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過ちの恋  作者: 桜 詩
53/60

53,伝えたい言葉

 オルグレン侯爵邸のその一室でセシルは目を開けた。


蓄積された精神的な疲労とそして昨日の寝不足、そのあとにやって来た興奮とそして、安堵から気を半ば失うようにして眠りに落ちてしまったようだった。


ドレスのままベッドに横たわっていた事に気づいて、体を起こしてみれば、目に入ってきた部屋は最後に記憶のある女性向けの色合いの部屋で、すっかりと日が落ちた外の気配は、少し開いたままのカーテンからそうとわかる。


ベッドから降りてドレスの裾を整えて、寝室から外へ出るとそこは廊下になっていて、この部屋を目指していたらしくメイドが向こうから歩み寄ってきた。


「お目覚めになられたのですね」

愛想よくいうメイドは、30歳前後くらいだろうか?貴族の家のメイドらしく落ち着いた話し方である。

「はい」

頷いて返事をすると、手に持っていた箱を掲げて見せて

「では是非、お召し替えを」

と促して一緒に部屋へと入ってくる。


この屋敷にあったものらしいドレスは淡いラヴェンダー色のイヴニングドレスでふんわりとしたシルエットが可愛い。

「今着てらっしゃるピンクもお似合いですけれど、こちらもきっとお似合いですわ」

「ありがとう」

誰かの物を借りるのは気が引けてしまうけれど、ベッドに寝ていたので、さすがにシワが気になるところだった。それに、シンストーンハウスでの経験からその屋敷に行けばその屋敷に合わせないと、と、どことなくでセシルは学んでいたので、されるがままに大人しくしていた。


専用のコルセットを着て、ハイウェストのデザインのそのドレスはボリュームも飾りもほとんどなくシンプルでセシルはホッとした。仰々しいのはやはり戸惑いが大きい。けれど、こういったドレスにはありがちだけれど、大きく素肌をさらしている胸元は、いつもよりもふっくらと膨らみが強調されていてが恥ずかしくて仕方がない。


髪も少し結い直して、白のリボンで飾り、アクセサリーには同じリボンとそれからドレスと同じ生地で作った小さな花のチョーカーとイヤリングを着けた。


シンストーンでの、裏でのメイドたちの会話をまだ忘れる事が出来ないから、この屋敷のメイドには何となく黙ったままになってしまう。


通されたのはどうやら主一家の使用する応接間。その室内の重厚な作りの椅子にギルセルドは座って本を読んでいた。その姿を見れば、彼が王子だということをまざまざと実感出来てしまう。そんな絵になる光景だった。


セシルに気づいたギルセルドは、本を閉じて置いて立って迎えにやって来る。

「少し顔色が良くなった」

手を下から掬い上げるように取られて、セシルはギルセルドを見上げた。


「昨日はほとんど眠れなくて」

「式に、緊張して?」

「窓が……もしかすると……ノックされるんじゃないかと思って」

「眠れないくらいに、待っててくれてたんだ?」


「来ない、と思いながらも……どこかで期待してた。もしかするとって」

「じゃあ、もしも行ってたら……扉を開けてくれた?」

「たぶん……きっと」


セシルは促されるままに椅子に座った。


「待つのは……。――――いつだって私は……時々は連れていって貰える兄さまと違って、旅立つ父さまに置いていかれていたから。いつの間にか慣れっこ。だけど……見送るのだけはいつもイヤなの。帰ってくるまで、待たないといけないから。待っても、父さまは帰って来なかったし」

「だから見送るのはいやだと」

「そう、みたい。最後に来てくれたとき……、後を追いかけたの。でも、馬車の事故で追い付けなかった」


「馬車の事故って、あの時いたのか?」

「そう。追い付けなかったのは……もうダメだからだって」


「気づいてたら、セシルの方に走ったのに。馬車の方を助けてしまった」

「助けてたんだ」

「中には人が乗っていたから」


「女の人?」

それは、少しばかりムッとしてしまう事実だった。

「ムッとした?」

「した……」


セシルはイオンに助けられ、ギルセルドは別の女性を助けていた。


「ねぇ……ギル。今日言ってくれた事って……。私はあなたの手を取ったけれど……その意味をちゃんと言ってくれない?」

「俺の言葉と行動で察して」


「ちゃんと聞きたいのに」

「だめ。まだ口先だけの事は言えないから」


「それでもいいの。安心させてほしい」

セシルの言葉にギルセルドは微笑む。

「不安も……全部、引き受けてくれるのでしょ?」



「ずっと側に。二人でいようってこと。わかる?」

「……わかる。よそ見したら、私は消えちゃうから」


属した世界を捨ててまでギルセルドの元へ来たセシルにとってみれば、ギルセルドがもしもセシルの手を離しでもすれば生きる力は残されない。


それほど足元が危うい、そんなギリギリに立っている気がした。

それは、ギルセルドだって同じ心地のはず。でも、だからこそ口先だけでも言って欲しかったのだ。


不安で心細い。

ギルセルドがいくら力強さを見せたとしても彼もまだ成人したばかりなのだから。




落ち着いたオリーブ色のイヴニングドレスに着替えたマーガレットが入ってきて、二人きりの時間は終わりを告げた。

「侯爵が戻ったわ、二人とも晩餐にしましょう」


ギルセルドがセシルを戸惑うすきも与えずにエスコートをするのでまごつくことなく続くことが出来た。

シンストーンハウスで過ごした経験もまたここで生かされている。あの屋敷ではギルセルドと二人だったけれど、これから待ち受けているのは、王妃の両親である侯爵夫妻だ。そう思うと緊張が駆けめぐり、指を強ばらせた。


「緊張しなくても大丈夫。食事を一緒にするだけだから」

「それって、ギルが普通に出来るからじゃない?」

「セシルもちゃんとマナーはもう知ってるはずだ」


確かに、食事のマナーもギルセルドと共に過ごすうちに覚えてきている。だけれど彼の息をするかのように自然な優雅さを近くで見ていれば自分がどれほど、マナーを覚えたての子供のようなものなのかとがっかりせずにはいられない。


「セシルはあんなに針を器用に扱えるんだから、慣れればもっとじょうずになる」


出来ない、恥ずかしいではない。

ここは落ち着いて、取りかかるべき事なのだ。

「antique roseでセシルはとても可愛くて、なのに凛としてて……あんな風に自然なままで大丈夫だから」


席について、従者たちが給仕をして晩餐がスタートする。

「時に、ギルセルド王子は彼女とどこで知り合ったんだ?」

「街にある、彼女が働いていたお店です」


「なるほど、それはいつ頃?」

「お祖父様、尋問ですかそれは」

「いや、気になるじゃないか?全くこれまで噂の一つも無かったというのは」

「一昨年の、夏の終わりに」


「まぁ、そんなにも前になるの?」

マーガレットがセシルの方を見て、

「それでは随分と若いお嬢さんをお待たせしてしまったのね」


セシルの心配を他所に、料理はお腹に納められていき侯爵夫妻とギルセルドの会話は穏やかに交わされ、セシルはそれに時々相槌をうったり一言二言返事をして、そつなくこなせたように思えた。


覚悟さえすれば、複雑で少し面倒に感じていた事も何とかなるものだ。

「ギルセルド殿下、陛下は3日後に王宮に来るようにと仰せだった。もちろん、彼女も一緒に」


いよいよだ、とコクンと息を飲み込んだ。

「私も、なのですね」


当然だと言わんばかりに頷かれてセシルはまだ先の事なのに、またしても解れたはずの緊張が舞い戻ってきてしまった。


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