私はつい先程『前世記憶らしきもの』が蘇ったばかり。ついでに動きの良い肉体を手に入れてばったばったとはしゃいだばかり。そしてこんな影に身体をいいようにされたばかりなのだ。
『おい、俺のこと変態扱いしただろ、今!』
うっかりジト目ですねーくんの居る影を見てしまっていた。反省、反省。
でも、ここでこうしていても仕方がない。
現状を打ち破るため、私はすねーくんに、自分が前世の記憶を思い出したこと、そのときにこの世界が特撮番組だったことを話した。
そして、その結果。
『舐めてんのか?』
影から飛び出た巨大な蛇に、全身を拘束されてしまった。
「え───」
『特撮だの、テレビだの、意味が分かんねえことばっか抜かしやがって。そんなもん、信じられるわけないだろ』
「そん、なの…うっ」
言い返そうとして、ぎゅっと閉められた。首は無事だけど、その他の全身が締め付けられるので、声なんてとてもとても。
ただまあ、すねーくんが怒るのも分かるので、難しい。
いや、私は悪くないよ?けどさ、それでもいきなり、ここは「テレビの中の世界なの」なんて言われたら、普通だったら其奴の頭を疑うか、馬鹿にされてると思うかになると思うのよね。
というわけで、私は甘んじてすねーくんの締め付けに耐えた。
『……なんとか言えよ』
「あ…」
ぎゅーぎゅーぎゅーっという痛みにひたすら耐える。
『撤回するなら許してやるよ』
「く……」
く、苦しい!
でも、でも、でも……!
『おい、ヒメカ。……ヒメカ?』
「あ……っ、と……」
『ん…?』
「も……」
「もっと、きつく……!」
その瞬間、すねーくんは光の速さで私の身体から離れていった。
実はドMだったヒロイン。