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過ちの恋  作者: 桜 詩
46/60

46,レディとの攻防 (Gilseld)

 ギルセルド王子は、花嫁探しを真剣に考えている。


―――王宮にもそんな噂が届くほど、新年の舞踏会から話が広まってしまった。


誰の陰謀だ、と考えずにはいられない。


噂というのは、タチがわるい。

面と向かって聞かれて、そんな事はないと例えば言ったとしても、それは心にもう決めた相手がいるからではとか、むやみに吹聴出来ないで居るだけだ。とか、迎え入れる準備をしている。とかないことを話されても、一つ一つを潰していくのはなかなか出来ない事だった。

それに、これは他ならぬ父の思惑かも知れず、なかなか容易に自然に噂が静まるということを期待することは楽観的だと言えた。


そして、ギルセルドは……警戒していたはず、だったが……。


クローディア・アンスパッハ侯爵令嬢。


いま、その名を持つ彼女と王宮の一室にある書斎の一つで二人きりになるという状況に陥っていた。

ここに来るというのはギルセルドにはよくある行動の一つで、この日は令嬢たちがプリシラとアンジェリンのお茶会に来てはいたが、こことは離れているので問題ないだろうと……、いわば油断していた事になる。


「まぁ……で、んか。きぐうですわ」

棒読みの台詞は本当に下手くそな芝居だった。

クローディアは、ギルセルドよりも年上の23歳。アンスパッハ侯爵家は昔は、貴族の中でも力のある一族だったが先々代、先代と浪費家な当主が続き今や風前の灯火。


それなのにいまだにクローディアが着ているドレスはそれなり、というのは結婚というものに、それだけ重きをおいているのだろう。

書斎、というものは密室に近く異性同士が二人きりというのは非情にまずい状態でしかもクローディアは、そうするだけの理由があった。シュヴァルドが出してきた令嬢たちのリストにその名は連なっていた。


黒い艶のある巻き毛と対比する乳白色の肌、そして謎めいて潤んだ黒い瞳、それに………濃い薔薇色のドレスを押し上げる、思わず視線が向かうたわわな胸からくびれたウエスト。全体的には女っぽい色気のある令嬢だ。


(やられた……)


「どのような……本がお好みですか?」

ぎこちない笑みを浮かべる、クローディアとそして薄く微笑むギルセルド。

「クローディア……忠告をしよう。いますぐここを大人しく出ていくなら……許す」

「なにを……ですの?殿下」

クローディアには……迷いがある。

そこにこそ、ギルセルドの勝機がみえた。


「忠告はしたよ……。クローディア」


ギルセルドは一瞬で間合いを詰め、そしてクローディアの手を片手で後ろ手にとらえ、クローディアの髪から飾りピンを取り、自分の右腕を思いきり傷つけた。


「誰か来い!!」


クローディアがここに居るということは、誰か証人となる人物がそれなりの連れを、連れてきて居るだろう……。


ギルセルドの声に、近衛騎士たちが走りよってきた。


思いきりやったので、切れた袖からは血が滴っている。

女性の髪飾りというのは、思ったよりも凶器に変貌するものだった。

「何事です!」

「突然襲われた、待ち伏せされていた」


「ち、違います……!」


「仮にも……侯爵家の令嬢だ。丁重に、それから……大事にはしないように」

「殿下!お許し下さい、私はなにもお怪我をさせようとしたわけでは」


震える声だが、ギルセルドとしても警告はしたし先手を打たなければ、クローディアの方が悲鳴をあげ服を破るなりしていただろう。


「大丈夫ですか、殿下」

「ライナスか」


「危ない所でしたか」

「ああ……まさか、ここへ入り込めるとはね。手引きしたやつが居るんだろうな」

手早く止血をするライナスは、

「それにしても……よくたまたま、そんな髪飾りをつけていたものですね」

「……思ったよりも、武器になると知って驚いた……」


ギルセルドよりもむしろクローディアの方が驚いただろう。まさか、そんなものが凶器になるなど知る機会もなかったであろうから。よくよく考えなくてもクローディアがそれで、ギルセルドを傷つけられる訳はないのだが、この場合ギルセルドが傷つきそれがクローディアの物だったというのが重要になる。

何でもない髪飾りで傷を負うのも、ギルセルドが戦士としての訓練を受けてきているからだ。


「出入り禁止くらいですむか?」

「さぁ……どうでしょう」


丁寧に手入れをされて、血は止まりそうだった。

「慣れてない令嬢で助かった。……やりとり無しで不意打ちを食らってたら、本当に終わりだった」


「それは……助かりましたね。でもまぁ……なかなか色っぽいご令嬢でしたが」

「やめろ……いいか、私の貞操の危機だ。怪しい動きをしてるやつがいないか、調べてほしい」

「了解」

ライナスはそう軽快に答えたが、笑っている。


「貞操ね……まるで乙女のような台詞を」

「逆ならそうだろ」

そもそも男に貞操という表現はあまり正しくないし、ギルセルドはまた妻帯者ではない。


この王宮でこんな事が起こったということは、父がほんの少しだろうが、警備に小さな穴を開けているに違いない。

(課題か……)


それにしても、息子に何をするんだと言いたい。

真面目で絵に描いたような優秀なエリアルドと違いギルセルドはどちらかというと楽観的で少々型破りだ。

シュヴァルドはだから、時々負荷をかけてくることがあったのだ。しかし、こんな……人生を左右するような事ははじめてだったし、それは成人したから、と予測も出来る。

思えば、去年のカートライト侯爵との攻防もエリアルドに任せていた。息子たちの成長を確かめる、と言うことか……。


そして、つまりシュヴァルドの意図するところはギルセルドに、姑息な攻撃を仕掛けることで、セシルと……きっと別れそうだ、というのは伝わっているだろうし、ここぞというタイミングで精神が乱れているこの時に、罠を張ってきている。


ギルセルドだけに味方をしてくれる者がどれだけこの王宮に存在しているか……。


「………ちょっとくらい、昼寝でもして寝ボケてろ………」

この国一番の権力者の癖に、少しくらいサボっていてくれればいいというのに。ぶつぶつと文句を呟く。


「ライナス、とにかく……。一人にならないようにする、それから王宮へ訪ねてきてる令嬢たちを含めて、どんな些細な事でも知らせてくれ」

「それはまた……仕事を増やしてくれますね。これまでお付きは要らないと吠えていた方が、付き人をつけるとはね。これまでのツケが回ってきましたか」

くすくすと笑われて、ギルセルドはうんざりとした。

「あと……ここからが重要だ。味方がほしい、こっそりと協力してくれる奴をさがしてくれ」

「まぁ……それはそれなりに、いるのでは?殿下はそこそこ、軍部には人気がありますからね。協力しましょう」

「ありがとう、助かる」


それと……まずはプリシラとアンジェリンに頼み込んで、令嬢たちの詳しい情報を仕入れて、彼女たちにも助けてもらわなくては……。


王宮は今や、ギルセルドにとって油断出来ない場所になっていた。


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