19話 影人族
作戦を無事完遂したミーシャたち暗黒騎士団は魔王城をお幅改築した魔神城の謁見の間でレイの前で忠誠の礼――右膝を地面に付け、頭を垂れ、握った右手を胸に当てる――をしていた。
「面を上げよ」
レイの言葉に従い、顔を上げる。
「任務ご苦労であった。この後、闘技場にて邪神召喚を行う。準備ができ次第、追って連絡がいく。それまで体を休めるといい」
『はっ!』
いつしか、レイの周りに【邪神武具】が固定されたように浮いていた。
そのことに内心驚愕と尊敬の念を抱きながら、ミーシャたちは謁見の間を後にした。
謁見の間に誰もいないことを確認したレイは右手をすっと挙げる。
「はい。何でしょうか。ご主人様」
いつの間にか後ろに立っている長い白髪と血のように赤い瞳を持ち、抜群のプロポーションを誇るメイド。
このメイドはシロ。レイが〈強欲〉で創り出した戦闘メイドだ。他にも7人のメイドを創っており、順にアカ、アオ、リョク、セイ、オウ、キン、クロである。
髪の色で名付けており、レイは分かりやすく気に入っている。
どのメイドも家事万能であり、その戦力は一国にも匹敵する。
「やり過ぎた感はある。だが、後悔はしていない!」はレイの言である。
「俺は今から影人族のところに行ってくる」
当初の予定では日にちをずらして影人族を助け出すつもりだったが、〈グラハム聖国〉にはすでに王族や貴族がいない状況なので、ならもう今日いっちゃおう、と予定を変更したのだ。
「帰ってくるまでに準備を終わらせておくように」
「かしこまりました」
恭しく頷くシロを見て満足そうな笑みを浮かべながらレイは〈グラハム聖国〉へと転移する。
◇ ◇ ◇
ここに閉じ込められてどれだけ経ったのだろうか。
もう限界に近い者も少なくはない。先ほどまで響いていた戦いのような音も聞こえなくなった。この国に仇なす者がやってきたのだろうか。
いや、希望は抱いてはいけない。
ここでは地獄のような日々を過ごしてきた。
衣・食・住も保証されていないような場所なのだ。
衣は、ぼろぞうきんのような布の服を各一つずつしか支給されていない。病気に罹ってもおかしくない環境でそのような者が出ていないのは奇跡だろう。
食は、堅い黒パンと味の殆どしないスープだけ。子供に優先して与えているので大人は痩せ細っている者が多い。私もその中の1人だ。
住は、ここの不衛生としかいいようのない牢獄だ。石の牢獄だから冷える。そこかしこで震えている者もいるし、寄り添って少しでも暖め合っている者たちもいる。
更にここは騎士団の訓練場の真上のようで、その音が響いてくる。私たちの戦意を削ぎ、恐怖を与えることが目的だろう。
私たちは影人族。影魔法という私たちしか持ち得ない魔法スキルがあり、これを使い、暗殺を生業として生きてきた。最強の暗殺集団といわれ世界で恐れられたものだ。
その暗殺の腕を疎まれ、このように捕まったのだが。
今でも覚えている。この国に捕まった時に掛けられた言葉を。
『貴様らは我ら〈グラハム聖国〉が捕らえる。それが我らが神のご意向だ。いずれ、神より神罰が下されることだろう』
ふさけるな!
私たちが信じる神は魔神ラプラス様だけだ。
ラプラス様は迫害されていた私たちの先祖に影魔法を授けてくださった、という。魔神教徒と言われようが構わない。
こちらに向かう足音が聞こえる。誰かが来たようだ。
来るならば、来い。ラプラス様に誓い、最後まで抵抗してみせる。
◇ ◇ ◇
レイは王宮の地下に作られていた牢獄で影人族と対峙していた。
「影人族だな」
「確認せずとも知っているだろう」
中年の男性が答える。この男が長だろう、とレイは判断した。最初に口を開き、他の影人族を庇うように前に出ている。
レイは男を一瞥しただけで、すぐに視線を外す。先ほどの言葉も自分の確認のために呟いただけだ。
レイは右手を上に開き、その上に蒼い炎を生み出す。それを握ると、左から右にかけて腕を振るう。
蒼い炎は檻も影人族の飲み込み、燃え上がる。
〈蒼炎〉。破壊と再生。相反する属性を持つ禁忌魔法の1つ。行使できるのはレイだけである。
今回レイは再生を影人族に、破壊を檻に指定した。
炎に包まれたことによる混乱が収まりを見せた時、レイは選択肢の一つを示す。
「影人族。俺の傘下に入れ。衣食住などは保証してやる」
命令口調だが、影人族にはありがたい申し出だった。当然だろう。彼らの故郷はすでに蹂躙されており、帰るところを失っているからだ。更に、影人族は知らないが、影人族が捕われたことがきっかけとなり、全ての国家間で影人族を雇わないという盟約が交わされている。つまり、影人族は〈魔国ビンセルン〉以外では職にあぶれることになる。
レイの傘下に入ることに天秤が傾きかけていた時、地下に新たな声が響く。
「あれー? 檻がなくなってる! 何やってるの!」
声の主が姿を現すと、影人族の顔が戦慄に染まる。
白銀の鎧に身を包み、紅蓮のマントの留め具には十字架が刻印されている。
それは数多の国が存在し、数多の騎士団が存在する中で最強と名高い聖騎士だった。
その聖騎士は背丈こそレイの半分ほどしかないが、纏う雰囲気は並の兵士とは比べるべくもない。
聖騎士は犯人をレイと仮定し、レイを紛糾する。
「そこの人。あなたでしょ! これやったの」
「だとしたらどうする?」
「殺すよ。あいつらの処分のついでに、ね!」
剣の柄に手を掛けつつ駆け出そうとするが、何かに固定されたように動けない。
それは聖騎士の影から伸びる無数の手だった。
「こいつらは俺が目をつけていた。お前のような雑魚にやらせるかよ」
「くそっ! 離せ!」
聖騎士は影の手を切り裂き、脱出しようとするが、影の手は際限なく現れるため未だ拘束を解けずにいた。
影人族の男はレイの影を操る姿を見て、影人族に伝わる伝承を思い出していた。
『いずれ、影を操る男が影人族の目の前に現れる。その時、私への信仰が残っているならば、その者の傘下に入るべし。その者こそが最強の魔神となる存在である』
これは魔神ラプラスが残した伝承だ。時月を経て少し変化したところもあるが、概ねそのまま伝わっている。
男が他の影人族へと振り向くと、大人は頷き、子供は目を輝かせていた。伝承は子供の頃に何度も聞かされ、伝承の魔神はヒーローみたいなものと子供たちは考えている。
そのヒーローが目の前にいるのだ。目を輝かせるなという方が無理である。
影人族は皆レイに跪き、忠誠を誓う。
「魔神様。我らの忠誠を捧げます」
「ああ――」
「ふざけるな!」
レイが影人族の忠誠を受け取るように頷いたが、それを遮るように聖騎士が叫んだ。
聖騎士が聖属性の魔力を解放する。それが影の手をかき消し、聖騎士を解放する。
聖騎士が瞬歩と地下であることを活かし、周囲の壁を立体機動のように移動し、何度も攻撃を仕掛けていく。
「くそっ!」
だが、それは黒い外套に阻まれていた。レイは敢えて〈怠惰〉の自動反撃をオフにしている。自動反撃はつまらないな、と思いやってみたらできてしまった。
ならばと、聖騎士は後ろに下がり第五階位聖光魔法〈聖雷〉を放つ。〈聖雷〉は魔物最強の防御力を誇るドラゴンにも致命傷を与えられる魔法である。
聖なる雷が空気を焼きながら迸る。
しかし、これもレイには通用しない。
〈暴食〉によって〈聖雷〉は一瞬で無に帰る。
「なんだよ……。何なんだよ、お前!」
聖騎士は叫ばずにはいられなかった。叫ばないと恐怖で震えてしまいそうだった。しかし、恐怖に震えるなど聖騎士にはあってはならないことだとプライドが許さなかった。だが、打つ手がないことも事実だった。
「雑魚に名乗る気はない」
今度はレイが空間を跳躍して聖騎士に肉薄する。その場で踏み込み、聖騎士の腹部に拳を放つ。
防御する暇もなく、聖騎士は天井の大地を砕きながら、虚空に消えていった。
その後レイは影人族を連れて魔神城へと帰還した。
後に影人族は史上最強最悪の暗殺部隊へと変貌を遂げる。
聖騎士は普通こんなあっさりやられません。主人公が相手だったからです。
聖騎士の実力は大体騎士100人分くらいです。