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過ちの恋  作者: 桜 詩
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6,過ちの恋 (Gilseld)

 ギル、ことギルセルドはセシルの家からしばらく馬車を走らせて、王宮の使用人の通用門の方へと向かった。そこにはもちろん見張りの衛士が立っているが、ギルの事はここの勤め人であるという印を見せてそこを通過する。


あとは悠々と自室へと帰るだけだった。


ギルセルドの自室は夏の棟と呼ばれる所にあり、少ない明かりの中を歩き部屋のランプを調節して明るくする。


夜はとっぷりと更けているこの時間。ギルセルドは誰も呼ぶつもりはなかった。セシルと過ごした時は瞬く間に過ぎてしまったけれど、交わした会話を反芻すれば心には暖かいものがじわじわと広がり幸せな気持ちがいつまでも消えない。


今、幸せかと聞かれれば即答できる。


「ずいぶんご機嫌でおられる。セシル嬢とは楽しく過ごされてなにより」

心中を読んだような言葉に、はじめて室内に人がいたと気づく迂闊さにギルセルドは顔を引き締めた。


「……嫌みかフリップ」

従者のフリップが、きっちりとお仕着せを着たままゆらりと現れた。身分違いのセシルと親しくなることを、ギルセルドの回りの人の中で賛成するものがいるとは考えられなかった。


「まさか」

自分の仕事だと言わんばかりに、ギルセルドのジャケットに手をかけ、衣服の手入れをしていく。

「下手なご令嬢にこの現状で引っ掛かってしまうよりは、よほど害がございません」

フリップのいう下手な令嬢とは、身分はあれど浪費で張りぼてのような令嬢か、お金はあるが野心にまみれた令嬢か、それとも……次期王族を意のままに操りたい親をもつ令嬢か。


何故かこの世代には、王家からみての勝手な選別にはなってしまうのだが、家柄身分共に高位にあたる家に令嬢が少なく、フリップのいうところの下手な令嬢ばかりがひしめいて、だれが飛び抜けているかというよりは、誰がより大丈夫で危険が少ないかという現状だった。


兄である王太子 エリアルドが未婚の今、ギルセルドは誰か特定の令嬢と親しくなることは、また争いの火種を作りかねない事であった。その為にフリップは、それくらいなら平民のセシルの方が交流していても害がないと判断したのだろう。


よほど……気配を隠しながらつけるのが上手いものを配置したに違いない。それとも気づかないほど浮かれていたのか?


「誰をつけていた?」

「ご自分の立場を分かっておられない。当然つけております。愛らしい方のようですね、その女性は……」


ギルセルドの机上には、目につくようにセシルの身元を調査した書類が置かれていた。

そこには具体的な身体的特徴から他人からみた評価、遡れるだけ遡った家族の調査、交流範囲、antique roseの経営状態、顧客の情報まで、よくこの短期間でと思わせるものだった。


「どうやら誰かの息がかかっている訳でもありませんし……お店の方も順調なようですね。顧客はウェルズ侯爵夫人をはじめとして、身分ある婦人たちが多いようですし。他に男の影もありません。そして、厄介な身内もいず今はひとり暮らしのようですしね」


「フリップ」

「……止めはしません。下手に止めて、無茶な事をされるよりは協力致します。殿下とてお年頃ですから、そういう(````)こともあるでしょう。ですが今は、決して表沙汰にしてはなりません。その為ならいくらでも……私をお使いください」


今は……。

エリアルドが次代の王妃を選ぶまでは……、もしくは次々代の王が誕生するまでは、か。


「それくらいはご自覚をもっておられるでしょう?」

「分かった」

ギルセルドは、フリップの言葉に頷いた。


まるで、過ちの恋のようだ。

表沙汰にしてはならない、だなんて。

そしてそれは、ある意味正しい。

他ならぬ、セシルを守るためにも。

彼女と次に会うためにも、今、頷く事は必要なのだ。


ギルセルドは自分を納得させなくてはいけなかった。


「セシルには、ギル・ウィンチェスターと名乗っている」

「……それはまた、限りなく本名に近い偽名ですね」

呆れたようなフリップの声音に、ギルセルドは軽く笑った。

ギルセルド・アルジーン・レイヴァース・ウィンチェスター・イングリスと長ったらしい名前があるが、この名が広く知られているわけではない。


「私は……彼女だけの『王子さま』みたいなんだと」

「……本物だと知ればさぞ驚かれるでしょうね」

「俺はセシルを騙してるのだろうか?」

「真実がいつも、人に優しいとは限りません。この場合は知らせていない事がある、という事です」

「フリップ……お前は本当に、心から私に仕えているか?」

「いいえ、私はこの国に仕えております」


その言葉にはギルセルドは笑った。

「お前は油断ならないな」

「私は、この国の、引いては家族の平和を守りたいだけです」


害になると知れば、フリップはいつでもセシルを目の前から消してしまうかもしれない。それでこそ、この国の王族に仕える従者だ。平民で、そして親もいない娘の存在を無かったことにするくらい、眉ひとつ動かさずにしてのけるだろう。


「フリップ。お前が何を見て、判断するにしても私の意向を無視することは赦さない」

「わかっていませんね、恋というのは目を曇らせ判断を間違えさせるものだそうですよ、すでに……殿下は、お忍びに夢中」

「………」

「今は社交シーズンは終わりました。ですから……ご存分に、なさいませ」


つまりは、社交シーズンがはじまれば街にはギルセルドの顔を知る貴族たちが帰ってくる。街を歩き回れるのもこの社交シーズンが終わった今は危険度が低く、だから許可をするということだ。


「心得ている、私に指示をするな」

「口が過ぎました。お許しを」

「これまでの働きと、この先の働きに免じて、その無礼な口を赦そう」


ギルセルドは下がるようにと手を振って、ようやく部屋に一人になった。


フリップとの会話は、ギルセルドに現実を思い知らさせて、心を疲弊させた。


別れたばかりのセシルに会いたくて、仕方なかった。

ギルセルドを見て、薔薇色に染まる頬を、素直に気持ちを口にするあの声を聞きたくて仕方なかった。


目を曇らせ判断を間違えさせる。


もしそうだとしても、ギルセルドはセシルを想う気持ちを止める術も、そして、止めたいという気持ちも少しも持ち合わせてはいなかった。

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