43,傷 (Gilseld)
「まったく……辛気くさい」
ボソッと言ったのは、ギルセルドのタイを整えて、青い宝石のついたピンで止めている、フリップだ。
「いいですか、その面では隙だらけです」
「うるさい。出るだけましだと思え」
社交シーズンの幕開けを飾る王宮舞踏会。それに出席するための準備を整えている最中だった。
「これだから王子という人種は。我が儘なんです」
「仕方ないだろう。そう、育った、変われるもんなら変えてやる」
「こんなに近くで見ていると、面倒臭く思えて変えてほしくありません。好きな女の一人すら幸せに出来ないなんてまったくもって不自由なご身分です」
「抉ってくるな」
「抉って抉って、はやく埋めちゃいましょう」
すでにセシルとの別離を知っているフリップだ。
事あるごとに持ち出して、慰めるどころかこうしてガンガンに抉ってくる。
エリアルドが結婚したので、ギルセルドはプリシラとアンジェリンを両手にエスコートしての出席となる。プリシラにはそろそろ相手を真剣に考えなくてはならないだろう……。
「なに?そろそろ嫁き遅れとか思ってる?」
こそっと耳打ちされて苦笑した。
「そんなところ」
明るくて朗らかなプリシラだ。
きっとどこへ嫁いでも上手くやっていけるだろう。
いつものように、プリシラとアンジェリンと続けて踊り、ふと見れば、エリアルドは一人で友人たちと談笑していてフェリシアが会場にいなかった。
何か衣装に不具合か何かあったか?
と思いながらフリップからスコッチを受けとる。
「ギルセルド殿下」
目の前に挨拶に来たのは、フレデリック・アシュフォード侯爵とその夫人のジョージアナ。それに……後ろにいるのはレナ・アシュフォードだった。
「こんばんは」
「こんばんは……今日はいい夜会ですね」
フレデリックが人好きのする笑みを見せた。
「そうですね、アシュフォード侯爵」
「殿下……先日は姪がお世話になりました」
「いや……たまたま居合わせただけで」
先日……。
それは、ギルセルドにとっては苦い思いしかない。
セシルの部屋の前で拒絶され、ギルセルドはセシルの気持ちを尊重することにしてもう行かないと、そう心に誓った。
その帰り道。
馬車の待つ所まで歩いている途中、すれ違った馬車の馬が転倒して、馬車は破損した。
馬車についていたのは薔薇の紋章。それはグランヴィル伯爵家のもので、それに乗っていたのがレナ・アシュフォード グランヴィル伯爵令嬢だったのだ。
「ギルセルド殿下……、ありがとうございました」
微笑むデビュタントの少女は、金の巻き毛に青い瞳と絵に書いたような令嬢だ。まだ社交なれしていないらしく、頬を染めて初々しい様はどこかセシルを……はじめて会ったころのセシルを思い出させた。
「いや……私は何も」
ギルセルドは馬車の中にいたレナを外へと助けだし、そしてギルセルドの馬車に乗せ、自分は馬車の後ろに乗りウォーレンをグランヴィル伯爵家の御者と共に修理の手助けをさせただけだ。
だが、仕方がない。
「お気になさらず。今日は楽しんでおいでですか?」
「はいとても」
弾んだ声が、澄んでいてそれもまた記憶を呼び起こしてしまう。
「では……デビュタントのレディ……私と踊っていただけますか?」
「喜んで」
いかにもデビューを心待ちにしてきた少女らしく、レナは楽しそうにダンスを踊り、ギルセルドもその明るさに少し自然と微笑んだ。
これが……セシルだったら、と。
そしてレナは……父の寄越した書類の令嬢のうちの一人だと気付いた。たまたまではあるが、変に関わりが出来てしまった。
その後も、次々と書類の令嬢が誰かの紹介でダンスを誘わざるを得なくなる。どの令嬢と踊っていても、その中にセシルを探す。
そして、その違いにがっかりする。
髪が違う、顔が違う、声が違う、肌が違う、瞳が違う、手が違う、体が違う……。
違う違う違う違う違う。
それの連続だ。
「お疲れですね、殿下」
ライナスがそっと近づいてくる。ライナスも、事情を知る一人だろう。
「次から次へと……誰か、見合いを企んだらしいな」
「何が一番……お好きだったのです?顔ですか?体ですか?なにですか?」
「全てだ……今夜は、それがはっきりとわかった」
「仕方がないですね……。ふられた女性をいつまでお好きなだけ引きずるといいかと」
フリップに引き続き、ライナスも容赦がない。
「言われなくてもそうするさ。俺は、たぶんしつこいんだ」
「でしょうね。昔から殿下のされることは、しぶといというか……ねちこい。頑固……まぁ、この国の王族の方は最後には結局……ご自分の意思はお通しになるので……皆様共通ですね」
「ライナス。お前も言うね」
「……殿下は聡明ですから、戦略を練り直しては?正攻法だけが……成功するとも言えませんし。時期をまた待てば、勝機がめぐってくることも」
「お前くらいだ。そんな事を言ってくるのは」
「お互いの意思さえあれば……、なんとかなると思うので」
「なんとかか」
「ま、私は……何せ、楽観的な両親から生まれ育ったので。それに………。エスターから様子を聞くうちに応援したくなったんです」
「エスターか……今はどこに?」
「ミセス・シンクレアに戻ってます」
ライナスは微笑んだ。
「サヴォイ邸では……ずっと一緒にお過ごしでしたよね?」
「そうだ」
「私が思うに……、一度殿下とそういう仲になった女性を王宮は別れたらはい、それで、とはなりませんよね?」
「何が、言いたい」
「つまりは……誰かはずっと彼女の見張りをしているはず。だからそこから情報は必ず入ってくるということです」
「微かだが……まだ線は繋がってる、か」
「きっと、指揮をとってるのはザックです。エスターにそれとなく探らせておきますよ」
きらびやかな笑顔にギルセルドは笑みを返した。
「ライナスはいつも助けてくれるな。感謝する」
まだ……終わり、じゃない。
諦めなければ、まだ終わりにはならない。




