特効系勇者
奴らの季節です。
「どうするんじゃ、これ……」
「どうしよう、これ……」
開示されたステータスを見て、俺と爺さんのうめき声が響く。
同時に頭を抱える俺と爺さん。高校生らしく学生服姿の俺と、王様らしく王冠を被り、きらびやかな杖を手に持った爺さんの二人だ。
ここまで書けば、想像がつく人もいるだろうか?
俗に言う、勇者召喚である。
別に隕石が墜ちてきたり、少女を庇って死んだとかそういったことはない。全くない。
夏の蒸し暑い夜、普通に道を歩いていたら突然謎の空間に呼び出され、神を名乗る謎の光に「魔王によく効く能力やるよ(意訳)」と告げられ、着の身着のまま異世界に飛ばされただけだ。
気がつけば爺さんの座る玉座の前。爺さんの隣では可憐な少女が微笑みながら俺を見つめており、周囲では兵士達が期待の眼差しで俺を見つめていた。
この光景には、流石の俺もビビってしまった。世界一ビビらない男(自称)の俺でも、この光景には流石にビビった。
そうして狼狽えていること約十秒。爺さんの咳払いで平常心を取り戻した俺は、ここは何処なのかと爺さんに尋ねた。
爺さんが言うには、この世界は俺がいた世界とは違うらしい。そして、神のお告げがあり、魔王を倒す力を持った勇者をこの世界に送り込むと言われたそうだ。
たぶん、その勇者が俺なんだろう。俺が会った神と爺さんに妙なことを告げた神が同じ存在なら、その勇者は俺で間違いない。
しかし、勇者と言われても困る。喧嘩の経験すらまともにない、平々凡々な一般人Aが俺だ。いきなり魔王を倒せと言われても、出来るわけがない。
隠された潜在能力もなければ、伝説の勇者の末裔という事実もないのだ。それどころか、昔剣道を習っていましたということもない。俺が習っていたことなんて、水泳くらいだ。それも精々県大会で入賞するくらいで、全国大会に出場するようなずば抜けた身体能力を持っているなんてこともない。
これでどうやって戦えというのか。困惑するばかりの俺だったが、その俺を助けたのは爺さんの一言だった。
「お主をこの世界に送る時に、神が能力を授けているはずじゃ」
これだと、そう思った。
神がくれたという能力。テンプレもテンプレだが、今の俺にとっては救いの手。これこそが魔王討伐の鍵になるに違いない。
「王様、どうやったらそれがわかるんだ!?」
「落ち着かんか、話も出来ん」
思わず詰め寄った俺に対して、王様は苦笑しながら宥めてくる。
しまったと思ったのも後の祭り。お姫様は微笑ましそうに俺を見ているし、兵士達も驚きの表情で俺を見ている。俺自身も恥ずかしくて、顔から火が出るかと思った。
「能力を知るのは簡単じゃ。ステータスと念じれば、自ずと能力を知ることができるじゃのう」
「なるほど……」
言われるがままにステータスと念じてみると、なるほど確かにステータスらしきものが俺の脳内に展開された。
身長や体重だけでなく体力や攻撃力、称号なんてものもある。しかし、必要なのは能力だ。神が与えたすごい能力が俺にあるに違いないのだ。
そして、それはあった。ステータスに刻まれた能力の二文字。緊張しながら、しかしどこか期待も感じながら、俺はその能力を確認する。
しかし、それは期待したようなものではなかった。
名前:真田明宏
年齢:十六歳
職業:学生
称号:召喚された勇者
能力:閃光
効果:自身を中心に半径五十メートルを明るく照らす。また、障害物を無視して照らすことができる。継続時間は一時間。蚊に必殺効果。
何だこれは。
閃光って何だ。照らすって何だ。一時間も照らしてどうするんだ。夜のトイレも怖くないってことか、ふざけるな。それに何で半径五十メートルも照らすんだ。障害物を無視するとか近所迷惑すぎるだろ。全然使えねえぞ、この能力。
「あったのか? オープンと念じれば、お主のステータスを他の者に見せることができる。是非見せてくれ。見せたくないものがあるかもしれんが、見せたい項目を選ぶことも出来るのでな、心配はいらん」
黙り込んでいる俺に王様が声をかけてくる。何かあったのかと心配したのかもしれない。ありがとう、王様。だがそんな理由ではない。
少しの間逡巡したが、結局見せるしかないとわかった俺は、素直に王様に俺のステータスを開示した。この能力なら、勇者として無理矢理旅立たせることもしないだろう。というかどうやって活用すればいいか俺もわからない。
そして、場面は冒頭に戻る。
◆
「どうするんじゃ、これ……」
「どうしよう、これ……」
俺と王様の声が響く。横から見ていたお姫様も笑いが引きつっている。どう反応すればいいかわからないのだろう。安心してくれ、俺もわからない。
しかし、本当にどうすればいいんだろう。誰か答えを教えてくれ。俺はこの能力でどうやって魔王を倒せばいいんだ。
「あの、もしかしたらとても強い能力なのでは? 敵を焼き尽くすほどに強い光を放つとか……」
「それだと俺も死んじまうよ、お姫様」
哀れに思ったのか、お姫様が苦しいフォローを入れてくれる。ありがたいが、惨めになるだけだから止めてくれ。
ああ、クソ。視線が痛い。どうしようこの勇者、みたいな視線が兵士達から強く感じる。神様よ、もっとマシな能力あっただろ。時を止めるとか、時を爆破するとか、時を吹っ飛ばすとか、時を加速させるとか。
「これでこの国も終わりじゃな……」
「お父様……」
王様が重いため息をつき、お姫様が心配そうに王様を見つめる。
「予言の日は今日じゃ。新たな魔王がやって来る以上、今の戦力ではとても勝てるとは……」
気の毒には思うが、これ俺は悪くないぞ。もっと使える能力だったら、少しは頑張ろうって気になれたかもしれないが、如何せん俺の能力は周囲を照らすだけだ。洞窟探索や夜のトイレに行く時くらいしか使えない。
悲観的な空気が部屋を支配する。期待した勇者は一般人であり、期待した能力はゴミ以下だ。何か俺も泣きたくなってきた。
思わずため息をつきそうになり――その瞬間、俺は呼吸の仕方を忘れてしまった。自然に息は荒くなり、心臓の鼓動も速くなる。
まるで空気そのものが重くなったようなこの重圧。怖いとも、恐ろしいとも感じない。ただただ死というイメージだけが脳内を駆け巡る。
何だ、これは。こんな感覚ははじめてだ。もしかして本当に死んじまうんじゃないか? いや、もしかしたら既に死んでるんじゃないか?
「この魔力は!」
「まさか!」
兵士達は平気のようだ。兵士だけあって、戦いの経験もあるのだろう。修羅場を経験してるだけ、こういったことに対する耐性があるのかもしれない。
しかし、恐怖は隠しきれていない。歯はカチカチと震えているし、脚もガクガク震えている。姫様に至っては気絶してやがる。俺も気絶したいぜ。
だが、ヤバイな。兵士達の反応からすると、たぶん、きっと、いや、間違いなくそうなんだろう。
たぶん、これが魔王って奴なんだろう。この世界に来たばかりの俺でもわかる。魔力なんてものは全く知らないが、虫けらのように潰されると錯覚しそうなほど強いプレッシャーを感じる。威圧や殺気といったものではないだろうか。
勇者としての力なのか、よくわかった。それはものすごいスピードでこの城へと近づいている。勇者召喚されたのだとわかったのかもしれない。勇者が力をつける前に虫けらのように潰すつもりなんだろう。
チクショウ、全部神のせいだ。神がまともな能力をくれなかったせいだ。死んだらエターナル足四の字固めの刑を食らわせてやる。
ぐんぐん近づいてくるそれ。この速さでこの角度……マジか!
「伏せろ!」
警告すると同時に伏せる。魔王は俺を狙ってやがる! 城の壁をぶち破る気だ!
見ろ、近づいてきやがる。そろそろ来るぞ、三、二、一……。
壁が破られる瞬間、そいつらは動いた。
「金剛羅刹掌!」
「波動砲!」
「破壊の極み!」
「聖なる護り!」
「初代勇者直伝! 魔王滅殺剣!」
強力な五連撃。魔王を狙ったのではなく、破られた壁の破片を狙ったようだ。破片で倒される人数を減らすためだろう。
そして、見事に迎撃に成功。破片でやられる人間はいなかった。
「見事だな。王国四天王に剣の勇者よ。素直に賞賛しよう」
聞こえてきたのは称賛の声。威厳に満ちたその声は、支配するものとして納得できる強さを持った声だった。
「だが、貴様らは先日の魔王との戦いの傷が癒えていないだろう? 我に勝つのは不可能よ」
その言葉に悔しそうな表情を見せる五人の強者。魔王を倒せる五人が全力を出せない以上、この魔王を倒せる確率はほぼないに等しい。
当然俺にも出来るわけがない。勇者といえど、俺にできるのは光ることだけ。どうやって魔王を倒せるというのだ。
「さて、いたな。召喚された新たな勇者よ。悪いがここで殺させてもらうぞ」
しまった、見つかった! 魔王に補足されてしまった!
チクショウ、なんて日だ! なんて人生だ! こうなったらせめて最期の最期まで足掻いてやる。そう決めた俺は魔王を睨みつけ――困惑するしかなかった。
「我こそは魔王モスキート! 人間は全て我らの家畜となり、血を供給し続けるのだ!」
その姿は……まさしく日本の夏に出現する、とても迷惑なあの虫だった。ただし、人間の三倍以上大きいけどな。
「貴様が勇者だな? ふん、軟弱そうな男だな」
口もないのにこいつはどうやって喋ってるんだろう。ああいや、そんなことはどうでもいい。こんなにでかいんじゃ、人間なんて勝てないだろうさ。
王様も、兵士達も、四天王達も悔しそうに魔王を睨んでいる。
「我にも慈悲の気持ちはある。死ぬ前の言葉くらいは聞いてやろう」
クソッ、神のバカ野郎が。俺の能力がどんな役に立つんだよ。
ええい、仕方ねえ。知った事か。もうどうにでもなれだ。もしかしたら逃げる時間くらいは稼げるかもしれねえ! 殺されないことを祈るだけだ!
「俺が能力を使う! その間に逃げろ! いくぜ、閃光!」
「危険です勇者様!」
「無駄なことを!」
その瞬間、光り輝く俺。その光は城の壁を超えて、城を中心に王都を半径五十メートルに渡って明るく照らし出した。
とても強烈なその光は、懐中電灯を正面から照らされたとの同じくらいの眩しさはあっただろう。魔王の到来に気がつかずに安眠していた民達も、きっとこの光で目を覚ましたに違いない。
クソが。
「何だ、目くらましか? その程度で惑わされるこの我ではグッハアアァァァ……」
だが、なんということだろう。俺の光を浴びた魔王は、次の瞬間にはボロボロとその身体を崩壊させ始めたではないか。
いきなりのことに驚く俺達。魔王も俺の光を止めようとするも、間に合わない。魔王の身体は完全に崩壊し、灰となって風と共に世界にばらまかれてしまった。
「こいつは一体……」
信じられない光景に目を丸くする俺。思わず、自分のステータスで能力を確認してしまった。
能力:閃光
効果:自身を中心に半径五十メートルを明るく照らす。また、障害物を無視して照らすことができる。継続時間は一時間。蚊に必殺効果。
ん? 何だ?
もう一度よく見てみよう。
能力:閃光
効果:自身を中心に半径五十メートルを明るく照らす。また、障害物を無視して照らすことができる。継続時間は一時間。蚊に必殺効果。
そして、俺は気になる一文を見つけた。
蚊に必殺効果。
何だこれは。
少し付け足した程度の一文じゃねえか。この程度で魔王が倒せてたまるか。つーか何で閃光に必殺効果をつけるんだ。これが本当の蚊取り閃光かよ。全然上手くねえぞ。
チクショウ、神のクソ野郎。何でこんなわかりづらい能力にするんだ。もっとシンプルでいいじゃねえか、魔王殺しとか。
いや、落ち着け。運がいいのか悪いのか、とりあえずこれで魔王の脅威は去ったんだ。それでいいじゃねえか。そう思おう。そう思わないとやってられねえ。
ともかく、これで俺の役目は終わりってわけだ。魔王が来た時は殺されるかと思ったが、案外すんなりと片付いたな。
「なあ、俺は帰れるのか?」
「うむ、役目を終えれば自然に帰れるとお告げにもあった」
「そうか、よかった」
どうやら帰れるらしい。このまま帰れなければどうしようかと思ったが、その心配はなさそうだ。
安堵のため息をつき、俺はもう一度ステータスを開く。
名前:真田明宏
年齢:十六歳
職業:学生
称号:蚊取り勇者
能力:閃光
効果:自身を中心に半径五十メートルを明るく照らす。また、障害物を無視して照らすことができる。継続時間は一時間。蚊に必殺効果。
何だこれは。
称号:蚊取り勇者
蚊取り勇者。
俺の名前は真田明宏。勇者をやってる。蚊系の魔物なら任せてくれ!
俺ならこんな勇者は仲間にしない。
そして、知らず知らずのうちに、俺はステータスを公開していたらしい。称号が変わっているのを見た王様は、感嘆の息を漏らした。お姫様は……まだ気絶していた。
「ありがとう、勇者殿。我々は永遠に君のことを語り継ぐだろう。国を救った英雄、蚊取り勇者として」
「やめてください、死んでしまいます」
こうして俺は魔王を討伐し、無事に元の世界に戻ることができた。お礼なのかもらった能力はそのままだったが、半径五十メートルを明るく照らすんじゃ使い道がない。
蚊取り閃光よりも蚊取り線香のほうがよっぽど使えると、蚊を叩きながらしみじみと俺は思った。
後、称号の効果なのか、蚊を叩こうと思ったら必ず叩けるようになった。閃光いらねえじゃねえか。