16話 対面
ミーシャたち暗黒騎士団はグラハム聖国王都の正門が望めるところで作戦を話し合っていた。
「では、私たちが正門前で騒動を起こします。その間に団長は王都に侵入し、【邪神武具】の確保をお願いします。道中で出会った騎士は団長にお任せします」
カーミラはミーシャに作戦を伝える。つまり、【邪神武具】を確保させすれば、個人の復讐は自由というわけだ。
ミーシャは了承の意を込めて頷き、王都に侵入するためにカーミラたちから離れていく。
ミーシャが完全に見えなくなってからカーミラは副団長だったセーラに視線を向ける。
「なあ、セーラ。悔しいか?」
セーラは突然声を掛けられ戸惑うが、すぐに理解し頷く。
「はい。だ、副団長にはお見通しでしたか」
「ああ。私も同じ気持ちだからな。恐らく他の団員も同じだろう」
セーラが見渡してみると他の団員も悔しそうに頷いていた。
「魔王様も仕えるに相応しいお方だったが、今のレイ様の方が魔王様より全てにおいて明らかに優れている。そんなレイ様に仕えるに相応しいのは団長だけだ。今の私たちは相応しくない。暗黒騎士団は魔王軍、今は魔神軍だな。魔神軍の矛で盾であらねばならない。それになれないことがどうしようもないくらい悔しい」
カーミラの言葉を聞いてセーラたちは更に悔しそうな顔をしている。
カーミラはその様子に苦笑を漏らし、決意を口にする。
「私はこの作戦が終わったら、レイ様が作られたあの修行部屋を使わせてもらおうと思っている。もちろん、そのときはお前たちも来るだろう?」
セーラたちは悔しそうな雰囲気は消え失せ、決意した良い顔で頷いていた。
その様子に満足そうにカーミラは頷くと、行動を開始する。
「では、行くぞ!」
カーミラたちの士気は上がっており、失敗など有り得ないという確固たる意思のもと望むことになった。
◇ ◇ ◇
カーミラたちの作戦はシンプルだ。
カーミラたちは暗黒騎士団だ。暗黒騎士団は漆黒の鎧で知られている。
漆黒の鎧を身に包んだ集団が現れたらどうだろうか。間違いなく騒動が起きるだろう。カーミラたちは騒動を確実なものとするために兵士や門に攻撃に仕掛ける。
今、カーミラたちは王都の門前に向かって歩いていた。
「おい、何だあれ」
門の警備兵がカーミラたちに気がつくのは必然だろう。
【カルゲン】にはいくつも国が存在し、それぞれが騎士団などを保有しているが、それらの鎧に黒は使用してはならない、という暗黙の了解がある。
黒の鎧は暗黒騎士団が利用しているため不吉ということもあるが、なにより一目で暗黒騎士団と判別するためだ。
「あ? ……お、おい。あれって……」
「おい、聖国騎士団に至急連絡を! あれは暗黒騎士団だ!」
指示を受け取った警護兵の1人が聖国騎士団の本部がある王宮へと駆け出していく。
だが、わざわざ聖国騎士団の到着を待つ必要はない。
「行くぞ」
静かなカーミラの掛け声とともに暗黒騎士団は動き出した。
今回カーミラは5分の1にあたる20名の暗黒騎士を連れてきた。カーミラたちが陽動を担当するためだ。19名の暗黒騎士が同時に走り出し、各々が魔法で王都の門を破壊し、王都に侵入する。警護兵は無視している。
「セーラ。私に付き合わなくてもいいのですよ」
「いえ、お供します。それに」
セーラが言葉を切ると同時に目の前に2人の聖国騎士が降り立つ。
「副団長でも2人の騎士相手はしんどいのではないですか」
言いながら抜刀する。
それに合わせて他の3人も抜刀する。
「そういうことにしておきましょう。……私は――」
「暗黒騎士団団長カーミラ。で、そっちが副団長セーラだろ」
勝ち気で緑の短髪の聖国騎士がカーミラの言葉を遮る。
「俺は聖国騎士団第三団長シリウス・フィル・アーケード。こっちが」
腰まで届く金髪の女性聖国騎士はシリウスの前に出ながら、手で制してから自ら名乗る。
「私は聖国騎士団第二団長シャルティア・フィル・アリスド。貴女たちを討ちに来ました」
「そうですか。……ですが、一つ訂正しておかねばならないところがあります。私は団長ではなく副団長です。セーラは役職なしですね」
カーミラは臨戦態勢を整えながら、訂正する。
その言葉にシリウスの表情は焦りに染まっていく。
「まさか……!」
シリウスも気付いたようだ。これは陽動だと。自分たちはまんまとおびき出されたのだと。
「シャルティア! ここは俺に任せてお前は戻れ!」
シャルティアも気付いたようで一度頷き、戻ろうとするがそれはカーミラが許さない。
振り返ったシャルティアの前に瞬間的にカーミラは移動する。
「行かせません」
「っ……!」
ここに黒の騎士と白の騎士の戦いが始まる。
◇ ◇ ◇
【グラハム聖国】王都は混乱の最中にあった。
あちこちで阿鼻叫喚が響き渡り、破壊された建物や火の手が上がる建物も見える。
そして、そこかしこで逃げ惑う人々や暗黒騎士と聖国騎士が戦闘を繰り広げている。
このような状況では警備も薄くなろうというもの。ミーシャは王都に侵入してから影に紛れ移動し、王宮へと辿り着いていた。
「ここが王宮」
一般的に知られている王宮の唯一の出入り口である門へと歩みを進める。
「止まれ! 何者だ!」
王宮の門を守る騎士の2人の内1人から誰何される。
当然名乗る義理はない。
伝えることは1つだけだ。
「この国に復讐する者だ」
言い終わるのと同時に駆け出し、憤怒之剣ではない暗黒騎士に支給されている剣を抜刀する。憤怒之剣はいざという時に温存している。
とはいってもミーシャのはレイから支給された特別製だが。
一介の騎士では把握できない速度で通り抜けながら2人の騎士の頭を刎ねる。
頭部を失った騎士たちはゆっくりとその場に倒れる。
剣は納刀せずに血を払うだけに留め、王宮に潜入する。
【邪神武具】の場所は同じ【邪神武具】である憤怒之剣が把握しており、思念でミーシャを導いている。
その道すがら遭遇した聖国騎士は例外なく全て首を刎ねて殺している。
王宮を憤怒之剣の思念に従い10分ほど歩くと荘厳な扉の前に辿り着いた。
恐らくここに【邪神武具】が封印されているのだろう。
だが、扉の前には今までの騎士とは異なる巌のような聖国騎士が待ち構えていた。
その聖国騎士は、聖国騎士団総団長グードラスだった。
扉付近は通路が大きく取られておりそこは小さな広場のようだった。その小さな広場でミーシャとグードラスが相対する。
「まさか本当に来るとはな」
グードラスはドミラスから封印の間が危機の分岐点と言われていた。
さすがだな、と心の中で弟を賞賛しながらグードラスは目の前の暗黒騎士を見て驚きが隠せなかった。
ミーシャが明らかに人間だったからだ。暗黒騎士は兜をしない。少しでも動きを阻害しないためだ。
暗黒騎士団を見分けるには漆黒の鎧が挙げられるが、魔族特有の褐色の肌も特徴の1つだ。だが、ミーシャは人間であるため肌は白い。
「人間が何故暗黒騎士団に? まさか弱みを握られているのか!? ならば、私が解放してあげよう」
グードラスは善意で本音の言葉だったのだろう。ミーシャにもそれは伝わった。だからこそ、ミーシャはこれまでにないほど怒りを抱いた。
なぜなら、ミーシャは目の前の男に見覚えがあったからだ。
その怒りに反応して憤怒之剣がカタカタと震えた。