48,新たな日々
翌朝、セシルはミリアのお店〝chouchou〟へとひさしぶりにやっと行くことが出来た。
「ミリア、オープンおめでとう」
「セシルこそ良かった。よくなって」
antique roseとは少し路地を別にしているが、それでも立派なお店である。新しい内装はフランス風で色合いもすべて可愛らしくて、まるでマカロンみたいだった。そこにはミリアの若々しさと瑞々しい感性が溢れてみえた。
「こんなに休んだの、はじめて。ゆっくりしすぎて、すっかりなまっちゃった」
「色々と大変だったし。でも、少し痩せたみたい。大丈夫なの?」
心配そうなミリアにいつもの笑顔を心掛けた。
「へいき」
その言葉はどこか上辺だけ。
体は大丈夫、でも……。友人であるミリアにさえ今のセシルの悩みは打ち明ける事は出来ない。
「そう?でも無理しないでね倒れでもしたら大変」
「そうする」
そんな風に笑いあって、ミリアとそれから、まだ若い縫い子のアリスとセシルはお店の売り子を担当した。アリスはまだ12歳なのだが、ミリアが店の上に一緒に住んで、これまで育てて貰った恩返しとばかりに育てるのだとセシルにこっそりと教えてくれた。
アリスは兄弟10人と多くて、それでいてあまり裕福でない。マダム エメの元を仕事を求めてやって来たアリスを一つ一つ教えたのミリアなのだ。まだ幼いと言っても良いくらいだが丁寧な針運びは早くそれでいて正確だった。
そして、夕方近くになりそろそろお店を閉めようかと話していた時だった。
騎士服のままイオンが店へとやって来たのだ。
「いらっしゃいませ」
と声をかけて、その姿にセシルは一瞬なんと呼ぼうか考えた。
「あ……」
戸惑うセシルに、イオンは颯爽とした足取りで店の中へと入ってきた。
「セシル、式は1か月半後に決まったよ」
「1か月半後……」
鸚鵡のように繰り返して、セシルは探るように見つめ返した。
「それでどうせなら、ここで新しいドレスを作ったらどうかな?」
「そんなの……贅沢よ」
「騎士たちも、時には夫人同伴でのパーティがあるんだ。だからその時に着ていけるように」
「え?なに?どういうことなの?」
ミリアにその会話を聞かれてしまって、話す前だったことが気まずい。
「あのね、ミリア。この後言うつもりだったのだけれど、私……サー・マーキュリーと婚約をしたの」
「は?ってえ!?ほんとに?」
どういうこと?と驚きが全面に出ていてセシルは縮こまった。
「うちにいる間に……口説き落とした、という訳じゃなくて。私の上司がお似合いだと、仲を取り持ってくれたんだ」
「ええ、そうなの」
「信じられない……お似合いだとは私も言ったけど……本当に、びっくり」
ミリアはポカンとしているけれど、
「じゃあ、早速デザインしなくちゃ。パーティにもってなると、イヴニングだけど、式は昼だから、ボレロとかもしくは取り外しの出来るものがきっといい。セシルはやっぱり可愛らしい華やかな色が似合うから」
ミリアは生地見本をイオンの前でセシルに当てていく。
「そこそこ、貯えはあるから」
「……結婚式の為に、作るなんて」
「せっかくだから着飾った所を見たいんだ」
「そうよ、セシル。近頃は結婚式に新しいドレスを着る事はとても人気なの」
「ほんとに?」
「セシルの事を聞いたら、マダム エメもケイさんも喜ぶわきっと」
にっこりと笑顔のミリアに、セシルは心苦しいという感覚がじわじわと渦巻いてなんてなんて答えて良いのかわからない
「なぁに?なんだか……大人びた顔して。大丈夫よ、セシル。そこらのお嬢さまたちにも負けないくらい綺麗になれるように、そんなドレスを作らせて」
「ミリア、ありがと……よろしくね」
「任せて楽しみ!」
ミリアはスケッチブックを見せて、
「今からたくさん描いてみる。セシルはその、一緒にもう帰っていいから。一緒にご飯でも食べたら?」
「じゃあ、そうしようか」
断る理由は一つもない、セシルはまだ慣れないイオンと遠慮がちな距離をあけて歩き出した。
並んで歩くその時、特別な会話はなくてセシルは親鳥の後をついて歩く雛のようにイオンの後を追っていた。
そんなセシルを少し呆れがちにふりかえり、イオンは小さな声で「……彼とは……こんな距離を開けてなかった」
「知って、」
るのかと言いかけて愚問だと気づく。
彼が監視者の一人なら極々当たり前に目にしていたはずだ。
「ここで良い?」
「はい、もちろん」
マントを外して、通された席に座るとそこが思ったよりも高そうな店だと気づく。
イオンがメニューを見て、確認して素早く注文した。
「私たちの知る、ギルセルド殿下は……。いずれはこの国の王国軍最高位である総帥に就かれるはずで、現在最強といわれているアルベルト殿下の手ほどきを受けられ、努力されている尊敬すべき方だ」
訥々と語り出したイオンに、ハッとしつつ耳を傾ける。それはセシルの知らないギルの事だった。
「訓練も、一兵卒に混じって朗らかに王子だからといって特別な扱いをされるのを好まれずになんでも率先してされる。だから、末席につらなる兵も騎士までもみんなあの方が好きなのです」
「そんな方が……つまらない女に、血迷ったと……苦々しくお思いですか?」
「私はあなたを全く知らないわけでも、よく知っている訳でもない。でも……周りをよく見ては?これまで家族のように心配して言葉を尽くしたり態度で示してくれた人は?どうでもいい他人の為に、心を尽くす人はいません」
料理が静かに運ばれてきて、涙ぐみそうになりながらそれに手を伸ばした。
「確かに、いました……」
「それは良かった、どんな時も。人が人の希望になる」
「希望に」
「この場合はあなたにとっての」
それでもこの新しい日々は、セシルにとっては神経がひりつくよつな時で賭けの終わりを、カレンダーの日付を見つめ続けていた。




