52,王と王妃 (King)
王の執務室には、今王立騎士団 第3騎士団長のザック・シンクレアが訪ねてきていた。
「ザック、報告を」
静かな声でシュヴァルドが促すと、
「ギルセルド殿下におかれましては、本日街の聖堂より花嫁を拐われていかれました」
「………なるほどそれは、大問題だ」
端的な報告に、揺るがない冷静な声でうなずきが来た。
「騎士団長たるお前が、肩入れをしてもいいと判断するほどだったと私は思ってもいいと言うことだな」
「何の事でしょう」
ザックの表情は変わらない。
「惚けなくとも良い。正直な意見を聞かせてほしい」
「妻はずっと側で、私もずっと近くから見守っておりました」
「わかっている、その上での意思だな?」
「ご覧の結果です」
「それで、ギルセルドは今は……オルグレン邸か?」
シュヴァルドの息子の行動を予測した言葉に「はい」と、答えがあり、それだけを聞けば十分だと、静かにシュヴァルドは頷き下がって良いと手で示した。
ザックが下がり、程なくしてそのシンとした執務室は再び来客を伝えてきた。
「入りますわ」
女性の声は、クリスタの物である。
「クリスタか…」
衣擦れの音も凛と美しく、彼女がそこにいるだけでシンとした空気は、美しい光の空間になるかのようだ。
「ギルの事です」
「耳が速いな」
「わたくしの息子の事ですもの」
「王としては、簡単に許すわけにはいかなかった。分かってほしい」
「ええ、理解しているからこそ、わたくしもこれまで陛下のなされように黙っておりました。でもこうなった今は……二人を許されますわよね?」
「……どうするべきか、思案中だ」
その言葉に眉をつり上げたクリスタはカツっと靴音を立てて近づいた。
「下手な対処をされたら、わたくしもギルと共にここから出ていきますからね」
「クリスタ!それは…」
クリスタの言葉にシュヴァルドははじめて動揺を見せた。
「その事も………よーく含めて、お考え下さいませ。身分なんて何とでもなることでしょう?ここまで二人の意思が固ければ、後は王の許可さえあれば……。それにアンブロース侯爵家が、養女にしてもいいとわたくしに言ってくれておりますし」
「アンブロース侯爵家がか…………密かに女性たちは、夫に黙ってそういう根回しをしているものだな」
「当たり前です。子供の幸福を願わない親はおりません」
「クリスタ、私は怒っている……」
怒っている、と言っても、怒っている感じは少しもさせていない。
「はい」
「だから……分かるな?」
「ええ、もちろん」
夫の意図を汲んでにっこりとクリスタは微笑んだ。
「なるべく早く、お怒りが溶けるように努力致しますわ」
冷たいほど整ったその顔の美しすぎる微笑みを浮かべシュヴァルドの頬にキスをする。
再び、扉がノックされ、従者のアンソニーが対応する。
「陛下、オルグレン侯爵がお目通りの依頼を」
「到着次第、ここへ」
シュヴァルドの答えに、長年仕えるアンソニーは無駄がなく使者に直ぐに返事を告げていた。
「あら、お父様が。わたくしもここでご一緒しても?」
「いいだろう」
ダメだと言えば、何となく恐ろしくさえありシュヴァルドは頷いた。
――――そして、ゆったりと余裕さえ感じられる老侯爵 カルロスは執務室へやって来たのだ。
執務室にあるソファへクリスタが誘い、笑みさえ浮かべて出迎えた。
「お久しぶりですわ、オルグレン侯爵」
「王妃さまもお元気そうで」
まったりと世間話からはじまる。
「それで……ここへ来たと言うことは、オルグレン侯爵から何かお話があると思っても良いのですね?」
性急に話を進めようとするシュヴァルドに、
「陛下は相変わらず生真面目であらせられる。少しは気持ちをゆったりとされた方がよろしい」
カルロスは貫禄ある眼差しをひたと向けた。
「……これでも、善処している」
「ほらそういう所が」
カルロスは油断なく微笑む。
「話というのはギルセルド王子が今、我が家へ滞在されておられます」
「そのようだ」
知っていることにカルロスは驚いた気配もなく、当然といった雰囲気だ。
「……なんでも殿下は……聖堂より花嫁を拐って来たとか」
愉しそうな響きさえ滲ませて言いながら、膝の上に両手を組んでいる。
「ああ、拐ってきた彼女は労働者階級だ」
「若いというのは、それだけで力がみなぎっているものです。特にそこに異性が絡むと、思ってもない事が起こり得る」
カルロスはそこで言葉を切り、鋭い瞳を向けた。
「陛下のご意志を確認したい」
「私は……ギルセルドがその女性と結婚を望むのならば、王位継承権を剥奪した上で国外追放を命じる」
クリスタが眉を潜めた。
「ご自身の息子です」
「最後まで聞け――――――――――…………」
シュヴァルドの合図に、カルロスとクリスタは頭を近くに寄せあった。




