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過ちの恋  作者: 桜 詩
47/60

47,指輪の秘密

 セシルはイオンの御するフェートン馬車で久しぶりの自宅へと向かっていた。二頭立て、二輪のグリーンの車体にパープルの枠、それに市松模様のシートが洗練されていてとても素敵な物だった。


「色々と戸惑ったでしょう」

荷物のトランクを後ろに乗せ、セシルは隣に座ってブランケットを膝にかけていた。

「……はい……」

イオンの横顔はとても静かで、監視人とはとても、思えない。


「もしも私が相手なのが嫌なのだとしたら、別の相手を探しますが」

セシルは首を横に振った。

卑怯かも知れないが、誰かと監視下に置かれる結婚という未来を選択するのなら見も知らない相手よりも、セシルを何度も助けてくれた……優しい縁の繋がりのあるイオンをむしろ選びたい。


「いえ……。心は決まりました、サー・マーキュリーこそ……私が相手でいいのですか?」

「むしろ、役得だと思ってます」

いつもはあまり緩まない表情に笑みがほんのり混ざる。


「それに……私は騎士の誓いを立てています。今回の事は団長の信頼を得ていると感じることが出来て、私としてはとても、光栄な事なのです」

「それでは本当に?」

この人は………そんな大切な事柄をこんなに簡単に決意して良いのだろうか?


「あなたこそ……ご自分の事はいいのですか?賭けはすでに、始まった。賭けに負ければ………」

「私にとっては今回の事は勝ち負けというものは………存在していません。ただ……どうなっても、私はきちんと向き合うだけ、逃げたりしないで……」


セシルはイオンにしっかりと、言葉を告げた。

「では、これを……」

イオンは、明らかに指輪が入っているケースを渡してきた。

「婚約者の、あなたに。ご自分の手でつけて下さい……出来ますか?」

探るような視線に、セシルは静かにそれに手を伸ばして受け取った。

「出来ます」

ケースの蓋を開けると、そこにはローズカラーの石のついた指輪が入っていて、セシルはそれを指にはめた。


「受け取ってもらえて、嬉しいよ。セシル」

はめた左手にキスを受けて、そしていきなり名を呼ばれセシルはゾクッとしてしまった。

「俺を名で呼べる?」

騎士らしいこれまでの雰囲気とは違い、どこか艶やかな笑みにセシルは驚いてしまった。


「式の日までに……少しでも好きになって貰えるように、するから」


セシルはイオンの手から、そっと自分の手を離した。

「……そんな……必要は、ないはずでしょう?」

自分達はどちらも……仕方なくこの婚約を受け入れたはずで、


「なぜ?俺たちは婚約した、それは事実なのに?」

決めた、とはいえまだその事実を受け止めるだけの気持ちはついてきてはいない。

「今日のあなたは……とても意地悪ね」


「俺だって……男だから……、弱っている隙を狙ってるだけ」

「弱ってる隙って……」


「だから、セシルは。団長に脅されて、そして俺に無理矢理口説かれて渋々結婚するという決意をさせられた(・・・・・)

「イオン……さま」

この人は、こんな事を言いながらもその端々にはセシルへの優しさが見え隠れする。


「着いたよ」

静かな声と共に馬車は自宅前に着いて、先にイオンは台から降りた。荷物を下ろしてから高い位置にある座席へ手を差し出して助け下ろしてくれた。


階段を前後で昇り開けた扉の内側まで荷物を運んでからイオンはゆっくりと後ろに下がる。

「おやすみ、ゆっくりと」


グレーの瞳は、セシルには謎めいて見えた。

「ああ、そうだ。寝るときは指輪はもちろん外してくれてかまわないから」

「え、はい。わかりました」


自然と閉じる扉を見送って、そして鍵をかけた。


ひさしぶりの部屋。

懐かしいくらいに、馴染む香り。


そして……部屋に飾ってある……押し花の額。

この頃の自分は……あまりにも何も知らなくて……。

知らなすぎて……。


知っていれば……どうしていた?


色んなことが、ありすぎて………。

考えることを、奪い去ってほしいほどだった。


荷物を、ほどこうとして指輪に目が向かう。

寝るときは外していいなんて、おかしな事をわざわざ言うものだとセシルは思った。


指輪を外してそして、ケースの中のリング台へ入れようとして、違和感を感じた。

よく見ると、ケースとリング台の隙間から紙がほんの少し出ていてその下にそれがあるとわかる。


取り出して見れば小さく折り畳んだ手紙が入っていた。


『この手紙は、読んだら燃やすように。

もし、賭けが成功せずその結果がどうしても辛ければ、

私がセシル ハミルトンという名の女性の存在を殺して、

そして新たな生活が出来るように力を尽くす。

君の兄のいるフルーレイスでも、それ以外のどこでも

だから、安心して』


細かな文字で綴られたそれは、はじめてみるがイオンのものだろう。密かに逃がそうと考えてくれている。


「どうして……いつも……私を助けてくれるの?」


はじめに………恋をしたのが、イオンなら………どれ程良かった事だろう。


けれどセシルは、出会ってしまった。


心を奪われて、取り戻しようもない彼に。


そして、それは運命さえも変えてしまって………。


死のような生か、本物の死か、心を騙しつづける生か。


こんな時なのに僅かな可能性に賭けてしまったのは、やはりどこかで信じてるのかも知れない。


ギルがまだ、セシルを想ってくれていると……信じたい。


けれどそれは、賭けだというくらいのそれくらいのもの。


手紙がもし見つかるとイオンの立場が危うくなるかも、とセシルはそれをランプの火をつけて、冷えた暖炉の中へと放った。

瞬く間にそれは炎に舐め尽くされて黒い灰へと変わる。


ベッドの下の、箱には……ギルからの手紙がぎっしりと入っていた。まだ一つしかつけていないランプは、部屋を明るく照らしてはくれない。寝室は暗闇の中で、その箱を開けるとやはり彼の香りがふんわりとするのだ。


持ち帰ってきた荷物の中から、ミリアが届けてくれた手紙をそこへと仕舞う。

途絶えてから……もう何日?


あの日去っていく後ろ姿を見て追い付けなかった事実が。

イオンたちの言う賭けに勝てるとはどうしても強く思えなかった。


もしも……負けの方だとすれば、セシルはもうこの手紙を燃やそうとそう決めた。そうすればようやく………過去の事へと出来るかも知れないから。

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