5話 魔神の力
少し戦闘が入ります。
今回から文量を増やしました。
それでは、どうぞ!
フェリグリスの提案をデルガは即座に却下しようと動く。
「なにを言っているのですか! 魔王であるあなたが。魔神様の力を確かめたいのならば、私がお相手します」
しかし、デルガの提案をフェリグリスは否定する。
「だめだ。魔神様は、強大な力を持っておられるはず。その力を他の者たちに証明するには魔王である私が相手をした方が良い」
「しかし……」
「だがもしかしもあるか。魔神様のお相手は私が務める。それでよいな」
フェリグリスは普段は良識のある魔王で頼りになるのだが、闘いのことになるとどうしても強情で頑なになってしまう。
デルガが後ろの3人に助けを求めるように振り向くと、3人は困ったような顔で苦笑していた。その姿を見て諦めがついたのであろう。デルガは溜め息を零し、引き下がった。
それに満足するように頷くと、フェリグリスはレイに向き直り、頭を下げる。
「魔神様、申し訳ありません。勝手に話を進めてしまって」
「いや、大丈夫だ。いくら預言の人物だとしてもその力は証明されないと不安だろうからな。それから、俺のことはレイでいい」
そうして、手合わせを受けたレイたちは他の魔族たちにも見せるため【魔国ビンセルン】で最も大きい闘技場へと移動した。
◇ ◇ ◇
世界唯一にして巨大な大陸【ドラグム】は、長大な山脈【エンドラ山脈】によって分断されている。だが、その比率は同じではなく、〈魔国ビンセルン〉の方が領土は少ない(およそ3:1に分断されている)。
ちなみに、【エンドラ山脈】を挟んで向こう側には、人族、獣人族、ドワーフ、エルフなどの様々な種族の国家が存在している。
〈魔国ビンセルン〉。それは【エンドラ山脈】の西側に存在する統一国家だ。〈魔国ビンセルン〉がある所謂西側は東側よりも魔素が溜まりやすく、そのため魔物も東側とは別格の強さを誇っている。そんな西側を統一できたのは、魔族特有の高い身体能力と魔力のお蔭である。また、日々溜まっていく多くの魔素がより優秀な魔族の誕生に関与してたのも1つの要因と考えられている。
そのような歴史を辿ってきたことから、〈魔国ビンセルン〉では力が全て、弱肉強食の社会が構成された。
いくら魔神の残した預言の人物だとしても自らの目でその者の力を見なければ、魔族は納得しないだろう。そのことをよくわかっているためフェリグリスは、自らが相手をすることによって【魔神】レイの力を魔族に示そうとしているのだ。
いざ、闘技場へと着くとレイは吃驚した。今、レイは控室にいるのだが、控室にまで熱気が伝わってくるのだ。
レイに付けられたメイドのメリサから貰った水を飲んでいると、控室にスイカが入ってきた。
「レイ様。試合の準備ができましたので、移動をお願いします」
レイはスイカの先導で試合が行われる舞台へと小さいトンネルのような通路を使い、移動を始める。
フェリグリスの提案からさほど時間が経っていないのに、何故こんなにも人――正確には魔人だが――が集まったのか。疑問に思ったのでスイカに聞いてみると、スイカが任されている『隠』の軍の情報網を駆使し、この試合のことを宣伝したかららしい。
そうこうしていると、舞台に着いた。舞台といっても観客席に囲まれた円形の地面だが。ここまで来ると、熱気がすごい。
自分たちが仕える魔王の試合が始まるのだ、この熱気は当然だろう。
『さてと、皆さん。長らくお待たせいたしました。我らが王、フェリグリス様対新たな魔神、レイ様の試合を始めたいと思います』
「「「「「「「「おおおおおおおーーーーー!」」」」」」」」
クミトスの魔法で拡大された音声が流れると同時に、凄まじい歓声が上がる。
『この闘技場の舞台は生死の結界が張ってあるため、本気で戦っても怪我をすることはないのでご安心ください』
この言葉はレイに向けられたものだろう。確かに、遠慮はいらないとわかったことは安心した。
『では、ご登場いただきましょう。まずは、我らが王、フェリグリス様!』
闘技場に響き渡る声と同時にフェリグリスがレイの反対側から登場する。
すると、そこかしこから「魔王様―!」「カッコイイー!」「きゃー!」などの歓声が上がる。それらに反応するようにフェリグリスは客席に笑顔で手を振っている。
『続いて、この【魔国ビンセルン】に降臨なされた魔神・レイ様!』
名前を呼ばれたレイは、ゆっくりと舞台に向かって歩いていく。
フェリグリスの登場時とは打って変わって歓声は全くない。それも当然だろう。観客にとってはレイとは初対面なのだから。
舞台の上でレイとフェリグリスは向き合う。
「レイ様は生死の結界を知っていますか?」
レイは首肯する。先ほど、〈強欲〉で調べたのだ。
生死の結界とは、およそ100年前に【大賢者】バードナー=オリンポスが開発した結界で、結界内で死んだとしても結界外にて復活するというものだ。【魔国ビンセルン】ではこの生死の結界を解析し、この闘技場に設置したそうだ。
「ならば話は早いです」
フェリグリスがクミトスに振り向き、目で合図を送る。
その合図を受け取ったクミトスは、試合の開始を告げる。
『それでは、始めてもらいましょう! 試合、開始!』
「レイ様には悪いですが、最初から本気でいかせてもらいます」
フェリグリスがそう言うと、フェリグリスから尋常でない魔力が噴き出し、それが青い雷〈天雷〉に変化しフェリグリスに宿る。
スキルの使い方や闘い方は自然に頭に浮かんでくる。それだけではない。レイの目の前にいるフェリグリスは魔王だ。あらゆる面でレイを勝っているだろう。だがしかし、レイには負ける気がしなかった。
フェリグリスが纏っている〈天雷〉の雷が際限なく生成されているのを証明するように、飽和した雷が極細の雷となり空気中に消えていく。その光景はとても幻想的だった。
そして、次の瞬間、フェリグリスの姿が一筋の雷を残して、掻き消える。
レイはすぐさま〈怠惰〉を瞬間的に込められる最大量の魔力を込めて発動させる。
ステータスを開いていないのは、透明の板のような状態で出さなくても、頭の中でステータスを確認できると【魔神】ラプラスの知識から得たからだ。
漆黒の闇から切り取ったようなコートが顕現する。
直後、レイの真後ろにフェリグリスが現れ、右拳を振う。
(とった!)
フェリグリスが確信するが、その拳は不可視の結界に阻まれる。
衝撃に気づいたレイがゆっくりと振り返る。
「……ッ!」
瞬間、フェリグリスを体験したことがない程の悪寒が襲い、フェリグリスはすぐに跳ぶように後ろへ下がり距離を取る。
「先ほどの殺気。死を幻視させるほどだった。……ッ!」
再び、視線をレイに戻した時フェリグリスは驚愕した。
レイの右隣に黒い靄があり、そこから謎の腕が生えていたのだ。なるほど、とフェリグリスは納得した。死を幻視させる程の殺気。それはレイと謎の腕、2つの殺気が合わさった結果だったのだと。
そこでフェリグリスは彼我の実力差を悟ってしまった。
「だが、私は魔族の頂点に立つ魔王。おいそれと負けてはいられない」
フェリグリスは更に魔力を高め、更に身体強化魔法を併用し速度を上昇させる。
攻撃が阻まれてしまうならば、それを上回る程の速さで攻撃を叩き込めばいい。そう考えてフェリグリスは踏み込む。
「レイ様。申し訳ありません。私はあなたに嘘をついておりました。これが私の本気でございます。ご覚悟を」
言い終わる時にはすでにフェリグリスはレイの後ろに移動し、拳を放っていた。そして、それは1つではなかった。高速で移動することにより攻撃のタイムラグを極限まで減らしての攻撃だった。タイムラグは0.1秒以下。5つ同時攻撃だった。
今までこの攻撃を防がれたことは一度もなかった。だから、もしかしたら、という希望を抱いていた。だが、その希望は絶望に塗り替えられる。
「確かに、すごいな。並大抵の人物では認識すらできないだろう。だが、俺にはまだ届かない」
防がれたという認識をする前にフェリグリスは吹き飛ばされていた。舞台と観客席を隔てる壁に衝突し、ようやく止まる。壁は衝撃で蜘蛛の巣状の罅が入っていた。
何が起きたのかフェリグリスにはわからなかった。だが、負けたという事実はわかった。
「そうか。私は負けたのか」
体に力を込めて、壁から抜け出す。そこで右手に痛みが走った。
「折れている。……なるほど、全て防がれたわけですか」
フェリグリスが初めて体験した完敗だった。正直言えば、今すぐ休みたいがまだ仕事が残っている。
フェリグリスが全魔族に向かって宣言する。
「私は【魔神】レイ様との闘いに負けた。これより我ら魔族を導いていくのはレイ様だ。皆、忠誠を」
フェリグリスは、魔王であるため全ての魔族と魔力のパスが繋がっている。そのため、魔力を込めたフェリグリスの声は闘技場に来ていない魔族にも例外なく聞こえていた。
そのため、フェリグリスはじめ、全ての魔族が右膝を地面につけ、首を垂れ握った右手を胸に当てる――忠誠を誓う姿勢をとった。
こうして、新たな魔族の王【魔神】レイが誕生した
次話より勇者篇に入ります