ハンドスピナー無双。俺の回転は誰にも止められない。
「ようこそ勇者よ」
その日、前原タカシは異世界へと召喚された。
そこは何の変哲もない、王様がいて、勇者召喚を行った召喚師がいて、周囲には兵たちが並び立っているありふれた王の間であり、タカシはそこの中心にあった魔法陣の上に召喚されて立っていた。
だがタカシの視線は揺らがない。ただ眼光は鋭く、とある一点を見つめている。
キュィィイイイン
「勇者よ。そ、その回転しているものはなんなのだ?」
「……ハンドスピナー」
タカシは静かにそう口にした。ゴクリと唾を飲み込む音がした。それもひとつやふたつではない。ほぼ全員がハンドスピナーの回転に魅せられた。
「素敵ですわ」
それは王の隣にいる王女が一瞬で恋に堕ちてしまったとしても仕方のないことであった。そしていつものように発情し始めた王女を無視して王がタカシに告げる。
王は言う。タカシが召喚されたこの世界は今魔王によって滅ぼされかけてるのだと。タカシはその魔王を倒すべく召喚されたのだと。
「そうか。ああ、分かった」
タカシは勇者であることを快諾した。
魔王を倒せば元の世界に戻れると確約されたからだ。
けれどもタカシはそれを告げた王にハンドスピナーを向けて目を細めた。
「貴様!?」
「よさんか騎士団長。勇者は道理を通せと言っておるのだ。そうであろう勇者よ」
「分かっているならいい。元の世界に戻れなかった場合は……」
キュイィィイイン。
タカシは人差し指でハンドスピナーをさらに回し、回転率が上がっていく。
「どうなっても知らないぜ?」
その言葉が偽りではないことをタカシの真剣な眼差しを見たこの場にいる誰もが理解した。
そしてタカシがさらに回転数を上げて音が高まると、騎士団長がその場でよろけ背後の壁にまで下がっていく。
「どうした騎士団長? いや、お前は……誰だ?」
騎士団長。そう呼べはすれど、王はその者の名が頭に浮かばなかった。気が付けば、騎士団長はいつの間にかそこにいたのだ。誰もが知らぬはずなのに、誰もが彼を騎士団長と認識していた。その偽りをハンドスピナーの回転音が気付かせてくれたのだ。
「どうやら、間抜けは見つかったようだ」
『貴様、気付いていたというのか?』
ビブラートのかかった声で騎士団長が叫ぶ。もっとも顔はもう狼と化し、その身体も二倍以上に膨らみ、もはや人外であることを隠そうともしなくなっていた。
「さて、俺は薄汚い魔族の血の臭いを感じ取っただけだ」
『異世界より呼び出された貴様が、なぜ魔族を知っている!?』
驚愕する騎士団長にタカシは「こいつが教えてくれた」と言ってハンドスピナーの回転数を上げる。
『チィ』
狼の本能か、騎士団長はとっさにその場を避けた。
わずかな間をおいて、凄まじい破壊音がして騎士団長がつい今までいた壁が破壊される。
『なんという破壊力か。こいつは予想以上の』
「遅いぜ」
騎士団長はその声を聞いて呆気にとられた。
何故ならば、声は彼の後ろから聞こえたのだ。わずか一瞬でタカシは騎士団長の背後へと動いていた。ハンドスピナーの回転数がソレを可能としていたのだ。
『貴様ぁ』
騎士団長が剣を振るうが、タカシはわずかにハンドスピナーを斜めに傾けるだけでそれを避けてしまう。
『重心の移動による感覚。これがハンドスピナーか』
「多少は分かるようだが、まさかその程度で理解している気になっているわけじゃあないだろう?」
『抜かせ。貴様、俺が誰だか分かっているのか?』
「魔王シュバイン。大方、王に近付き、国自体を乗っ取ろうとしていたのだろうよ」
「なんだと。本当か勇者よ」
『馬鹿な馬鹿な馬鹿な。我が百年がかりで仕込んでいた計画をこんな小僧に』
「そうさ。俺はまだ小僧だ。だけど」
キュィィイイン。
それは一瞬の動きであった。右腕を、弧を描きながら自分の目元へと寄せる。回転による残像がメタリックなボディに照らされた光の反射を促し、それは美しい輝きを見せた。
回転することで現実とは思えぬ姿を見せるのもまたハンドスピナーの醍醐味であり、それには魔王も衝撃を受けざるを得ない。
『これは……なんということだ』
「まだだぜ。こんなもんじゃない。俺とこいつの力はよ」
タカシがステップを踏み前に出て、人差し指を使って回転数をさらに上げていく。さらには人差し指で回転を高め、その勢いは頬の近くにまで寄せれば風を感じるほどのものとなった。つまりは魔王に耐えきれるはずもなく……
「上げちまうぜ、もう一段階?」
キュィィイイン
キュィィイイイイイン
『グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
絶叫が王の間に轟き、魔王の体が崩れていく。
タカシが放つ縦横無尽のハンドスピナー捌きには誰も彼もが追いつけないのだ。何が起きているのかを誰もが把握していない。意味が分からない。右へ、左へ、落とし、拾い、それでもなおタカシは回転することを止めない。
そのすべてが魔王を打ち砕いていく。王も、王女も、召喚師も、誰もが己の手にハンドスピナーを持っているような錯覚に陥り、いつしか全員が自ら回転していた。己こそがハンドスピナーなのだと錯覚を起こすほどのイノベーションがその場に巻き起こっていた。
それは魔王とて例外ではない。彼自身がタカシのハンドスピナーに魅せられ、ある意味ではハンドスピナーになっていく。
『くっ、ただの人間に……これほどの力が。これが勇者なのか。光が、回転の渦こそが世界を紡ぐ力だとでも?』
「ああ、そうだ魔王。お前は『過信していた』んだ。人間はその先に立っていける。いつか時だって超えることができると俺は信じてる」
『クッ、我はただ……悲劇を繰り返さぬためにこうして』
「過ちだって乗り越えられる。それが人間の強さだと知れ魔王!」
キュィィイイン
キュィィイイイイイン
『グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
そして魔王は絶叫と共に根源の渦の中へと消えていく。
魔王は人間よりも神霊に近き存在。肉体という境界を超えし存在ゆえに、ハンドスピナーの力には抗えなかった。
「終わったな」
勢いが落ちたのを見計らい、ハンドスピナーを再び回転させながらタカシは言った。
「魔王は滅びたのか?」
「あの魔王はな。だがあれが最後の魔王とは思えない。きっとまた……第二第三の魔王が現れる可能性は否定できない」
「だとすれば……」
そう言って頭を下げようとした王にタカシは「甘えんなよ」と口にする。
「あんたたちのやっていることは未成年の拉致だ。その上に魔王と戦えだと? 自分たちがどれだけ残酷なことをしているか自覚はあるのか?」
その言葉に王が苦渋の顔を見せる。言われるまでもなく拉致は悪いことだ。駄目なのだ。
「分かっておる。しかし、我々には……」
「おっと。お迎えが来たようだ」
タカシがそう口にした。気が付けば、タカシの周囲には聖霊の光が集まっていたのだ。
「国王陛下。勇者殿は使命を果たしました。契約により元の世界に戻ることになります」
「なんということだ。何故にそのようなことが……」
最初に魔王を倒せば帰れると自分で説明していたのだが、王にはもはや何も望めないようだった。
「姫様」
「勇者様? キャッ」
光に包まれたタカシから王女へとハンドスピナーが投げられる。
「受け取りなよ。分かってんだろう? 次は自分たちで……そうじゃなきゃ先に進めないってさ」
「だから、これを?」
王女の言葉にタカシが微笑む。それは相棒を手放した寂しげな男の笑みだった。
「受け取れよ。それで国を護りな。じゃあなジャジャ馬姫様。短かったが、楽しかっ」
そして言葉の途中でタカシの姿が消滅した。
「勇者様ァアアアアア」
王は絶叫し、王女も涙した。国は救われた。だが光は消え、勇者は去り、ハンドスピナーも当然消滅した。
まわるーたのしー