49,覚悟 (Gilseld)
秋の棟ではプリシラとアンジェリンが、同じ年頃の令嬢たちを招いてのガーデンパーティをしていた。
プリシラの助言で、令嬢たちを避けるよりはむしろ席を一緒にと言われ、従兄弟であるルーファス・アボットとカイル・アボット兄弟とそれから幼馴染みのセス・アンブロースとクリフォード・ウェルズも引きずり込んでいた。
これだけの若くて独身の貴族男性を揃えたのだから、ギルセルドへ向かう目も反らせるし、それに、ガーデンということは密室になる危険が減るという事だった。
「こんにちは、ギルセルド王子」
微笑んで横に来たのは、ベルタ・アッテンボロー男爵令嬢だった。アッテンボロー男爵は近頃男爵の位を得た家柄で、新しい織物業で成功しとても裕福だ。
アッテンボロー男爵は、自分の船を持ち遠い異国からも珍しいものを運んでくる。
ベルタもまたギルセルドの候補者として名が連ねられていた。
「どうも、ミス アッテンボロー」
「どうぞベルタとお呼びください」
極めて近い距離まで詰めたベルタは、
「少しあちらで……お話が出来ませんか?」
「ここで出来ないお話が?」
ベルタは、濃い赤毛を傾げて
「わたしなら、仮初めの婚約者でもなんでも致しますわ」
「仮初めの……」
「はい、殿下が結婚したいと思われた方が出来たときにはきちんと別れます」
「へぇ……ずいぶん自己犠牲をすると言っているけれど、ベルタの望みはなんなのかな?」
「そんな……私はただ殿下をお助けしたいだけなのです」
「気持ちだけ貰っておこう、ベルタ。それに……そんな話に引っ掛かるほど私は簡単な男にみえたかな?」
「そんな……」
ギルセルドは言葉を失ったベルタから離れ、そしてフリップを探した。
困ったことに、フリップが見つからない。外だと言うことで、それに神経も使っていて、喉が渇いてきていた。
(まいったな……どこかで足止めでもされてるとか?)
「お久しぶりです、殿下」
凛とした声がかかったのはコーデリア・デルヴィーニュ。年老いたデュアー公爵の孫娘にあたる。細やかな金の巻き毛とそれに青い瞳が美しいが、着ているドレスは流行遅れで古めかしく、セシルの方がきれいな身なりをしていると言える。
しかし、コーデリアはそんな事は歯牙にもかけていませんというように、優雅に微笑みを浮かべている。
「コーデリア、とてもひさしぶりだ。デュアー公爵の具合はいかがだろうか?」
「元気ですと……お答えしたいところですが、やはり年波には敵わないようで日毎に」
「そうか………」
「ここへ来られるのも、今日が最後になるかも知れないと思いましたらこのような恥ずかしい身を晒して来てしまい、座を汚してしまいました」
デュアー公爵に後継者はおらず、このまま老公爵が亡くなればコーデリアは家もなにもかも失う。そして、レディ コーデリアの名だけが残る。
「同情はいりませんわ。今はただ祖父を送り、そしてその後は為せることがあれば成すのみです」
その口調には気品があり、貴族の娘らしい気概が見受けられた。
「そうか…当てはあるのですか?」
「ここだけの、話ですよ」
コーデリアは小さく微笑むと
「馬を、育てたいのです」
他の笑い声に書き消されそうな小さな声だった。
「馬?」
「競走馬です」
「それはまた、凄いですね」
「いつか、ダービーを制覇する馬を育ててみたい」
その瞳は楽しそうに輝いていて、悲痛な雰囲気はどこにもなかった。
「楽しみにしてます。あなたはきっとどこにあっても、レディ コーデリアのままだろう」
「いいのです。もう、レディとしての生き方は私は別れを告げます」
毅然とお辞儀をしてプリシラの元へと向かったコーデリアを見て、彼女が全てを捨てる覚悟を決めている事に惜しみ無く称賛できた。
そこにあるのは覚悟。
それだけで、眩しく清々しい。
覚悟なら……ギルセルドにだってある。
だが、まだ諦めてはいない、最後まで。
コーデリアと話しているうちに、どうやら輪から外れてしまっていたようだ。そのギルセルドに、近づく人影があり
シルエットからは女性である。
気を引き締めて佇んでいると、それがクリスタとマリアンナ・ウェルズとそしてシエラ・アンブロースである事に気がついた。3人は昔から仲が良い。
「ギル、あなたにお願いがあるのですって」
クリスタの言葉にギルセルドは
「私に?」
「私の甥の、配下の師団長が結婚するのよ。それでお祝いのメッセージをと思って」
マリアンナが微笑みをギルセルドに向けながら、話し出した。
「私の甥の、といいますと、ザックですか」
「そうよ」
なぜ自分に、と思わなくもないがギルセルドは軍部に関わりが深いと言えなくもない。
「わかりました。カードを用意させます」
侍従を呼び、カードとペンを依頼した。
「その為にわざわざ3人でこられた、と」
「いけないかしら?」
クリスタの笑顔にどこか引っ掛かるものを感じる。
「マリアンナは明日、その式に参列するのですって。侯爵夫人が自ら。おかしいでしょう?」
「可愛い子なの、花嫁さんが。きっと、明日はいいお式になるわ。師団長のマーキュリーも若く有望な騎士でお似合いの二人だわ」
「わたしも行こうかしら、セシルは可愛いものね、私も知らない仲ではないし」
シエラがマリアンナに対して同意した言葉にギルセルドは絶句した。
「誰と、誰が……結婚するとおっしゃいましたか?」
「イオン・マーキュリーとそれから、セシル・ハミルトンよ」
その言葉を聞いたギルセルドの周りの空気は一気に下降したかのようだった。
「申し訳ないが、レディ マリアンナ。お祝いのメッセージを書くことは出来ません。明日直接伝えることにしよう、場所を教えて貰っても?」
「街のなかにある聖堂よ、ホーリーツリーという」
「知らせて下さってありがとうございました。大切な人の、結婚式を見逃すところでした」
「え?ギル……」
ギルセルドの青い瞳はいつになく冷酷な色を讃えていた。
いつになく静かに立ち去ったギルセルドを見送ってクリスタは眉を寄せた。
「もしかして、間違えたかしら……」
「殿下らしくない、とても怖い目をしてたわね」
シエラが答えて、クリスタの手を握った。
***
ガーデンを離れたギルセルドは、ライナスを呼んだ。
「ライナス、脱出の手引きを」
ギルセルドの夏の棟から密かに脱走するその出口辺りには警備が強化されていて、単独での脱走は怪我をさせずには無理だった。
「根回しは済んでます」
「さすがだ、恩にきる」
「いつか、返してもらいますから」
茶目っ気たっぷりの返しをもらい、ギルセルドは兼ねてから計画していた王宮を脱走する準備を手早く整えた。




