18話 帰還
少しして、落ち着きを取り戻したミーシャは封印の間の扉を押し開く。
人一人通れる程度開き、そこから封印の間に入る。入ると、目の前には半円形の薄白い結界が張られており、その中央に円を描くように6つ封印の水晶が配置されており、その中に6つの【邪神武具】が封印されている。
「あれが……」
結界に近付くにつれ、憤怒之剣から怒りが伝わってくる。
【邪神武具】にも感情があるのだ。ならば、封印されている【邪神武具】はとても辛かったのではないか。
ミーシャには容易に想像できた。
この封印の結界は〈グラハム聖国〉魔法技術の粋を集めたものなのだろう。
〈グラハム聖国〉の者もまさかこの結界が破られるとは思いもしていないであろう。
しかし、ミーシャには破れるという確証があった。グードラスを破り、レベルが上がったことももちろんだが、憤怒之剣がこれほどまでに怒り、ミーシャに力を与えているのだ。
その力はグードラスとの戦いの時のもの以上だった。
やっぱり、所有者とは認められてないのかな、と思いつつ、まあ、仕方ないか、と心に折り合いをつける。
【邪神武具】とは、邪神が自身に最も適している武具を自らの魔力を持って創り上げたものだ。持ち主を自身を生み出した邪神しか認めないというのは当然のことだろう。
なら、早く本当の持ち主の元に戻してあげないとね、とミーシャは憤怒之剣を斜めに構える。そして、魔力を込める。すると、憤怒之剣を黒炎が包んでいく。
そのまま駆け出し、結界の前で横に一回転し更に勢いをつけた憤怒之剣を結界に斬り付ける。
はじめは拮抗するが、やがてゆっくりと結界へと食い込んでいく。
今一度柄を握り直し、魔力を更に流し込んでいく、それに比例して黒炎の勢いも増していく。
やがてその拮抗が崩れていく。ピキ、と罅が入るような音がした後、パリーンという少し心地よい音を響かせながら結界は砕け散った。結界と水晶は同調していたのだろ。同時に水晶も砕け散った。
それと同時に憤怒之剣から歓喜と感謝の念が送られてくる。はっきりと念がわかるようになってきたな、や、憤怒之剣には似合わないな、と思いながら、他の【邪神武具】へと歩みを進める。
【邪神武具】をカーミラから引き継いだ指輪型のアイテムボックスに入れていく。
回収後、憤怒之剣も鞘に収める。
王宮を出たら、ミーシャは上空に黒炎を打ち上げる。それが上空で弾け、眩い閃光と爆発音が響き渡る。。
これは作戦が成功したことと撤収することを知らせる合図である。
この合図を確認した暗黒騎士たちは即座に撤退を開始。転移門で落ち合い、〈魔国ビンセルン〉へと帰還した。
◇ ◇ ◇
シャルティアとシリウスは悔しさを噛みしめていた。
人類の敵の1つである暗黒騎士団の副団長と元副団長を討つことができなかった上に、戦いは明らかに手を抜かれていた。
敵の目的は陽動と足止めだった。それでも、シャルティアとシリウスは第二と第三の団長を任されていた。そのプライドが目前の敵を討てなかったことを許さないのだ。
「くそっ!」
シリウスは憂さ晴らしに地面を拳で殴りつける。そんなことをしても何の意味もないことはわかっているのだが、どこかに怒りをぶつけないとやってられなかった。
感情を晒すシリウスとは反対に、シャルティアは冷静だった。
「とりあえず、王宮に戻りましょう。ここにいても何も始まらないわ」
「ああ。そうだ――っ!?」
シャルティアは正論を述べる。そのことがシリウスを冷静にした。
2人が王宮に向かい歩き始めた時、とてつもない寒気が襲い、直ぐさま後ろを向きながら抜刀する。
そこには小汚いフードをかぶった謎の人物が立っていた。
「何者だ!?」
シリウスは剣の切っ先を向けながら、フードの人物に誰何する。
シャルティアもシリウスの後ろでいつでも動けるように警戒していた。
そんな2人を見てフードの人物は慌てて胸の前で両手を振って戦う意思がないことを表明する。
「ま、待ってください。私は戦う気はありません」
声からして男だろう。シリウスは警戒を続けながら質問を重ねる。
「ならば、何をしに現れた」
「あなた方を勧誘しに来ました」
「勧誘?」
「ええ。誠に残念なことですが、総団長のグードラス殿が亡くなりました」
フードの男の口からもたらされた総団長死亡の知らせは2人を驚愕させた。
シリウスは1つの可能性に気付き、王宮を振り返る。
「聖王さま!」
目の前のフードの男も警戒しなければならない存在だが、それよりも聖王の安否の方が重要だ。走り出しそうなシリウスをフードの男が呼び止める。
「ご安心を。聖王様はドミラス第一団長と複数の部下と共に脱出されており、すでにこちらで保護しております。他の聖国騎士の方たちのところには私の仲間が向かっております」
その言葉にシリウスは一先ず安心するが、シャルティアは警戒レベルを更に上げていた。
「何故私たちのためにそこまでするの?」
「それは簡単なことです。あなた方がそれほどまでに重要だからですよ。私たちにとって、ね。さて、そろそろ探り合いはやめにしましょうか。私は〈聖アーステリア神国〉の者です。これより〈グラハム聖国〉は我ら〈聖アーステリア神国〉へと併合されます。まあ、突然言われても信じられないでしょう。これは聖王様との間で交された誓約書です」
誓約書に目を通してみると、そこにはこう記されていた。
・〈グラハム聖国〉は〈聖アーステリア神国〉に併合されることを認めること。
・自分、及び側近や聖国騎士はそれ相応の地位を用意すること。
・国民は無下に扱わず、〈聖アーステリア神国〉の国民と同様の扱いをすること。
簡単にまとめるとこのような内容だ。
そして、署名されていたのは間違いなくアーマルドのものだった。聖国騎士団の書類で何度かめにしたことがあるので見間違えはない。
「聖王様からの書状もありますが。どうされますか」
「いや、ここまでされればあんたを信用する。あんたについて行く。その代わり、聖王様や第一団長様たちに会わせてくれ」
「それはもちろん」
シリウスは頷いて納得しているようだったが、シャルティアはしぶしぶ納得したというような表情だ。まだまだ警戒を解いたわけではないようだ。
こうして、2人はフードの男について行くことになった。
フードの男が醜悪な笑みを浮かべていることを2人は知らない。