54,戦略 (Gilseld)
晩餐が終わり、カルロスとギルセルドはシガーを燻らせて、マーガレットとセシルはポンチを飲んでいた。
「さて、ギルセルド殿下。この3日で出来る事はなんだと思われる?」
祖父の問いにギルセルドはすんなりと答えた。
「味方を出来るだけ増やす……。特にセシルの後見人になりうる貴族の」
ここまでは騎士たちがギルセルドの味方をしてくれていた。
だが、父王の許可のない今のままではギルセルドはセシルと婚姻出来ない可能性が高い。ギルセルドのもつ第二王位継承権を剥奪しても、身分は剥奪しない可能性があり、そうなると王の許可がいる王公貴族の社会に属するギルセルドは結婚することが不可能なのだ。
「それでは当ては?」
「旧くから付き合いのあるアンブローズ侯爵か……もしくは他か……。頼めそうな心当たりはそれくらいか」
「セシルの方はどうだ?親類縁者に貴族に伝は?」
カルロスに問われて、
「親類ではないのですけれど、お店のお客様なら……アップルガース伯爵夫人やウェルズ侯爵夫人ならもしかすると、ご相談にのってくださるかも知れません」
緊張はしていても、そうセシルは答えていた。
「レディ ブレンダね、彼女は社交界に顔が広いし影響力もあるわ。それに、レディ マリアンナもとても頼りになる女性だもの。お二人にぜひ相談してはどうかしら?」
「はい、でも、あの……なぜオルグレン侯爵閣下ではいけないのですか?」
セシルからしてみれば尤もな疑問かもしれない。それにはカルロスが優しく語りかけた。
「貴族には暗黙の了解というものがあってだね、王妃の両親である私たちが、ギルセルドと結婚させるためには、セシルの後見人になる事は出来ないんだ」
「貴族間の派閥、が関係してね」
セシルは少し思案したようだが、少したってからうなずいた。彼女はとても理解力に優れているとそう思っているが、どうやら間違いないらしい。きちんと説明をすればもっとこの貴族社会にも理解をしてくれるかもしれない。
「じゃあ早速、明日はそちらを君たちは廻るとして。私も出来る限りの事はしよう」
カルロスは二人を立たせて、応接間から追い出しにかかる。ギルセルドもそれがいいと、従うことにした。
1度は部屋で休んだものの、セシルはきっと疲れただろうと隣を歩く姿を見る。
イヴニングドレス姿を見たのは始めてじゃなかったが、肌の露出が高いそれはとてもギルセルドの目を奪うほどの魅力を秘めた姿で、細い肩と鎖骨がいつもに増して女性らしさを匂い立たせていた。
「部屋に、送りたくないな」
「じゃあ……一緒にいてっていったら?」
「意思が揺らぐ」
「少しだけ」
金茶色の瞳は、弱さを表していて輪郭を曖昧に見せている。
思えば、母を幼くして亡くし、父親も2年前に亡くなり、兄は遠くへ去りそして店も閉めた。そして今朝、ギルセルドは強引とも言うべき方法で彼女の属している世界から、親や親友ともいうべき周囲の人達からも拐ってきてしまった事を思い、心細さと不安とそれなら孤独を感じとった。
「少しだけな」
ギルセルドはセシルの部屋へと入った。いつも、そうだ。セシルの言葉にギルセルドはなぜか逆らえない。こんなにも言うことを聞いてしまう姿を見ればきっと家族やフリップもみんな驚くだろう。
「落ち着かないの。豪華すぎて」
セシルの言葉はこんな時でもどこか微笑ましい。
立ったまま、部屋をぐるりと眺めた姿はどこかまだあどけなくさえ見える。
「セシルは……なにかしたいとか、こうなりたいとか……希望はある?」
もしそれを聞けば、どんな手段を使ってでも叶えたい。
「希望……」
「考えてみて」
「どうかしら……。まさか、こんな事があるなんて思っても無かったし、あなたは本当は本物の王子さまだったし。何をどうこれ以上望めばいいの?」
とん、と胸にこめかみを当ててきたセシルは、そのままそっと見上げてきた。淡い色の紅を刷いた唇が声を出さずに望みを告げる。
悩ましく伏せられた睫毛を合図に、ギルセルドは彼女の望みを叶えるのにそっと唇を合わせた。
「あいつとは……」
キスの合間にふと聞いてしまう。
「なにも……。手が触れたくらい。あ、でも………助けてもらったときは、体を」
そんな役割をイオンにさせたかと思うと、苛つきがやって来て祭壇の前に立っていた二人を思い出してしまう。
「やっぱり……ここを出ていくのは止める」
「だめでしょ?お祖父様の家なのに」
「セシルが言わなきゃばれない」
ギルセルドが腰を抱き、そして細い指を絡めとりセシルの様子を伺う。
「……ギルの事が……憎いわ、わたし」
その言葉にピクリと反応する。
「どうしてわたしの全てを奪ってしまうの」
非難しているのに、セシルの行動は真逆で潤んだ瞳を向けながら、ギルセルドの襟足に指を差し入れて愛撫する。ギルセルドよりも少し体温が低いセシルはその手も僅かにひんやりとしていて心地よい。
「欲しいものは……奪ってでも手に入れたいんだ」
そう囁くように答えて、セシルを抱き上げてベッドへと誘った。
「なにもかも……忘れさせて、今だけでも」
「息の仕方さえ、忘れさせてやる」
そう言うとセシルは笑った。
「どきどきしてる……、わたしもあなたも……」
衣服ごしに伝わるのは熱と鼓動。
見上げて、触れてくるか細い手はギルセルドの頬を撫で、指先で唇をなぞる。
「いまのわたしは……髪の毛一本まであなたのもの。……それくらいに…………憎らしいくらいに……」
セシルが言葉を切って、結っていた髪をするりとほどいた。
まっすぐな髪に、所々に跡の残るそれはぞくりとするほど艶かしかった。
彼女は愛を言葉にはしない。だけどそうでなくて、他に何という言葉があるだろう。
言葉に、されない方がもっと……深い。
そんな気がした――――




